第30話 お手軽ブランド

私がピザを販売しながら持ち運びをする為の容器の思案をして居ると、昼前にティベリスが演説をする為に大通りの休憩所に歩いて来た。


ティベリスは典型的な思想家であり以前、館で看病をした時にティベリスの妻らしきものは居なかった為に、先立たれているという事は察する事が出来ている。


前領主との肩書の通り、政治からも手を引いているので暇なのだろう。

新しく考えた思想をまとめて市井の人間に伝えるのは、識字率の低さからか。


大通りの人が混み合う場所に店を構える事が出来たのはティベリスからすれば看病の褒美とも、私の実力を測る為の試練とも取れる。


ピザの値段を高く設定したのは市井に溢れる薄利多売とは真逆を行くもの。

他店と比較しても客足は少ないが故に事業としては晩成型だが・・・ティベリスのブランドを使うか。


「私は自分の欲望を満たすのではなく、制限することによって幸せを探す方法を学んだ。乾く身体に水を与えた時、その水は実に甘く染み入るのだ・・・。」


ティベリスの演説を聞きながら話が途切れるのを伺う。

彼の名前で事業を起こした。私を試しているのであれば巻き込んで有効に使うのが私と彼との儲けともなる。


私は演説をするティベリスを観察しながら肩肘を突くのであった。


ティベリスの演説が終わり、民衆が彼を囲んで質疑をして居る中でティベリスの名前を呼ぶ。


「おーい、ティベリス。食べて行かぬか。」


右手を上げて彼を呼び寄せる。彼を囲む民衆の目線が此方を向いた。


「うん?ヒロシ。お前の商いは医学では無いのか?宗教ギルドと医療ギルドで登録をしただろうに。」


ティベリスに綿密な事業構想を話した事は無い。説明には面倒な部分があったので実績で示すしかない部分が多いためであり、目に見えないモノの説明は時間が掛るので後回しにしていたのだ。


彼は演説の内容が決まったら直ぐに広場に赴いて演説を始めるので進捗は広場で出会ったら行う気でいた。


「広めねば誰も来ぬので、先ずは名を売っている。何れ広場で宗教の真似事を始めるさ。折角の機会なので味見をして行け。自身の名を使って広められる物を知っておくべきだ。」


「貨幣の持ち合わせが無いのだが・・・。」


「出資者に金はせびらんよ。」


と言うよりも、彼が集めた人々が私の狙いである。

私はティベリスにピザを1切渡すと周囲の観客の前で食べさせた。


「うん、旨いな。私が普段食すものよりも上等に思える。東方のマギに例の保存食か?」


「正解。これは熟成をして居ないが作り方によっては3年以上保存できる。知識を広めるには味を知らなければな。」


知財を取得した際に私は掛け金を出来る限り引き上げた。

人とは目の前に餌を吊り下げておけば、それが解禁された際に必死になって群がるのだ。現代で言うTVコマーシャルと同様の効果が期待できる。


「だが・・・お前が想定しているであろうが、これは持ち運びには適さないだろう。大広場は若干とは言え埃っぽい。表面に具材が盛られているせいで具材に埃が混ざるな。」


市井の人間はあまり気にしていないが、貴族位のティベリスには気になる部分だろう。


「では、改良するか。」


ピザは見た目に華やかで通行人の興味を引き付ける為に選んだのだが、持ち運びに適さないというデメリットも抱えている。

段ボールが開発されていない関係上、市販されているパンと違い鞄に入れる事が出来ない事も問題だ。まぁ、食べ歩きには問題ないが先のドワーフの青年も持ち辛そうに歩いて行ったのを思い出した。


解決策はある。


イタリア発祥のカルツォーネだ。

パン生地にピザの具材を包んで焼き上げるカルツォーネはティベリスの要望を叶えるだろう。ただし、見栄えしない。


具材は同じなのだからピザと同じ値段を取りたいが市販のパンとの違いが見た目で判断できないのだ。人間は見栄えする物を手に取る習性がある。市販のパンと見た目が変わらないのに、何倍もの値段を提示されたら悪質な物売りだと思われると考えて、華やかで具材の見えるピザにしたという側面もあったのだ。


しかし、出資者に苦言を呈されたのならば改善しなければならない。彼は謂わば株主なのだ。

前世でやっていた株主総会の嫌な思い出を脳に描きながら、まだ言い訳資料を作らないだけましだと考えなおし明日からカルツォーネを販売する事に決めた。


「うむ、それが良かろう。改良すれば私も買いやすくなる。」


周囲の者達はティベリスの普段食べる物よりも上等という言葉に興味を惹かれた様子で騒めく。

やはり、貴族の言葉は民衆を動かす力が在るな。

私とティベリスの会話が終わったのを察知し先程まで演説を聞いていた腕の太く、恰幅の良い男が声を張り上げた。


「お、俺にも1切くれよ。」


「あいよ。1切銅貨3枚。1日での販売数は決まっているので早い者順っ。」


私は言葉の後半で声を張り上げる。

周囲に人が多く集まっているのだ。先の会話を聞いてピザを買いたいと思っている人々は周囲に先を越されまいと我先に手を伸ばして注文をする。


「俺にも。」「私もっ。」「こっちに2枚っ!」


ピザは普段の食事よりも値が張るが、貴族が美味いと認める食事だと考えるなら非常に安価な部類に入る。

私が狙っていた客層は中流程度。多少、貧しくても背伸びをすれば買える値段と言うだけあって上がる声は大きい。

しかし、アクィタニア帝国人は列を作って並ぶという習慣が無いらしく、店前で扇状に拡がった民衆たちが我先にと銅貨を差し出して来る。学生の利用する購買じゃないんだぞ。


「順番に列を作って並んでくれ!1度には処理出来んっ!」


奴隷のコロを使って市民に列を作らせて対応するが如何にも整然とした列が出来ないのは私の感覚が奪われる。なんで1人ずつ真っすぐに並べないんだ。


ピザは20枚分160切。前日は夕方前に売れ切ったピザは正午を少し過ぎた時間で売り切る事に成功したのだった。


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