第6話 グループチャットがありました
あるいは、神の力で作られた武器には、悪霊を見る力があるのだろうか。そんなことを思いついたとき……悪霊の顔が、グルリとこちらに向けられた。
血塗れの顔に白く浮き出たギョロ目と、視線があった途端、ゾッと全身に鳥肌が立つ。
まずい、バレた!?
慌ててトイレの影に身を潜める。しかしその途端に、背後に、おぞましい気配が出現したのが分かった。
それがなんであるのかを直感し、振り向くこともできずに、ライフルを抱えたままガクガクと硬直する。と、
「ミ…タ…ナ…?」
聞きたくもない怨念に満ちた嗄れ声が、背筋をゾゾっと撫で上げていった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!? み、見てませんんん!」
言ってピンっと背筋を伸ばして直立したとき、
「誰かいるんですか?」
不意に、すぐ近くで藤間さんの声が聞こえた。その瞬間、背後に迫っていたおぞましい気配が、スッとどこかに消え失せていった。
た、たすかったぁぁぁぁ〜。
安堵の息を吐いたのも束の間、背後に新しい気配が近づいた。慌ててストックと念じて、SVDをストック枠に入れる。
うう……藤間さんにまで見つかっちまった。狙撃手としては落第点だな。
「あれ? 貴方は確か……天野、君?」
話しかけられ、バッとうしろを振り向く。
公衆トイレの壁に怖々と手を着きながら、こちらを伺う藤間さんの姿があった。
俺の名前を知ってることに、ちょっと嬉しいながらも意外に思い、問い質すと、
「すっごくゲームが上手だって、有名だもの。守谷君が、天野君とやると絶対勝てるって、自慢してたよ?」言って警戒心のほぐれた笑顔で歩み寄ってくる。
ほほう。守谷の仕業か。
守谷というのは、野田君らとのグループチャットに登録されている五人の、最後の一人だ。俺らゲーマー系のグループとは違って、守谷はサッカー部のレギュラーであり、クラスでは俺らとは別に、スポーツ系のグループと行動することが多い。奴なら藤間さんも含め、手当たり次第、女子と話をしていても不思議ではないだろう。
それでもゲーム好きという共通の趣味もあり、中学も同じだったことから、クラスにいくつかある別の派閥グループの中では、唯一話せる友達だ。
今夜の集会の誘いには、一人だけ既読も付かなかったけれどね。まぁそれはいつものことだ。部活が休みの日ならともかく、平日の夜中だと、よっぽど守谷が暇してて、ゲームでもしようかと思い立ったときじゃないと、ほとんど交流もない相手だ。
何しろ寝るのが早いんだよなぁあいつ。まぁ、いつも部活で疲れてるっぽいから、仕方ないんだけど。
気は合う、いい奴だけどね。俺らの中では、毛色の違うタイプであることは間違いない。
「ところで、こんなところで何してるの?」
問われて、返事に困って戸惑ってしまった。一度はほぐれた藤間さんの警戒の色が、再び表情の中に振り返してくる。
「いや、友達とカラオケに行った帰りだよ。ちょっとトイレに寄ってただけ。
藤間さんは?」
上手いこと切り返しながらも、どうしてもさっきのおばけのことが気になってしまい、それとなく辺りをキョロキョロと見回した。
が、どこにも気配は見当たらない。もしかしたら単に、見えないだけかも知れないが……さすがに藤間さんの目の前で、スナイパー取り出すわけにもいかないしなぁ。
「私は、ちょっとコンビニに買い物に」言って、ガサっとレジ袋を持ち上げてみせる。
「へぇー。……それって、国道沿いのコンビニの袋だよね? この近くってコンビニなかったっけ?」
確か向こうの道沿いに、一軒あったと思うけど……わざわざ遠いコンビニまで行く理由でもあったのだろうか。やけに疲れたような感じで、フラフラと歩いていたけれど。
藤間さんはパチクリと瞬きしたあとで、手に持ったレジ袋をじっと見つめた。
「……ちょっと歩きたかったの。最近、部屋に一人で居たくなくって」言って視線を外しがちに、俺の腰辺りを見つめて苦笑いをした。
ええーっと、それはアレですかね。さっきのおばけが原因とか?
