第22話 知財
翌朝、日が昇るとともに目が覚める。
今日は朝から特許の申請をして、その後に露店を冷やかす予定だった。市井にある薬草の種類を見極める事が目的で序でに冒険者ギルドにも立ち寄る予定だ。
私はコロの部屋に向かい彼女を起こす。
「コロ、起きろ」
コロの寝起きは悪いようで目を擦りながら頭を下げている。
私はコロの手を握りながらダイニングルームへ移動し、食卓へ座らせるとキッチンに移動し、昨日焼いたパンをナイフで薄切りにすると上にトマトとキャベツの千切りを乗せて上からドレッシングをかける。
ドレッシングは玉ねぎを擦り降ろしオリーブオイルと塩と酢、東方のマギを調味し混ぜ合わせた物で、味わいは辛みが僅かにあるイタリアンドレッシングでオープンサンドをイメージして作ったものだ。
飲み物は水で飲料水は昨日パン生地を練る際に、井戸から汲み上げたもの。
「良く噛んで食べろよ」
「わかった」
野菜を基調としたオープンサンドの出来は良く、贅沢を言えばトーストしたかったが薪の値段なりを考えると店舗を開店させてからの方が良いと考える。
2人とも食事を摂った後は軽く運動をして共に家を出る。露店はかなり早くから営業していて、夕方日が落ちるまでは開店している所が多い。朝早く営業しているのは商人や冒険者たちが動き出す時間帯を狙っているのだろうと考えられる。彼らの忙しさから自分で食事を作る事は少なく、露店の食事を買う傾向にあるのだった。
商人ギルドへ向かう途中の露店の傾向を確かめながら進んでいると少し目に付く露店が有った。
その露店は食品では無く飲み物のみを販売しており、その販売形式が喫茶店のセルフサービスに近い物を感じたからだ。
私はその露店に近づき店主に声を掛ける。
「店主、何を売っている?」
「ああ、兄ちゃん。ご覧の通り飲み物さ。2種類のジュースから紅茶まで。水筒かコップさえ出して貰えばそこに注ぐよ!お代は1杯で4分の1銅貨。飲んでくかい?」
「ふむ。飲み物を淹れる容器が無いのだが」
「おや?水筒を持ち歩かないなんて変ってるね。まあ、容器を忘れてくるなんてよくある事さ。うちではコップも2分の1銅貨で売ってるけどどうする?」
「折角だし、貰おうか。コップは2つ2種類のジュースを1つずつ」
私が気になったのは値段設定。銅貨をさらに分割すると言う物がどのような物なのかが気になったのだ。
「あいよ!・・・銅貨2枚の受け取りだから2分の1銅貨のお返しね」
私が渡されたのは半分に分断された銅貨だった。一回り小さな銅貨が専用に存在するわけでは無かったので市井の特殊な文化なのだろう。
私は露店から少し離れてコロに片方のジュースを渡した。
「いいの?」
「構わん・・・。甘くないな」
ジュースは砂糖で調味されておらず、品種改良されていないのだろう。渋さと酸味があり、水っぽい。
水で薄めたワインの様であった。
「甘くないね」
コロはやや不満げだった。言うまでも無く昨日の調味した物と比べているのだろう。
「調味していないのだろうな。砂糖も高い物だから値も上がる。安いと客層が広がるから良く売れるのだろうな」
商売は純利益で判断するべきだと思うがそれも場合によるのだ。
ここに出入りしている人間もそういう人間が多いと言う事に違いない。貴族が態々露店で買い物をしない事も騎士との会話から察する事が出来た。
大抵の露店は労働者の物である。
私とコロがジュースを飲み終えるとコップをコロに持たせ、商人ギルドに入る。
信頼を大切にしなければいけないギルドであるだけあり、他のギルド内の雰囲気よりも清潔で受付も美しい人間を集めている事はティベリスと共に登録をした時点で感じていた印象である。
私はギルド所属を示すギルドカードを受付嬢に見せて特許の申請を行う。
「貴方は確か、アウグストゥス・ティベリス前領主様と一緒に来られた・・・」
「ナイハラと申します。さして縁が無いにも拘わらず覚えて頂いていたのは感服です」
受付嬢はにこりと笑い言葉を続けた。
「アウグストゥス・ティベリス前領主様が連れて来た異国人と言うだけでも注目されるものですよ。市井での有名人でもありますし富国強兵を進めた方でもあります」
「ああ、そうらしいね。ティベリスには世話になっている。して、この商人ギルドで知的財産の届け出をしたいのだが、よろしいかな?」
「ええ、勿論。掛け金は幾らになさいますか?」
「金貨10枚を2つ」
「え・・・。あ、確認ですが金貨10枚でよろしいですか?」
「ええ、処理を頼みます」
知的財産に関しては掛け金が多ければ多いほどその使用者に対して請求できる金額が高くなる。
帝国の考える知財は金を持っている貴族に有利に働くが、市井の人間が知識を提供するだけで金を得る事が出来ると言う事は、帝国はそれだけ知識を重要視していると考えられる。
兵力・財力・知力。あらゆる分野の力を欲している事を隠そうともしない帝国の野望は凄まじいの一言である。
「えっと、では知的財産に当たる内容を出来るだけ詳しくこの紙に書いてください。詳細であればある程知的財産として認められやすくなります」
