第3話 不慣れな日常
「はああ……」
今日も僕は溜息を漏らす。
自分を照らす蛍光灯だけ、心なしか暗い気がする。
あの日から数日が経った。
けれどそれが、人間関係の進展に繋がるかどうかは別の話。
あれ以来、日葵とは教室ですら滅多に話さなくなった。いや、僕が意識的に避けているのだから当然か。
つまりこの数日間、意味も目的もない時間を、ただひたすらに浪費していただけだった。
……だから、だろうか。
日葵との会話が無くなると、日頃あまり関わらない人物との会話が増えた。
例えば、ちょっとした休み時間だって――
「よっ! 守!」
「ああ……野崎か」
教室での席は変わっておらず、その右隣もまた、変わっていなかった。
根暗な僕とは正反対。こういうのを根明と呼ぶのだろう。バスケ部の部長も務めているらしく、体格も性格もかなりいい。
彼のことを前まで陰湿に嫌っていた自分が恥ずかしくなってしまうくらい。
「お前、記憶が吹っ飛んだらしいじゃんか」
「僕を殴り飛ばしたのは野崎と聞いてるけど」
腕を組みながら目を眇め、冗談をブレンドした口調で咎めてみる。
すると、彼は猫背になりながら額の前で両手を合わせ、
「わりぃと思ってんだ……ほんと。ついさ、言い合いの中でカッとなっちまってよ」
流石は部長。素直に謝る姿勢はとても好感が持てる。
まあ、言い合いになるという事は双方に悪い箇所があったはずだ。僕が殴られるということは、その過程で向こうを怒らせたのだろうし。
仮に、万が一の確率で一方が絶対悪を行っていたというのなら、僕にはその動機の方が思い当たらない。
だからこそ、彼に手のひらを向けて一言。
「ああ、分かってるって」
鼻を鳴らしながら許した。
だが直後、数人の男子生徒が彼に寄り、何やら小話を始める。部活の仲間だろうか。
それに彼が相槌を打ち、立ち上がりながら「すまん」と一言残して、その場から集団で去って行った。
僕は暇つぶしとして使われていただけ、か。まあ、僕も話し相手が欲しかったわけだし。
「これが利害の一致というやつか」
窓の向こうに視線を遣り、曇り空と反射した僕の顔だけが視界に入る。
自分の輪郭がはっきりとせず、つい苦笑を溢してしまった。
ともあれ今はテスト勉強の期間。向き直り、僕は机の中から単語帳を取り出した。
だが、そうした一つ一つの仕草の合間にも彼女に――日葵に意識が行ってしまう。が、どうやら今は不在らしい。彼女の座席や教室中を見渡すも、どこにも確認できなかった。
この気持ちは安堵だろうか。それとも不安と呼ぶのだろうか。
僕は一体、日葵に何を求めているんだ……。
いやいや、考えても仕方ないだろ。今すべきことはテスト勉強のはず。
僕は手に持ったままだった単語帳を開き、頭から考えるという事を取り除いた。
翌日、僕の机の中には一通の洋封筒が入れられていた。
表を見ても裏を見ても、差出人の名前はない。封緘するために貼られている星型のシールを慎重に剥がすと、中には一枚の便箋が。
半分に折られたそれを広げると、見慣れた文字が書かれている。
『テスト初日の早朝、ここで待ってる』
間違いなく、日葵からの手紙だった。
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