第23話 悪巧み

コロを連れてギルドを出る。

特許の申請が予想以上に早く終わった為に薬草を探しながら露店を冷やかす。

幾つか目ぼしい露店から薬草と呼ばれている物を種類を優先して買い、使用方法を聞き取る。


「これはどの様に使う?」


「へい、旦那。こいつは擦り降ろして傷薬に・・・。」


ある程度の使用方法を聴き取り、脳内にある薬草の効能と比べるに原産地特有の薬草を何本か見つけたが基本的に科学的な物ばかりで、例えば飲んだら腕が生えてくる様な不思議な薬や薬草は無かった。


「ん?主人。これはなんだ?」


其処には布に巻かれ、米の様に小さく灰色をした小動物の爪の様な形をした実があった。

他の薬草に比べて若干、高値だ。


「これは『麦の爪』ですぜ。ライ麦が実を付けた時に稀にこんな形になるんでさぁ。貴族様が偶に買うんでこうやって纏めて袋に突っ込んでるって訳です」


麦角菌という物が有る。

小麦、大麦、エンバクなど多くの穀物に寄生する菌類で麦角アルカロイドという物質を含み、麦角中毒を引き起こすが歴史を見るに、宗教的に使用されてきた有用な毒物だった。


「店主、これを貰おう。2袋だ」


「あいよ。お買い上げ!」


店主は機嫌が良さそうに銀貨を受け取ると2袋の麻薬の原料を渡してくる。

折角、宗教を作ったのだ。儲けを得る為には良い薬も、悪い薬も必要だった。なんせ、法で禁止されていない事に加えて、この国の人間は高純度の成分を抽出する事も出来ない。

・・・勝ったな。

コロは私が気分が良い事を察した様で私の顔を下から覗き込んで来た。


「ご主人。これ、何に使うの?」


「私の宗教さ。法で禁止されていないから良い金になるだろう」


「ふうん?」


コロは興味が無いのだろう。帝国の法ではクスリは薬だ。禁止されず罰則も無い。そして宗教ギルドが存在する。私でなくとも悪い考えをするだろう。

敵対する同業者を亡ぼせるだけの力が必要だ。


「悪い顔してる」


コロは私のスーツの袖を引っ張り他の露店に向かおうとしている。

私は探す薬草を確定させた。此方は依存性が無いので儀式に使う。依存性が高い方も欲しい。


「あはははは。未だ悪くない。何れ悪くなる薬を作ろうと思ってね。料理の売れ行きも良くなるだろう」


国で禁止されていない以上は使用を躊躇う必要はない。効果についても患者が多くなければ公に取り締まる事は出来ないし、薬としては売らない。思わずに笑い声が出てしまう。

結果とは準備が8割を占める。

水面下での準備はとても重要だ。

私は良い笑顔で露店をめぐる。目当ての薬草は見つける事が出来なかったが温暖で乾燥地帯もある以上は近くに存在するのは確定的で、その効果を知っている人間が居るに違いない。

知っている人間が独占しているのかその効果を知らないのかは解らないがこの状態は大変良い。


「うーあー」


「コロ。今は気分が良いから好きな物を買ってやろう」


「じゃあ、お肉と甘いジュースとご主人のパン」


「良いとも」


隣を歩くコロの頭を撫でながら昼食用の素材と黒く厚手の布に蒸留酒と石油を買い込む。

コロに荷物を持たせているのは筋力の増加を期待しての事だ。役立たなければ売り払わなければならなくなるのだから。


私は気分が良いまま昼食を作る。

パンは薪を使ってトーストに。上からチーズを掛けて薪の熱で溶かせば1日経ってやや乾燥したパンも美味くなる。

ブドウも砂糖を加えて調味してジュースに。肉は薄く切り塩を掛けて薪で焼き葉物野菜と別で合わせて野菜炒めにした。

分量は昨日の倍。年齢に対して胃袋が小さいコロには満腹する分量だろうがある程度食べてくれなければ健康に関わる。食べない人間の寿命は短い。無理にでも食べなければ死ぬのだ。


私の見立てではこの国の食事について典型的な肉食文化であり、ビタミン類を家畜の血や僅かな穀物から補っている。ティベリス宅のあの料理については未完成であるが栄養を考えるに人々は日常生活の上で必要な食事を理解しているのであろう。


ライ麦だけでなく様々な穀物類を販売しているのはそういった多種族の知識から得られた知識なのだろう。畜産は盛んだが農業は十分でないことを帝国は知っており、国民に支配した土地を耕させる政策については此れに対応するための物だと考えられる。

肉体労働者については帝国の8割以上を占めているのが現状で娯楽が少ない。この『麦の爪』を元に民間への娯楽を提供できる。


私の昼食は終了しコロが満腹しながらも少しずつ昼食を食べているのを傍目に見ながら早速、有効成分の抽出準備に取り掛かる。

これからの作業は石油の蒸留分離を室外の庭で済ませ、蒸留酒を2回蒸留分離。高アルコール液を作り出す頃には夕方になるだろう。石油の不純物除去に使用する水素発生装置は電気が無いので作成する事が出来ないので石油には硫黄やタールが含まれる事になるに違いない。


「・・・まぁ自分で使わないし、良いか」


被検体は路地裏の貧民等。危険性ゆえに自分で使用する予定は無い。先に石油の蒸留分離作業を行いながら販売経路について考える。


呪術や儀式を行う宗教組織への販売を主に行う予定だが直接の取引は武力の関係上出来ない。間接的な、それも複数の企業を巻き込んでの取引を行う。出来れば5社から6社。機密性を高めるために販売用の奴隷を用立てなければならないだろうか。それでも聡い人間には気付かれるだろう。不特定多数を雇い入れる方が良いだろうか。


「うぷぃ。ご主人。食べ終わった」


コロが完食した皿を前に膨れた腹を擦っている。昼食からこの時間まで2時間程度。胃袋は伸縮しやすい臓器だ。数日で拡張される事だろう。


「よし、休憩したら皿を洗っておいてくれ。夕食は軽くする。それと、火は絶対に使うな」


「わかった。少し休むね」


コロは食卓のベンチの様な椅子で横になる。吐かれても困るし直ぐには動かせないのは明らかだった。

私は原材料の作成作業を続ける。

手軽に買うことが出来る赤ワインのアルコールの蒸留には連続式蒸留器と同じ効果を得るために2回行う事にしたが今後、自身でもアルコールの醸造をしたいと考えているので1度目の蒸留の程度を見る必要もあるだろう。

作業時間は短いがどちらの蒸留も見張る時間がかかる。同時に進行しているが予想以上に石油の蒸留分離の匂いが拡がる。これはガスだっただろうか、石油は少量の為に誘爆の確立は低いと思うが次回の精製は別の場所を考えなければならないだろう。

蒸留したアルコールの方に匂いが付いたら販売できなくなる。


ふと空を見上げながら肺の空気を出し切る。

周りに拡がるガスの匂いに包まれながら蒸留器を熱する薪の燃える音がパチパチと響いた。

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