第31話 宗教と病
人とは自分で仕入れた情報に一定の偏りが入る生物である。
これをバイアスと言い、特に自分が聞いた情報に対してはこのバイアスが強く働くのだ。代表的なのは噂話だろう。
~~らしい。〇〇みたい。
そんな不確実で曖昧な物が。居酒屋で知らない人間が言った様な信頼性の薄い物でも、自分が盗み聞いたというだけで一定の信頼性を持ってしまうものだ。
「大広間で演説をしていた貴族があの店の食事を上等なものだと言ったらしい。」
私がティベリスの協力もあって流す事が出来た噂は局地的に、主に労働階級の人種に広まった。
恐らく、居酒屋での雑談経由で広まったであろう噂は私が想定していたものよりも大きかったのだった。
「うそやろ。」
朝の仕込みを終えてルーティンを熟し、店の扉を開いたら其処に居るのは人の群れ。
私がこの国に来た経験から考えるに、不味いスープを啜りながら美味いという飯の話を聞いたので気になったと言う事だろう。
コロに人群れの整理を命令しつつ、民衆の前でピザ回しをすると群れが騒めく。
ピザは焼き上げた端から飛ぶように売れて行き、整列していた彼らの3分の2程度を消化して朝の早い時間に売り切れと相成った。
当然の様に買えなかった者からは文句が出たが、仕込みに1日掛かり、それを1人で熟しているので如何しても数に限りがあると説明をすれば一定の理解を得る事が出来た。
この手の問題は一般的な屋台も有している様子で、作れる量に限りがあるので人気の屋台は夕方前には畳まれている事が在るのだった。
人気の屋台は売れる時間を引き延ばす為に、より大量に仕入れを行うのだが薄利多売のビジネスはしない事に決めているので仕入れの量を増やす事はしない。
希少性が上がれば行列のできる店としてさらに話題となる。その際にチェーン展開を行う事が私の目標であった。
さて、言うまでも無いが仕事が終わった。
私は労働はするものでは無くさせる物であると思っているが自身にやる事が無いと、それはそれで萎える。
大広場の散策は初日に済ませているし、ともなれば考えるのは悪事だ。
人は暇ならば悪事に向かうようにできているのだから。
以前、棚の奥に隠した高アルコール蒸留物を取り出して過去に購入した麦角から薬剤を作る。麦角の半分ずつを石油エーテルと高アルコールに110ml漬け込み、数日置いてそれぞれを合わせ、揮発させるだけである。
これは、後々に使用するであろう瞑想用薬剤で光に弱い。私は漬け込み作業までを終わらせてコロを連れて市井へと飛び出した。
私は少し興奮していたので、頭を冷やす為に朝の大通りを歩く。一応は仕事終わりなのでゆっくりと散策していると、ある宗教の集会に目が留まった。朝から説法を解いているらしい。
「神が天地を創造し、人と其れに連なる者達を造りました。次に獣を・・・」
聞いていると良く有る宗教だ。
アクィタニア帝国は多種族国家故に相応の宗教が入り乱れている。民衆はどれを信じても良いし信じなくても良い。この説法に関しても教会を持たない宗教が人員を取り入れて布施を貰う為の物だろう。
この国で最大の宗教はメソ教と言うらしい。彼方此方に孤児院や教会を建てているので歴史は古く、信者の人口も多いと考えられるがそれ以上は解らない。
説法を聞いている限りまあ、大抵の宗教はこんな感じだろうなと言う当たり障りのない物だ。・・・ってあれ?
「・・・故に、手足の先端から崩れ落ちて行くのは神を信じぬ不届き物で罪人だからである。」
へぇ。
「コロ。医療ギルドへ行くぞ。」
私は急ぎ向かう。商売は拙速を尊ぶのだから。
◇
医療ギルドに到着した私たちは受付嬢に手足が崩れ落ちていく病気についての確認を行う。
ギルドとは組織の事で、その目的は知識の占有だ。一応、帝国の監視員が存在している事は公的な事実となっているが、一定の利を認めなければギルドなどは組織されないだろう。
故に、ギルド員には他のギルド員の処置の内容に関して一定の情報が公開されている。
私はギルドの中でも新参者であり、閲覧できる内容はごく限られたものであるが、そもそも帝国の医療には期待していない。
故に必要なのは患者数。私にとっては多ければ多い程良い。
「痙攣し、呼吸困難に手足の焼けつくような痛み・・・四肢が崩れ落ちて行くのは火炎病ですね。患者はかなり多いですよ。ギルド員1名に対して5人は担当できます。」
そして医療ギルドの受付嬢に聞いて解ったのは患者の多さ。
誰にでも起こり得る、ありふれた病気らしい。
「ありがとう。貴女に感謝を。」
感謝は言葉と現物で。
私は銀貨を10枚握らせて医療ギルドを後にする。
この世界では火炎病。地球では麦角中毒。またの名を聖アントニウスの業火。
日本における脚気の様にお手軽な治療が出来る物であった。
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