第19話 忘れなかった過去と奴隷
さて、啖呵を切ったは良いが投資をして貰う以上は後々返却する金は少ない方が良い。
しかし、当然の事ではあるが大規模に事業を起こした方が大金に繋がるのは事実。ティベリスの
先ずは市井に名を売る事が先決であった。
翌日、ティベリスに連れられ人頭税を支払った後、商人ギルドと宗教ギルド、医療ギルドで登録を行う。
貴族の
面白かったのは国がギルド内部で知識を独占させない為であろうか、帝国の優れた部分として特許の前進となるような法的な届け出が存在したのであった。
【知的財産の届け出をした帝国民は帝国が支配する領域内に於いて、その知的財産を3年の間独占し自由に使用して良い。知的財産はその届け出をした帝国民が使用許可を出した際に、それをギルドに報告する事で補償金の3割以上5割以下の使用料を支払い都度、使用できる。3年を経過した時点で届け出に元付く知的財産を帝国に献上する事で補償金及び使用料の総計を届け出を行った帝国民に返却する】
知的財産は補償金の金額を自由に決めることが出来る。補償金に大金を払えば、使用される都度に3割以上、上乗せされて後に支払われる。これは明らかな貴族優位の考え方であったが、平民でも有用な知識は繰り返し使用料が支払われるので最終的には何十倍にもなって返却される。
逆に、無価値な知識については3年間動かす事が出来ない金が生まれるだけであるが、補償金は帝国が預かる事になっているので、金利の無い銀行の代わりとしても使われているらしかった。
預けられた金は帝国が新しい事業の立ち上げに使用しているらしく、銀行の役割を国が負っているのであった。
ギルド登録を全て済ませると奴隷市に向かう。
帝国は奴隷を公的な産業として認識しているらしく、大通りにぼろ布を着て首輪を付けている奴隷が自分の得意な事を公言していた。
奴隷通りを散策する内に私は疑問に思った事をティベリスに聞いた。
「ティベリス、奴隷を縛るものはあるのか?」
「首輪と帝国法だ。奴隷は主人に服従する事を法で求められている」
「反逆は無いのか?」
「ある。そもそもが戦場から連れてこられた兵士や征服された村の人間だ。恨み辛みがあるに決まっている。故に、奴隷の主人はその奴隷よりも強くなくてはならない。如何に奴隷の心を折るかが奴隷商の腕の見せ所だな」
奴隷の反逆は帝国法で死刑と決められている。しかし、それを承知で誇り高い兵士や高貴な血の人間は反乱を起こす。その大体が大規模な物であるので、そういった奴隷を扱うのは貴族にしかできない。
そう考えると、私が扱えるのは1人2人が限界で、それも強靭な肉体を持つ兵士や死よりも自身の誇りを優先する人間以外になる。
「・・・私が買えそうな奴隷は少なそうだな」
ティベリスは朗らかに笑いを上げ、私の背を叩いた。
「はっはっは。奴隷を扱う者は大店の商人や貴族だ。自身を守る兵を持ち、その下に奴隷を置く。鉱山掘りや道を作る際には役に立つし、偶にではあるが大工や彫刻家が自分の弟子に買うのがこの国の常識よ」
「うーむ。体力の多い者が欲しかったのだが・・・。」
「逃げられた時に追えるのなら其れでも良かろう。逃亡中に帝国兵に捕まった奴隷は主人によって懲罰を受ける。大抵は・・・鞭打ちだが、懲罰の後の奴隷は使い物にならない場合が多いぞ」
事業に不全を起こしたくないので人手は欲しいが、如何にも私に扱える奴隷は少ないのであろう。
魔導書が貴族の書斎に在る世界なので服従の魔法でもあるのでは無いのかと期待していたが、そんなものは無いらしい。
まぁ、あったらあったで怖いのだが。
何人かの奴隷商の前を通り過ぎ、奴隷の声を聞き流していると黒いフードを被った長身の人物が話しかけてきた。
「奴隷、探しているか?」
「ん?ああ。」
余りにも意識を向けていなかった為に思わず返事を返してしまった。
骨格からして、男であろう。肩幅は広く、足首は外側を大きく向いていた。骨盤の形が横長な証拠である。女性の骨盤は出産をしやすい構造になっているのだから間違えようが無い。女でなければ男なのだ。
「これ、買うか?」
長身の男は左手に持つ鎖を私に見せつける。やや訛りが有るのが特徴的だ。
鎖の先には奴隷。肌は日に焼けて黄色人種の様で青銀糸の様な長髪に紫色の眼窩。年齢としては10歳に満たないであろう体の細さ。
今まで通りで見てきた奴隷と違い、ぼろ布では無く服を着ていた。
ティベリスは黙している。明らかな不審者であるが、奴隷の購入は私に決めさせるのであろう。
「こいつは何が出来る?」
これは確認しなければいけないだろう。
黒いフードの男は素早く真っすぐな声で答えた。
「動ける」
「???・・・そうか」
働けるでは無く、動ける。
服を着ている時点で他の奴隷とは明らかに違う。
だが、私の扱えるであろう奴隷の条件には合っていた。
「幾らだ?」
「金貨1枚」
成人男性の奴隷と同じ値段だった。
比べるまでも無く成人男性の奴隷を買った方が良い。
「何故そんなにも高い?」
長身の男は頭を横に振る。
「高くない。コルシカの子供」
これは・・・。面倒な手合いか?
私は奴隷の少女に話しかけた。
「おい、お前。何が出来る?」
少女は俯いていた顔を上げる。
少女の顔をはっきりと認識した時に私は驚きの余り声を上げた。
「なにっ!」
近くで見なければ判らないが、少女の紫色の眼窩の中に白の幾何学模様が見えた。
明らかな異常。この世界は髪色以外にも奇妙で、非科学的な人体の変化がある。
やはり、人類史の進化の中ではありえない何かがある。
「すこし、まほう使える。冷たくなる」
魔法?
