第34話 黒い悪魔
さて、件の宗教勧誘活動から2カ月が経過した。
当初の目的であった宗教勧誘を不定期に行い、3人を火炎病から救った所でもちゃめちゃ教は急速な拡大を示し、民衆からは「あの宗教に入信すれば火炎病から救われる」との噂が広まった。
中流家庭である3人を無差別に選出したのは「人間が3人集まれば、社会性が生まれる」と言う昔の格言を思い出しての事だった。社会性を創造する事でそのコミュニティーを拡大しやすくなるのだ。
無償で救うのだから私の懐が痛まない様な人数を救うのは当然であるし、これは投資であるのだから見返りは必須。中流家庭でも銀行の概念が無い為に「金貨を持ちすぎると危険」と言う意識がある事を確認した私は急遽、もちゃめちゃ教には対価が必要ないと言う噂を流布させた。
火炎病に患った家族を持つ民衆であるなら「対価が必要ないのであれば・・・」と入信に走ってくれるのは容易に想像できる。そこで、渡されるのがピザを持ち運び安いように考えたカルツォーネであるなら、之の需要は急速に伸び、私の屋台は食品としてよりも寧ろ薬品としての価値を造り上げたのだった。
美味くて、薬より安い祝福されたパン。宗教への神秘性を高める事にも一役買っているし、噂に聞き耳を立てる人間は知り合いで無い、複数の人間から聞いた情報を正しい情報だと確信する傾向にある。
私の屋台の前では以前よりも遥かに大量の客が押し寄せ、街灯さえ無い地域であるのにも関わらず前日の夜から列に並ぶ者さえ在る。
私は正式なもちゃめちゃ教の信者である事の証明に入信者たちにティベリスから購入した上質な紙を渡し信者名簿を作った。現在、その数は80名程。
3人からこれだけの数の信者が出来たのだ。それだけの数の人間が火炎病に侵されていたとも考えられるが、宗教的なパフォーマンスをするには丁度良い数であった。
イエスも仏陀も人前でのパフォーマンスを行い、その名声を高めていった。宗教に必要なのは神の奇跡が存在する事を信者に信じ込ませ、その後に尤もらしい聖句を唱える事だ。
そして、パフォーマンスは信者の利益となる物であればより良い。私はこれまで定期的な集会を避け不定期に説法をして来たが、今後の方針を決定する為に信者たちがどの程度洗脳できているかの確認も兼ねてテストをして見る事にした。
これは、カルト宗教でも行われる信者の組織化である。
「我がンジョゲリッパ神は信者である皆の感謝の気持ちを称え祈る物に奇跡を起こしてくださると申しております。今日から3週間の間毎日祈りを捧げ、断食をする信者の火炎病を治療してくださるそうです。水は飲んでくださいね。祈りは夜明けと夕暮れに1度ずつ、自身の両手を握り太陽に向かって膝を付くだけです。」
麦角中毒の原因は小麦やライ麦に発生する麦角菌が原因となる。治療は簡単で、麦角菌に汚染された麦を食べない事であり、カルツォーネに含まれる栄養素は関係ない。
見た目に地味なカルツォーネの価値を上げ、民衆たちに薬としての効能を誤認させるために渡していたにすぎないのだ。
現在の信者は80人程で、その誰もが家族に火炎病を持った者達で構成されている。断食する事によって麦角菌に汚染された麦を食べる事が無くなるのだから症状は軽くなるだろう。
今回、信者たちに初めて具体的な行動内容を与えた。治った者には奇跡が起きたと言って、治らなかった者には「他の信者は治っているが、貴方は毎日祈ったのか」と圧を掛ける。80人のうち、半分以上が治れば奇跡だと言う声が大きくなり、同調圧力を掛けて、宗教に依存しやすく出来る。
3人の被検体が居たのだ。3週間と言う期日は其処から来ているの。ある程度の実績があるので今回のテスト「宗教的行動制限」のテストをやって見ようと思った。
「どうぞ今、もちゃめちゃ教の信者で無い方にも薦めてみてください。彼らにも奇跡の一部が降り注ぐでしょう・・・。では、今日は人は死んだら何処に行くのかを説明します。」
私の手元には聖書が在り、内容は其れに準ずる。宗教形態を考えるのは面倒だし、この数百年の間で完成されたモノだから新興宗教の其れとは完成度が違う。