って聞くわけにもいかないよなぁ。さて困った。どう話を切り出すべきか。思わずため息が漏れる。
ていうかこれって、関わっても大丈夫なんでしょうか。……まぁいざとなったら、トビリノメカミや繁爺ちゃんに、相談すればいい話ではあるけれど。絶対に間違いのない相談相手だ。
「あ、良かったらこれどうぞ」微笑んだ藤間さんがレジ袋をガサガサと探り、缶コーヒーを一本差し出した。
「いいの?ありがとう」笑顔で受け取る。
少し離れた暗がりに、ベンチがあるのに気づき、何気なく歩み寄って腰を下ろした。
あとをついてきた藤間さんが、一人分ほど座れるスペースを空けて、並んで腰を下ろす。
「帰んなくて平気?」顔を覗き込み機嫌を伺うように、藤間さんが聞いた。
「ん? うん。藤間さんは?」
振り向くと思ってたより近くに、藤間さんの整った顔が迫っていて、軽くドキッとした。
「うちは……お母さん朝にならないと帰って来ないから」
「夜の仕事なんだ? お父さんは?」
「いないよ。片親だもん」
「あー、健吾君ちとは逆のパターンか。多いんだなー複雑な家庭って」
「健吾君って、いつも一緒にいる津川君? 津川君のところも片親なんだ?」
「うん。あいつんとこは親父さんだけどね。遊びにいったときに何度か顔を合わせたことあるけど、すっげぇ怖そうだった」
それでも健吾君いわく、酔っぱらっているときは機嫌がいいらしい。なので健吾君的には、いつも酒を飲んでて欲しいそうだ。そういうもんかねぇ。うちの親はあんまり、酒を飲まないから分かんないけど。
「そっか。でも、怒ってもらえるだけ、愛されてるって証だと思うな。うちなんて、ほとんど会話もないもの」座った膝を伸ばして、うつむきがちに拗ねたような仕草を見せた。
「そうなの? ああー、夜の仕事してるってんなら、生活リズムが合わないのか」
「それもあるけど……。あんまり教育には興味のない人だから。お父さんがいる頃は、そうでもなかったんだけど……」
「へぇー……」
なんとなく、深く突っ込んで聞いちゃいけない話題な気がして、相槌だけを返しておく。初めて話す女子なのに、いきなりそんなプライベートな話題に突っ込むわけにもいくまいよ。
しかしそのせいか、一旦そこで会話が途切れてしまった。
あー……軽薄な奴だと思われたかな? 難しいな女子との会話って。野田君らとなら、なんだって気軽に話せるものだけど。
とはいえ……やっぱり気になるよなぁ。
いや、さっきのおばけのことね? 藤間さんの背後や向こう側、辺りの公園の木々のうしろなど、キョロキョロと見回す。
やはり、どこにも姿は見当たらない。そうしていると、それを藤間さんは怪訝に感じたようだった。
「どうしたの?」
「ん? あー……あのさ、最近、何か変わったことない?」
思い切って聞いてみたのだが、
「変わったこと? ……なんでそんなこと聞くの?」
問い返した藤間さんの顔に、再び警戒の色が広がっていった。
ああ、やっちゃった。そりゃまぁ、そうだよなぁ。なんの脈絡もなくそんなこと聞かれたら、俺だったら間違いなく、なんか裏があるんじゃないかって勘繰ってしまうわ。
「いや……なんもないなら、別にいいんだけど」
あはは、プライベートな話題よりも聞きにくいなコレ。そもそも俺だって、あんまり会話が得意な方じゃないし。
俺の顔をじっと見つめた藤間さんの視線が、徐々に、俯き気味に落ちていった。
……おっと? 心当たりがある、って感じかな?
