第13話 人間社会
1日経った。
ティベリスとの話を終え今後を考える。明日に館を出る事になっているのだ。
ティベリスから投資を受ける事が出来たが、投資額については都度都合してもらう事にした。
少量の投資額を複利で増やしていく雪だるま方式をするのが投資の基本である。失敗しても最初の掛け金を失うだけで済むからで被害額を抑えることが出来る。法人や個人事業主が採用している方式で時間が経つにつれて利益幅が大きくなるが、膨張と拡大の違いを判断する事が重要だ。
「懐かしの・・・か」
結局、人間社会で生きるのであればこういった事が必要なのだ。残念だが、何処に逃げても人間と関わる以上は。まぁ、死人の顔写真が載った紙片を集めるよりも金で出来た硬貨を集めた方がやる気が出る。
金の重さで潰れて死ぬ位稼いで後は隠居生活が理想的だろう。
時間的な期限が有るが私は何が必要とされ、何が売れるのかを知っているのだ。これはかなりのアドバンテージになるに違いない。
今必要なのは商売に関する知識。詰まりは明文化されている法律。スマートデバイスがあるので写真を撮るだけで良いが写真を撮る手間があるので早めに資料室に向かう。
資料室に着くと直ぐに本棚から法律関係の書物を漁る。机に持っていく手間が惜しいので本棚の前で写真を撮っていると資料室の管理人だろうか、緑髪の若い男が私に声をかけた。
「初めまして、何をなさっているのでしょうか?」
面識の無い人間だ。使用人と言う雰囲気は無く目の鋭さから私を不審者扱いしていることは自明であるが、私の行動を阻害していない所を考えると、私の事を不審に思いつつもリスクを考えて暴力的な行動に移していない理性的な男である。
私自身こういう男を山ほど見てきたので最小限の言葉で足りる事を知っていた。
「ええ初めまして、ティベリスに資料の閲覧を許可されていますヒロシと申します。本から知識を蓄えている所です」
真面目さが取り柄で仕事を熱心に熟す人間だ。社会の中で自ら商売をするというよりも安定した会社に入り真面目に勤務する事に価値を見出し、誰かに従う事を好む人間に対してはこれで伝わるだろう。
私の口からティベリスの名前が出たという事は私の行動自体がティベリスに許可されているという事である。大貴族の名前を出すリスクを分かっている人間にしか使えないが。
私の予想通り緑髪の男に正しく意味が伝わった様で男は頭を下げて下がった。
無音カメラのアプリを入れているので音はしないのだがこの部屋には影が差し、所々暗いのでシャッターを切っていたのが不審に繋がったのだろう。
私は20分ほど掛けて法律関係の全ての本を撮り終えた。法律関係の書類は煩雑で無駄が多い文面が多かったが、後で見返し単純化した物を清書すれば良いだろう。
この資料室には様々な文学の専門書が並んでいた。気になる学問も確かにあるが魔術書という現実的でない、ある種の妄想めいた書物を見た際に莫迦らしくなった。
幾つか目ぼしい書物でも見つけようと思っていたが如何にも良さそうな物を見つける事が出来なかった。
「いや、まてよ」
思えば、カラフルな髪色がある時点で非現実的だ。人の髪の色はユーメラニンとフェオメラニンの着色の結果から決まる。赤髪やストロベリーブロンドまでは劣性遺伝の特徴として目にすることはあるが、ティベリスの孫にあたるユーリ嬢の水色や先程の男の緑髪は科学的にあり得ない。
詰る所、科学的でない何らかの作用があるという事に他ならない訳だ。
……そう考えると、案外莫迦らしいと思っている魔術書や占星術書等は価値があるものになるのか?
つまりは科学を越えた奇跡的な変化を生命に与える事があるのであろうか?
魔術書の1つを手に取る。パラパラとめくると私には意味があるとは思えない様な難解で規則立った図と
暗号化されたであろう文字が書いてあった。恐らく秘匿性を求めた結果だろう。
魔術書の全てのページを写真に撮っておく。この世界には何かがあると少しだけ期待するには十分な資料であった。
用事も済み、資料室を後にする。
考えてわからない事は聞くか、解るまで放置するかが私の問題への取り組み方であった。
知識が増えれば何かが起こるに違いないのだ。
先程撮った法律関係の書類の画像を眺めてみると目につく悪法は無かった。今回の場合は短期間で儲けを得たいので法のグレーな部分を探す。法は元老院を含めた王が執行するもので、執行官は居ないという事と人頭税を納めていない人間は法の適用外になる事が印象に残る。
これは税を払っていない人間が盗みなどが出来るようになるという訳では無い。むしろその逆で税を納めない人間を法的に守らないと言う宣言である。当然ながら私は人頭税を支払っていない。人頭税を払っていない時点で最も弱い存在と言う事になるしこの国では奴隷制がある事は知っているので私自身、人狩りの対象になる事を察していた。
ある程度の法関係の書類を見終わると館を出た後の事を脳内でシミュレートする。
真っ先にやる事は人頭税の支払い。これには家族または保護者等の身元保証人が必要らしい。恐らく他国の諜報員を国内に入れないことを目的としているのだろう。それでも完全には防ぐことはできないが、手引きした人間が居なければ人頭税を払えない以上、1人炙り出せば纏めて尋問できるのだから効率的だ。このアクィタニア帝国は人種のサラダボウルとも言える程多数の人種が集まっている。基本的には中立国と言うよりも征服事業の結果とも言える領地の拡大がこの事態を引き起こしているのだが支配された国が従順であると言う保証は無く、むしろ強大な敵に対して爪を研いでいる時期であろう事は誰にでも予想が付く。戦争による恨みは根深く世代を交代した程度で晴れるものではない。
つまり、人狩りに会った際に売られるのは他国である可能性が高い。言うまでも無いが扱いは最悪であろう事は予想できるし法関係を調べた限り奴隷に対しての特別な取り決めが無いのだから、どのように使っても罰則が無い。売られた時点で将来が消える事が確定しているのだった。
次いで、商人ギルドへの顔見せ。全ての屋台の管理は此処で行うらしい。商会を展開させる規模によって国へ払う税が決まるらしい。店舗に関しても年間で土地税を支払うし商品に対しては持ち込み税や持ち出し税、場合によっては職人の斡旋及び商人からの買取りを行っている。商人ギルドはそれらを管理しているギルドであり、国や国民からの希望を商人たちに伝える事で何が足りていないか。何が過剰かを判断し物価の安定を図っている。つまりは帝国の金の殆どがこのギルドを通るのであった。
他に冒険者ギルドや宗教ギルド医療ギルド等といった商工業者の排他的な同業者組合は多い。ギルドとはつまり、身内で技術を独占し他者への参入を許さない事で利益を出す組合のようなものである。一応仲が良い悪いはあるらしいが基本的に互いに不干渉である事が大前提であるらしい。
こういった組合は年功序列が前提で腐敗が進んでいるのが定番なのだが、そこは多種族国家らしく国が雇っている監視用のの人間がかなり多い割合で各組合に居るのである程度は風通しが良いらしい。国としても技術の独占がどれだけの損害を齎すのかを理解しているのだろう。ここから考えられる事は貴族の権威がある程度通じるという事である。折角ティベリスとの縁を紡いだのだから有用に使わなければならないだろう。
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