第5話 アイテムは有効的に使います


 ファミレスに着くと、駐車場で自転車に跨る野田君と、車止めの縁石に座り込んだ関根君の姿があった。


「遅いぞ鷹斗〜。奢ってもらう立場だから、文句は言えないけどよ〜」


「悪い悪い、ちょっと抜け出すのに手間取っちゃってさ」


 毛玉の浮いたボヨボヨのジャージ姿で、野田君が元々膨らんでいる頰で不機嫌そうに、ブーと唇を尖らせた。


 どっからどう見ても、とても高校生とは思えない。下手したら三十代のメタボなおっちゃんだ。


 そんな小太りの野田君とは対照的に関根君は、ちゃんと食べてるのアナタと心配になるくらいに、ガリガリのスリムな体型をしている。しかし身長は高く、服装も大人っぽい落ち着いた服を好むため、こちらもまたどう見ても、高校生とは思えない見た目をしていた。


 この二人と一緒ならば、深夜であろうと怪しまれることはないし、ファミレスやカラオケであろうと、すんなりと入れてもらえる。関根君なんかはいざというときのために、五つ年上の兄貴の身分証を借りて、夜遊び時にはいつも持ち歩いているくらいだ。


「健吾は今さっき家を出たみたい。すぐ来るだろうから、先に入ってようぜ」関根君がクイッと親指でファミレスの入り口を指した。


 一番奥の目立たない席を選び、一人千円までなと軍資金を提示する。俺はミートスパゲティを注文し、野田君がボリューム重視のハンバーグセットをチョイスした。関根君は軽めにうどんを注文したが、結局半分も食べ切れずに、野田君の前にコトリと差し出していた。


 しばらくすると遅れてきた健吾君が店に入ってきて、ニコニコ手を振りながら奥の席へとやってくる。メニューを見てしばらく悩んだ末に、野田君と同じボリューム重視のハンバーグセットを注文していた。


 僕らの中では一番チビっ子の健吾君だが、食欲は人並み以上にある。というのも、片親の親父さんは料理のできない人らしく、飲んだくれて晩飯を用意し忘れるなんてことも、頻繁にあるんだそうだ。


「いやー、助かったよ。今日は親父、帰ってすぐに飲み始めててさぁ。晩飯なかったから、カップラーメンで凌いでたとこだったんだよね」言ってケラケラと明け透けなく笑う。


「そうなのかー。ま、好きなだけ食べて行きんしゃい」偉そうに腕組みして、ウンウンと頷いてみせた。


「お、ラッキー。んじゃ俺も追加で……」


「お前はじゅうぶん食ったろがい!」


 ここぞとばかりにメニューを手に取った野田君の手に、ビシャリとチョップを食らわす。


「あっはっは。しっかし臨時収入って、どうしたんだ? 親戚のおじちゃんでも小遣いくれたん?」コーヒーを片手に関根君が聞いた。


「ん? いや、ちょっと仕事をね。多分また入るだろうから、期待しといてくれていいかも。まぁ、頻繁には無理だろうけど」


 さすがにありのままを話すわけにもいかず、とりあえずふわっとさせておいた。


 まぁこいつらなら、話しても大丈夫だろうけど……さすがに、すんなりとは信じてくれまいよ。


 遅れてきた健吾君が食べ終わるのを待ってから、近場にあるカラオケへと向かった。


 軽く小一時間ほど熱唱したあと、健吾君がそろそろ帰らないとヤバい時間帯になり、名残惜しみながらも店を出ていった。


 その後も三十分ほど延長して、一頻り歌い終えたあとに、揃って店を出る。時間は丁度、十一時。まぁ明日も学校だし、今日はこれくらいにしとくんべ。


 しばらく三人でのんびりと雑談しながら、国道を歩く。


 と、不意に野田君が、


「あれ? あれって、藤間梨沙とうまりさじゃね?」


 と言って、車通りの多い国道の、向こう側の歩道を指差した。


 街明かりの下、どこかフラフラとした足取りで歩く、一人の女の子の姿がある。


 隣のクラスの女子だ。私服姿は初めて見たが、その服装は清楚系のわりに、膝上からの白い脚がやけにチラチラと目立った。髪は長く、その色は茶髪だったが、完全に地毛だとの噂だ。大人っぽく、物静かな子で、容姿もかなり整っていると思う。