ようやく話が聞けそうな気配に、期待して彼女の発言を待つ。
「実は最近、一人でいると、誰かがそばにいるような気配がしてて。……天野君はこういう話、大丈夫な人?」心配そうに不安げな瞳で、そっと俺の顔色を伺った。
「ん? うん、まぁ……ホラー系のゲームも、色々やってるから。好きじゃなきゃやらないよ」
ホラー系やオカルト系は、俺より関根君の方が詳しいけどね。なんとか店長会だとかいう、バリバリに怪しいオカルト系のサイトの会員もやってるみたいだし。
「良かった。こういうことって、人を選ばないと相談しづらいから、困ってたんだ」ホッとしたように微笑を浮かべた。
まぁ、確かにね。俺もさっき、臨時収入の出所の神々のゲームのことを、野田君らに話せなかったもんなぁ。信じてくれるならまだいいけど、おかしなやつだと思われて距離を置かれる可能性だってある。
あいつらなら、そんなことはないって分かってるけどね。まぁ、チャンスがあったら、そのうち打ち明けるつもりでいるが。
しばらくの沈黙ののち、それでもどこか言い辛そうな重い口調で、藤間さんは打ち明けてくれた。
一週間くらい前から、やたらと疲れが抜けず、不眠症気味に陥ってるんだそうだ。その頃から部屋の中に、ラップ音のような変な音が、頻繁に鳴るようになったらしい。
部屋のドアが勝手に開いたり、誰も居ないのに視線を感じたり、背後に誰かが立っているような気配を感じたり。中々寝付けずに、うたた寝状態でいると、急に息苦しくなって飛び起きたり、あるいは金縛り状態になって、足元や頭の上に、ドス黒い変な塊が、薄らと開けた瞼の向こうに浮かんでいたりと、おかしなことばかりが続いているという。
最近では部屋に一人でいることも怖くなってしまい、部屋にいたとしても明かりを消すこともできなくなったんだそうだ。
「なるほどねー。だからこうして、深夜徘徊してるわけか」
「外にいる方が怖くないもの。車通りの多い場所とか、ホッとするの。さすがに歓楽街の方は歩けないから。何度か声かけられたこともあって……」
ああ……そりゃまぁナンパされるでしょうね。結構……いや、かなりの美少女だし、あんなとこ歩いてたら、誰だってほっとかないだろう。
しかし……なるほど。やっぱりさっきの悪霊、ガッチガチにヤバい奴みたいですねー。さて、どうしたものか。
「こういうときって、どうすればいいのかな。御払いにいくにしても、お金ないし。お母さんに相談しても、鼻で笑われるだけだろうし……」
「御払いかー……」つぶやきながら、最寄りの神社の御払い料金をスマホで検索してみる。「げっ…三万もすんの? ぼったくりじゃんこんなの」出てきた料金に愕然とした。
「高いよね。ネットで調べてみて色々試してはみたんだけど、まるで効果がなかったの。むしろ酷くなったくらい?」
ああ……ネットで調べられる対処法って、意味がないっていうもんなぁ。盛り塩とか、むしろ霊を呼び寄せるとか聞いたことあるし。
あるいは……ストックしてあるスナイパーやSMGで、ぶっ倒すことが……できるのか? どうなんだ? やってみないと分からないが、通用せずに怒りを買って終わるなんてことになったら、身も蓋もない。
うーむ……スナイパーなどの武器だけじゃなく、アプリの能力を使って上手く解決できないだろうか。
そんなことを思いつき、アプリを立ち上げ能力購入画面を開こうとしたら、マイページ画面に、所属チームのグループチャットがあることに気がついた。
こんな機能まであるのか。思いながら開いてみると、どうやら爺ちゃんズがまさに今、チャットの真っ最中のようだ。
俗世に染まりおって。……まぁいいけど。
アイコンが片方は明らかに繁爺ちゃんを象ったアニメキャラで、もう片方は徳利がお猪口に酒を注いでいる、可愛らしいgif画像。お洒落だなーアカナベさん。
内容は、ほとんどが酒の話のようだ。……のんベェめ。
しかし、これは都合がいい。どうすればいいか、繁爺ちゃんに相談すれば……。
「何を見てるの?」と藤間さんの声がして、ハッと我に返った。
「えっと……うちの爺ちゃん、心霊だとか、そういうのに詳しいんだよ。ちょっと相談しようと思って」
「ほんと!?」
嬉しそうに声を荒げた藤間さんが、座ったベンチの距離を埋め、スマホの画面を覗き込んだ。
ちょ、近いよアンタさん。
ふんわりと鼻につくフローラルな香り。香水ではないみたいだ。選択した服の柔軟剤か何かの香りだろうか。あるいはシャンプーだかトリートメントだかの香り? 分からん。分かるわけがない。
「わー、すっごいお酒にも詳しそうだね。お母さんと気が合いそう」言ってクスッと笑う仕草に、ハッと現実に引き戻される。
あはは、てことはやっぱりお母様、スナックか何かで働いてらっしゃるのね。
まぁとにかく、
チャットを打ち込む。
『爺ちゃん、ちょっと相談したいことがあるんだけど』
返信はすぐに返ってきた。
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