第24話 事業構想
夕方になる前には原材料の精製が終了した。
ガラス瓶に石油の上澄み、中層、低層部をそれぞれ梱包しアルコールは1度目の蒸留液をワインの瓶に戻す。ワイン3本が1本分以下になったので体積で言うなら度数は50°程だろうか。瓶を振って確認すると気泡は直ぐに消える。アルコール度数の高い液体は瓶を振った後の空気の分離速度が水よりも速いのだ。これは水よりもアルコールの方が軽い事を示している。
「よし、十分だ」
このアルコールには蒸留時にヘッドと呼ばれる最初の100mlのメチルアルコールも含まれているので有毒で飲料には向かない。
味見は出来ないが、今回は精製用の薬品として扱うので問題は無いだろう。
蒸留結果を棚に整理する。
火気注意の薬品が並んでいるのでリビングうから最も遠い部屋の更に暗がりを示す棚の中に黒い布を被せた。気化した液体は危険物に分類されているのだ。
リビングに出るとコロが汲み上げた水で洗いものをしていた。
「コロ、奥の部屋の棚の物には絶対に手を出すなよ」
「わかった」
コロに簡単な注意を促しキッチンに向かい湯を沸かす。
その間に1人の大人が入る事が出来る大きな木桶を庭に出して水を少し入れた。
蒸留の過程で出た蒸気での匂いが体に纏わり付き、酷い匂いだ。作業着は洗わなければならないだろう。
キッチンの水流し場で皿洗いを終えたコロが皿を重ねて収納していた。
確認するに湯も沸いた様だった。
「コロ、裸になれ」
「えーと。まだ、相手出来ない」
「何を言っている?風呂に入るぞ」
「・・・・・・うん」
私は大き目のタオルを2枚に手ぬぐいを2枚出す。
石鹸は質が低い物が1つ手に入っている。アクィタニア帝国は香水文化が発展しているせいで石鹸の質が悪いのだ。
湧いた湯を庭の木桶に入れて水温を手で確認する。やや熱いが2人で入るので直ぐに冷めるだろう。
「ご主人。来たよ」
コロが庭に来たので木桶で入浴する。深さは無いが大きな円状で、今の時期は温暖な気候であるので肌寒さも無い。
石油の蒸留分離でべた付いた肌を湯に入れた手ぬぐいで擦る。石油を洗い流すには足りないが、ある程度全身が温まってからでないと折角の湯が勿体ない。
帝国では湯や水を使用するには労働が必要なのだ。日頃の疲れをゆっくりと湯に溶かしたいのが心情だった。
「おー。入っておけ。水浴びは如何にも入浴した気にならん」
コロが木桶で胡坐を掻く私の脚の間に入る。
私は脚の間のコロの背中を湯に浸した手ぬぐいで拭ってやる。全身が湯に入らないので上半身は湯に入れた手ぬぐいを通して湯の熱を感じる他ないのだった。
「あったかいね」
コロも気に入った様子である。
「いずれはもう少し真面な浴槽を手に入れたいが今は此れで我慢だな」
「十分じゃないの?」
「冬場に対応できない。繋ぎでサウナでも作るか」
そう、帝国の冬は厳しいらしい。先の知的財産の申請時にギルド長が言っていた事であるので確定的だと考えられる。冬場の準備は各家で行うので私も数週間を掛けて準備する気でいるがどの程度の貯蓄が必要なのかは現地民の経験に寄るし私が商人ならその時期の食料や燃料は高値で売るだろう。
結果、薪や油などの燃料はその使用頻度が減り勝ちになり、値が下がるであろう温暖な時期から準備する事が大切な事に違いないのだが、何分場所を取る。部屋の空間が減るとその分他の商品の在庫を持つことが出来なくなるので収入が減る可能性が出てくる。こういった物は経験が物を言うのだ。私には重要な経験が無い状態だった。
「冬は仕事が無くなるだろうから小さいサウナ室を作って小金を稼ぐか?」
食事から環境を特定し環境から不足しがちな物を想像しそれを補う事業を立てる。
人間は欲しい物が出来た時にその欲を刺激する販売形式を取れば金を払うのだ。趣味に置き換えれば解り易い。他人から見たらさして価値の感じない絵画でも趣味を持つ者からしたら千金の価値がある可能性もあるのだ。
コロの体を手ぬぐいで拭いながら考える。帝国には足りないものが多い。市井にも貴族にも不足を感じるのは私が元々恵まれた社会に居たからこそ感じる事が出来るのだろう。
「ご主人?また考えてる」
「ああ、石鹸を使うか」
コロの頭を濡らして石鹸を手ぬぐいで泡立てる・・・。泡立たない。
「この品質だと自分で作った方が良いな、ティベリス宅の石鹸は泡立ったのだが。コロ、これを使え」
浴槽から出てから泡立たない石鹸を使った手ぬぐいをコロに渡す。
コロは自分の体を手ぬぐいで洗いだした。私も石鹸を使ってみるが使用後に肌にツッパリ感がある。
石鹸に使用した油分の配分が少ないのだろう。帝国では油はやや高価だ。ケチったに違いない。
「背中洗って」
身体の前面を洗い終えたコロが手ぬぐいを私に渡した。
「ああ、後で私のも頼む」
コロと背中を洗い合いながら今後必要な物を洗いだす。
風呂の時間は瞑想するのが日課であったが、現状は足りないものが多すぎる。考えなければ。
身体を湯で洗い流し頭皮をマッサージするように髪を洗う。石鹸を使うと髪のキューティクルが消失しそうだと考えてしまったのだった。
香水文化の弊害を感じる。
「ん?石鹸に香水を混ぜてみるか」
悪くない気がする。1度試作品をティベリスに売りつけて反応を見る事にしようか。
私はコロの髪を湯で洗いながら事業になりそうな物を洗い出して行った。
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