「知財と認める人間は誰がするのかね?」
「ナイハラ様はアウグストゥス・ティベリス前領主様から直接ご紹介された方ですので、知財をギルドで1度預かり直接帝国の文官に渡されます。ギルド内には帝国所属の文官がいますので・・・」
「その文官に書類内容を説明する為に対面できますかな?出来ないのであればティベリスを連れてきますが」
「出来ますが・・・。あの、大変厳しい方ですので賄賂は通じませんよ」
受付嬢は最後の言葉を小声で話した。
知的財産と認められるには本来、ギルド受付での承認とギルドに派遣された文官の承認が必要で、その両方に承認された後に知財と認められるらしい。
ギルド受付での承認はこの受付嬢に不備が無いのかを確認され、その後に文官に書類が渡ると言う仕組みらしい。
「あー。大変有用な知財だと自負しておりますので考えの浅い方だと私が困るのです」
本来の目的は違う。権力者が知的財産を横取りしていないのかを確かめる為だ。
受付嬢は少し興味が出たのか少し早口で答えた。
「かしこまりました。では、書類の記入をお願いします。」
受付嬢から記入用の紙を貰い『パン生地の作成方法』と『チーズの作成方法』の記入をする。
『酵母の作成方法』で無いのは酵母はパン生地に使うだけで無く、ワインの質の向上やその他、発酵食品にも使用する事が出来るからだ。
酵母がどれだけの食品に使用できるかを明記しない以上、パン以外の使用方法が解らない。なぜなら、目に見えない生物の研究は帝国ではされていないからだ。
1時間かけて書類を書き上げ、受付嬢に渡す。
目に見えない物体の説明は難しく、証明するための顕微鏡についてもガラスの値段を考えると難しく、医療を出来るだけの段階に至っていない以上、呪いの様な宗教的な言い分も必要だった。
受付嬢の確認が終了し別室でコロと共に文官の元に通される。知的財産は個人財産と言う認識からだろう。扉が厚く誰も聞き耳を立てる事が出来ないであろう部屋だ。
「失礼します」
部屋に入室し、席に通される。
テーブルを挟んでソファーの対面に腰掛けた。相対するは青髪を短髪にした男性文官。細身ながら筋肉質を感じさせる体格に、白く緩やかなローブの様なものを着ている。
「ナイハラさんでしたね。アエサルと申します。話は伺っております。この面談の意図は?」
「ナイハラと申します。知的財産の登録は初めてでしたので、どの様な人間が作業をして居るのかを確認する事です。ギルド内で握りつぶされたく無いものですので。ティベリスが悲しみます」
首を傾げてとぼけた様にジェスチャーをする。
ティベリスと共にギルドに登録したことは周知であるが、縁の深さをアピールする事で相手を牽制する。
頭の早い人間と話すのは疲れるのだ。
「我々をお疑いで?」
「顔も知らない人種と取引は出来ません。商人なら当然考える事かと」
「確かに。して、この知的財産の価値は?私が知る限り、パンは市井に溢れている。別種の作成方法が有れども貴方の掛け金はあまりにも多い。支払いをしてまで使いたい人間が居るとは思いませんが」
「認識の違いの訂正を。【パン】では無く【パン生地】です。このパン生地には発酵過程と言う他種と違う作業が複数入ります。目に見えない菌と呼ばれる生物を使用する方法です。市井に存在する物はこの工程を入れていない為に保存期間が短い。作り方によっては2カ月は保存が利くものですので保存食としてのパンを提案している形になります」
アエサルは少し考えた後に知的財産と認めた。
「結構。目に見えない物の使い方の一例として知的財産と認めます。」
「チーズの方は如何様にお思いで?」
「新種の保存食としての価値を認めます。幸いにもアクィタニア帝国は畜産が盛んで冬季の寒さは厳しい。干す・塩漬け・砂糖漬け・燻製以外であれば、家畜を冬に解体する位しか保存方法が無かったのが実情である以上は保護するべき知的財産と認めます。掛け金を少なくして頂けばより市井に広まるかと思いますが?」
文官のアエサルが勧めているのは知的財産で稼ぐ方法だが、私が目指す商売の形ではない。たった3年で帝国に献上と言う形で知識を徴収される以上はそもそも知的財産で稼ぐと言う選択肢は無くなる。
なぜなら、新しい知識を確立させても3年しか商売が出来ないのだ。働かなくても金が入り続けると言うのはメリットであろうが、3年間の期間設定がされている以上は労力に見合わない場合の方が多い様に感じる。
「否。両共に掛け金は其の侭で」
「そうですか。では面談は終了としましょう。アウトゥグス様によろしくお願いします」
「ええ、有意義でした。ありがとうございました、失礼します」
私は一礼し早々と部屋から退出する。
ティベリスの小間使いと勘違いされていたきらいはあるが、今後の活動に影響しない事を考えるに訂正の必要はないだろう。
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