私が唸っているとティベリスがフォローしてきた。
「偶に、世界の公式と呼ばれる神秘を感覚で扱う事が出来る者がいる。それが魔法使いだ。50人いたら20人に満たない程度は魔法が使えるものだ。大抵は星読みや燃焼、風を起こす程度で生活が少し楽になる程度の認識で構わない。そもそも、戦略級の大規模な魔法を扱えるなら兵士として何不自由なく暮らしていける。奴隷にはならん」
「なるほど?」
超常現象の類を任意で起こせるのは、超能力者では?
当たり前の様に言っているが、この世界は私が知る人類史とは別方向に進化している様だった。
「ヒロシ、お前が言う程、高くはないと思うぞ。距離を考えるのなら魔法が使える分安いとも言える」
「問題は何故、服を着ているのかなのだが」
「旅をさせるのに、ぼろ布では途中で死ぬからだろう。ぼろを着ているのは近場の奴隷か元兵士だ。近場から拾って来た奴隷は土地勘があるので逃げられやすいし、元兵士だとお前では扱えない。と、なると魔法が使える子供の奴隷と言うのは悪くない選択だと思うぞ」
ティベリス曰く、おすすめらしい。
「わかった。こいつを貰う」
金貨を1枚、奴隷商に差し出す。
訛りの入った男は満足そうに首を縦に振り、鎖と首輪の鍵を渡して来た。
「焼き印、押す?」
流石に今後の扱いを考えると焼き印は良くないだろう。
「不要」
短い問答で返す。
思ったよりも早く買い物が終わったので食事の買い物をする事にした。
ギルドの顔見せに必要であったティベリスと別れ、奴隷と一緒に食料品と鉄鍋を買う。
宿は引き払っているが、ティベリスの伝手で居住型の屋台を手配して貰っている。
家族4人程度が住める部屋数とダイニングがあり、店舗は商店街の八百屋の様に開けている。夜は蝶番を閉めて戸締りを行う防犯に優れたタイプだった。
竈は使用歴が短いのであろうか使用感が無く、問題なく炊事が出来るだろう。
薪については備え付けの物があった。
始めの商売は市井に対しての宣伝を兼ねて食料品関係になる。これは毎日消費されている事と、昼食に関しては屋台などで買う事が多い帝国民の気質を視野に入れての事であった。
朝方から夕方まで肉体労働を行っている人間に対して売り込みを行う。客先として石工や土木関係の人間や冒険者ギルド関係の人間になると予想される。
売り物は簡単に安く、早く作れることからピザにした。
チーズと酵母入りのパンは今の所私にしか作ることが出来ないので他店と比べて差別化も図っている。
チーズとパンの作り方に関しては明日にでも、特許を申請する事にした。
今後の展開として経営形態はある程度の名声を得た後にフランチャイズ形式に移行し、10店舗を目標として契約を行う。
ある程度の資金が出来たら薬品関係を買い漁り、知識にある医療・薬品関係を製造し特許申請。
宗教は信者を増やすために広場で大道芸を1週間に1度行う。
信者は必要ないが、毎週同じ場所で演説を打っている男がいると言う認識が不特定多数の人間に認識されれば良い。
宗教を認識させる目的は他の宗教の信者共に不用意な問題を起こさせない為である。
以前、施しを与える若い修道女と問題を起こした。
時間の無駄であるのに加えて他宗教の信者と知れれば絡まれ難くなるのだ。
さて、店舗の準備に1日と考えると今日から酵母とチーズを作成した方が良い。
チーズはモッツァレラ。フレッシュタイプだが、ホエイに浮かべて涼しい処にでも置いておけば3日は持つだろう。パン酵母についても6kg分の仕込みを行い、これを使いまわす。
酵母菌はブドウでの培養を行った。これは、日常的にワインを飲むアクィタニア帝国人を考えての事である。
東方のマギは以前買ったものがまだ残っているので、必要な食材は殆どない。
材料の準備を済ませて、夕食の準備をする。
パンを2kg程度捏ねて2次発酵までを済ませて、大きな丸型に成形し濡れた布をかぶせる。
窯の中に薪を格子状に組み上げて、火を付けて格子が崩れるまで待っている間に、野菜を適当に切り鉄のスキレットに乗せた後、岩塩を削って下準備は終了。
果物はブドウが1房だけ余っていたのでそのまま食卓に乗せる。
「いや、そういえば・・・。」
奴隷を買う時に物を冷たく出来る魔法が使えると言っていた事を思い出し、奴隷に水を冷たくするように命令する。
「んっ!んー」
一種の掛け声だろうか、桶に入った水に手を入れ強く目をつぶり、息を止めている様に見えた。
暫くすると、奴隷が水桶を私に渡す。手を入れて確認すると、キンキンと音が鳴る程に冷たくなった水が入っていた。
「よくやった」
頭をなでて奴隷を褒める。煽てるのは相手のやる気を出す方法の1つであった。奴隷は不思議そうに撫でられた所を擦っている。
私が確認する限り奴隷に疲労の色は見えない。
目の前で起こる超能力の分析は後に回す。私は水桶にブドウを入れて冷やす事にした。
暫くして窯が熱せられたら、成形した大き目のパン生地を6つ窯の中に入れる。窯でもオーブンでも均等に熱を入れたいのであれば初めに熱しておくのは料理の基本的な事である。
窯の熱気を閉じ込める蓋をして1時間程度放置。時間はスマートフォンで測る。
その間にやる事は・・・。
「お前、名前は?」
「ない」
奴隷との交流である。
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