 関根君いわく、同級生や先輩から告られている場面を、何度か目撃したことがあるらしかった。


「へぇー、やっぱモテるんだ藤間って。鷹斗とか、めっちゃタイプだろ?」と、ニヤニヤしながら野田君が言う。


「いやー、どうだろうなぁ。なんか昔から、誰かをマジに好きになったことないんだよねー」


 軽く躱すと、関根君が納得したように頷いた。


「あー、顔はそこそこなのに、童貞だもんなーお前」


「ほっとけ! お前らもだろうが!」


「あっはっは。彼女なんて、夢のまた夢さー。

 さて、そんじゃ鷹斗。また臨時収入入ったらよろしくな!」


 自転車に跨った野田君が、可哀想なくらいにタイヤを凹ませながら、最初に帰っていった。


「お前ももう帰んの? 俺暇なんだけどさ、うち来てゲームでもやってく?」


「んー……やめとくわ。今日はちょっと動いたから、疲れちゃったんだよね」


 ちょっとじゃないけどねー。あー、体力つけんといかんわ、マジで。まぁゲームに参加し続けてれば、そのうち嫌でもついてくるだろうけれど。


「あー、仕事ね。そっかー。んじゃ、また明日な!」ビシッと手を上げて敬礼した関根君が、俺の帰る方向とは反対側に向かって歩き出した。


 さて。じゃあ俺も帰りますかねー。


 車通りの多い道を、のんびりと歩く。


 軍資金も幾らか残ったし、コンビニでも寄って帰るかなー。


 ていうか次の試合はいつになるのだろう。できれば近いうちにあって欲しいものだけど。


 次は今日よりも、もっとポイントの高い魔物を狙っていくとしよう。加えて身体能力の強化など、使える能力にも目星をつけとかないとなー。


 そんなことを考えながら、国道から住宅街へと続く路地を曲がってゆくと、


 不意に前方に、同じ方向へ向かって歩く人影があった。


 藤間さんだ。片手にコンビニ袋をぶら下げ、ややうつむき気味に、ゆっくりと歩いている。


 コンビニ帰りか。しっかし、どこかフラフラと、危うげな歩き方だなー。……眠いのかな?


 と、その藤間さんが、市営団地へと続く路地を曲がっていくのが見えた。


 藤間さんの入っていった路地までたどり着き、何気なく目を向けると、遠くの方に、いくつかの街灯の並ぶ薄暗い道を、一人歩く姿がある。


 市営団地に住んでるのかな? 学校でもほとんど……いや、全く話したことはないから、そういう情報は何も持ってないけれど。


 なんとなく立ち止まり、小さくなってゆく彼女の後ろ姿を眺めていると、


 ……不意に、薄暗い街灯に照らされた藤間さんの姿が、二人並んで歩いているような錯覚を覚えた。


 ……んん?


 ゴシゴシと目を擦り、目を凝らしてみる。


 いや……一人、だよな?


 だが確かに今、藤間さんの横を、同じくらいの背丈の髪の長い女の人が、歩いているような気がしたんだけど……。


 なんとなく背筋がゾッとして、嫌な予感が胸中に染みてゆく。


 まさか……おばけ? いや、だがしかし、そんなことがあるわけ……と、昨日までの俺なら、気のせいだと自分に言い聞かせていただろう。


 だが今の俺は、そういう存在もあるのだということを、知ってしまっている。


 藤間さん、なんか疲れたような感じで、フラフラとおぼつかない足取りだったけれど……まさか、何か悪いものに取り憑かれたりしてるんじゃ……。


 眺める藤間さんの後ろ姿が、薄暗い夜道の闇に紛れて、ハッキリと目視できなくなっていった。


 あ……うーん、どうしよう。


 しばらく迷った末に、なんとなくあとを追うと、市営団地の手前の公園で、公園の街灯近くのブランコに座る、藤間さんの姿があった。


 うん。これじゃストーカーだねー。怪しさマックスだよマジで。


 自分の行動に苦笑いしながらも、公園の隅にある公衆トイレを盾にするようにして、薄暗い歩道から目を凝らす。


 ……気のせいだろうか。藤間さんの隣のブランコ、誰かが座ってユラユラと微かに揺れている気が……。


 うーーーーむ。薄暗くて、ここからじゃ良く分からない。


 しかしこれ以上近づいたら、場所的に俺がいることがバレちゃいそうだもんなぁ。もしそれで、天野君にストーカーされた、なんて言いふらされた日にゃ、真面目に学校に通うこともできなくなってしまいます。マジ勘弁。


「あ。そうだ!」


 ふと思いつき、スマホを取り出して、例の神々のアプリを起動した。


 ええーっと、スナイパースナイパー……あった、これだこれだ。


 スナイパーライフルの中から、一番ポイントの安いSVDを購入した。


 残りポイントは2250。


 右手に砲身の長い、ドラグノフ狙撃銃が出現する。


 こいつを購入した理由は、ただ一つだ。


 スコープ付いてるんすよねコレ。


 辺りには人の気配はなかったものの、念のため公園内に入り、物陰に隠れてこっそりとスコープを覗いた。


 そして彼女の隣のブランコに照準を合わせてみて………


 そこにあったものを見て、ギョッとして、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


 ボサボサに乱れた長い黒髪に、血に汚れた白い死装束。頭の半分はカチ割れていて、おぞましい赤黒い何かが垂れ流れている。


 ギョロリと血走った目で隣にいる藤間さんに、怨みがましい視線を向けるその姿は、まさに絵に描いたような、悪霊そのものの姿だった。


 パッとスコープから目を離し、公園の向こう端のブランコを見やる。


 ……んむ? あれ? 藤間さん一人しか見えないが……


 いや? なんとなくだけど、朧げに人影のようなものが見える気も…しないこともない。


 もう一度、スコープを通して覗いてみる。やはりスコープを通して見れば、おどろおどろしい悪霊の姿が、はっきりとそこに確認できていた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る