「・・・・・・死後、善人は幸福で溢れた国である天国へ、悪人は攻め苦に苛まれ、永遠の苦しみを与えられる地獄へと堕ちます・・・。」
死後の概要を適当に語った後は信者からの質問へと答え、それが終われば解散。
3週間後に何人が治っているのかを想像しながら、私は広場を後にした。
私とコロは自宅へと戻り、昼食を食べながら雑談をする。ピザは早朝の数時間で全て売り切れるようになって来たので時間には余裕があるのであった。
「ねぇ、ご主人。本当に神様は居るの?」
「いる訳ないだろ。居たとしても如何やってその存在を知覚するのか解らないなら証明のしようが無い。つまりは人々が生み出した妄想に過ぎない」
「じゃあ、なんでご主人は皆に・・・」
「嘘を吐くのかって?」
「うん」
「困っている人間は嘘に縋るのだよ。例えそれが、確かめようの無い物であってもだ。この世に奇跡は無い・・・と思う」
「ご主人も解らないの?」
「お前が使う冷却の魔法は私にとって奇跡そのものだ。人間以外の種族の存在もな。二足歩行で歩く獣人やドワーフの存在は私の知る進化論を否定している。しかし、それらだけが世界の総てでは無い。この世界の人間種は私の知る行動を行い、科学的な要素を否定しない・・・。だから、実験したい」
科学知識をコロに与え、彼女の魔法がどの様に変化していくのかを試す。
コロは魔法を使う時に「全身に力を込めると冷たくなる」と言っていた。私にその感覚は理解できないが将来的に魔法を使用できる様になるかもしれない。
魔法は私にとっての不安要素だった。ギボンの身体能力を体感しているし、貴族等が持っている戦力を把握したい。
結局、暴力が最大の力であるのだから。
昼食を食べ終わり、改めてコロと向かい合って座る。彼女の教育を始めなければ。
「コロ、お前に原子の存在を教えよう」
魔法は人の認知によって変容するのか、YESであるなら魔法は人の脳に宿る。つまりは私も魔法を使う事が出来るかもしれない。
NOであるなら魔法を扱う器官が在る可能性がある。進化の過程で遺伝子に変化が起き、稀に生成される臓器が奇跡を起こしているのかも。人体解剖の技術は無いが、魔法使いの人体を数体調べる必要が出てくる。
「原子とは我々を取り巻く小さな粒子であり、大抵のものは之から出来ている。お前の冷却の魔法は力を込めることによって筋肉が硬直しそのイメージを対象に置き換える事で粒子の流動を抑えているのかも・・・」
私は、家の中の地面に細い薪で水原子の記号と配列を描き、基本的な原子の知識をコロに与えた。彼女は幼く、相応の脳しか持ち合わせていないが私が過去に覚えた歌を毎日歌わせる事で習慣化させる。
「すいへーりーべーぼくのふね」
「ほとんどの物質は、温度が上がると体積が増え、温度が下がると体積が減る。固体に熱を加えると、暖かくなるので原子が振動し始めその振れ幅に応じて全体の体積が膨らみ、液体となる。更に熱を加えると気体となる。液体を冷やすと原子が密着し個体となるのだ・・・」
今後コロの教育を進めていくが私自身、魔法が使えないかの実験も並行して行う。と言っても彼女自身、感覚で魔法を扱っているので関係のありそうな瞑想や運動に合わせ様々な場所に力を込めていくが、無反応。
さて、如何したものかと過去に流行った超能力(TVで流行っていた)の様に念思でも飛ばしてみると明らかに違和感があった。
忘れもしない。過去、自身の意志でボウガンの弦を撓ませた時の・・・。
「ああ、こういう事か。こういう事だったのか」
人は、自分の手で生物を殺すと明らかに変わる。
精神的にも肉体的にも何かが変わる。大型獣に長槍で留めを刺す初心者の猟師や私の様な殺人を犯した人間でなければ分からないあの感覚。全身が震え、膝から崩れて泣いてしまいそうになるあの感覚。
暫くして自身の精神を立て直す。私はマグネシウム1gを熱反応させた時の光を想像し目を閉じた。
一瞬、瞼を貫通した光を確認し目を開ける。
「前提や条件を無視し、結果だけを残す。これが魔法か」
之が、ティベリスに第三妃の火炎病を治療するように言われる1週間前の話であった。
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