第14話 貴族料理
今後を考えながら厨房に着く。食事が妙に美味かったという理由で今日はティベリスとトラヤヌス夫人、ユーリ嬢の晩餐を任されているのだ。私もその席に呼ばれているのだが、時間の関係上、昼食は作る事が出来ないのでこの館の使用人に作らせることになった。恐らく毒味役とマナーを見られるのであろう。トラヤヌス夫人としては父が変な男に騙されていないかを試す機会になると考えられる。ティベリス自身領主の任から身を引いているのだから領主の名を使うのなら当然トラヤヌス夫人の許可が必要になる。領主の前であれだけの大口を叩いたのだから、試すのは当然だった。
ティベリスはもう完治と言っていいレベルにまで回復したし、態々晩餐と言う言葉を使ったのだから貴族用の食事を出しても良いだろう。
市内に買い出しに行くまでも無く大抵のものは揃っているのは流石貴族と言ったところか。
出す料理は決まっているがどれも時間が掛るので早めに準備する事にした。
冷たい井戸水にオレンジとグレープフルーツ、トマトを入れて冷やしておく。
大き目の鍋で牛乳1Lを45度程まで温めレモン液100mlをゆっくり掻き混ぜて温度を保ちながら15分間放置。固まった乳脂肪からカードを取り除き伸ばし丸める。これを熱湯の中で繰り返すことでモッツァレラチーズが出来上がる。チーズは冷めたカードの中で保存。
牛乳を小瓶に入れてとにかく振る。乳脂肪が固まりバターを作った。
鴨肉に似た味の肉を見つけたので肉料理として使う事にした。そうすると自ずとメニューは決まってくる。
鴨を絞め殺し肝臓を取り出す。肝臓と砂肝、肝に心臓を良く洗い塩をして2時間放置。その間に内蔵を抜き取った鴨を熱湯に通し羽を抜き取り仕上げに直火に潜らせ残った毛を焼く。肉を部位ごとに分け塩をしてこれも放置。抜き取った骨はオーブンで香ばしく焼いた後にセロリ、人参とで出汁を取る。アクだけ掬えば良い。これも1時間30分程沸騰させずに静かに煮詰める。
フランスパンを作る為、強力粉を酵母と水と塩で軽く混ぜ、2倍に膨れるまで水で軽く濡らした布をかけて放置。成型後2次発酵を済ませて後は焼くだけの状態にした。
玉ねぎを6つ程薄切りにしてカラメル色になるまでバターで炒め、4つ分を鍋に取り分け鴨の出汁を入れた後に10分程弱火で煮込む。これでオニオンスープの出来上がりだ。
この時点で塩を馴染ませた鴨の内蔵の水分を拭きニンニクとローズマリーと共に小鍋に入れる、内臓をオリーブオイルで浸した後、湯を張った大鍋に小鍋ごと入れる。これは弱火で1時間程でコンフィが出来る。後は仕上げに強火で香ばしく焼き上げるだけだ。
オレンジの果汁を果肉が入らない様に120ml程絞る。
砂糖を15gカラメルにして白ワインのビネガー23mlで色を止める。中火でビネガーの酸味を飛ばしてオレンジ果汁を入れ、先程取った鴨の出汁を120ml。粘度が上がってきたらオレンジの皮の油と白ワインを入れアルコールを飛ばした後バターを入れて乳化させ塩で味を調整する事でビラガードソース。味見するとオレンジのさわやかな酸味にキャラメルの苦みが深みのある味わい。本来はフォンドボーを使うのだが時間が無さ過ぎた。そも、香辛料が無さすぎる。基本の胡椒が無いので香草類で何とかごまかしている状態だった。
さて、ここからが大変だ。
卵3つを卵黄と卵白に分け、卵黄に砂糖を20g入れて混ぜる。牛乳35mlとオリーブオイル35mlを合わせ白っぽくなるまで混ぜ薄力粉60gをふるい入れさらに混ぜる。
卵白に40gの砂糖を分けて入れ8分立てのメレンゲにし卵黄の混合液を少しずつ入れボールの底から混ぜる。白く丸い陶器製の深皿に油を塗り付け生地を入れた後に200度に予熱したオーブンに10分入れる。表面のみ香ばしく焼き上がった生地にナイフで切り込みを入れオーブンの温度を180度まで下げてさらに20分焼く。焼き上がりは串で確認。生焼けの部分が無かったら冷まして常温になったら串で丁寧に型から外して完成シフォンケーキ。中央に穴が開いていないのでケーキ型で焼いたようになった。
このままフランスパンを焼き上げる。250度にオーブンを熱しオーブン内に水を入れ水蒸気で満たす。210度程度になったら20分間焼き上げて完成。冷めたら斜めに輪切りにして籠にいれておく。
オーブンに熱が残っているうちにオレンジの輪切りとオレンジピールを入れる。1時間ほどで乾燥し切り、オレンジチップとピールパウダーが出来る。オレンジを乾燥している間に生クリームを8分立てにする。
この時点で晩餐の時間前に近くなっていた。
私は小さめのトマトを分厚く輪切りにし塩を振る、その上にモッツァレラチーズをトマトの半分程度の重量になるように乗せる。チーズの上にはバジルを1枚。上からオリーブオイルと赤ワインビネガーで線を描く。それを1皿に2枚乗せアミューズのカプレーゼ。
鴨の内臓を油漬けし、ゆっくりと火を通したものを強火で焼き上げて、肝臓は1mm程に輪切り。白い皿の中央に3枚扇状に並べ、端にトマトの種の部分を除いて粗みじん切りにし上にセロリの若葉を乗せた物と前に作ったオレンジのマーマレードジャムの余りをティースプーンの半分ほどずつ散らしてオードブルのフォアグラのコンフィ。
オニオンスープは温めるだけだ。小さい深めの小皿に取り分け仕上げにバターを一欠け入れる。
スープを温めている間にグレープフルーツとオレンジの外皮と内皮を纏めて削ぎ切り粒にし、皿に風車の様に飾る。グレープフルーツには砂糖をそのままかけて、ソルベに当たる物にした。本来は氷菓だが氷が無いのでどうしようもない。色合いも黄色とオレンジの2色のみで単調になった。ルビーグレープフルーツがあればもう少し違っただろうが妥協。
フォアグラを焼き上げた油の残る鉄鍋で鴨胸肉の皮を格子状に切った塊をアロゼで肉の内部がロゼになるまで焼き上げる。ガルニチュールは6分の1にカットしたカブを葉を取らずにオリーブオイルでソテーしたもの。
鴨胸肉は6cm程に切り分け肉の断面が見えるように3切れ皿に盛りつける。皿の下部に弧を描くようにビラガードソースを流し、オレンジパウダーを鴨胸肉の断面にかけ、オレンジチップをビラガードソースの弧の終わりに添える。ソテーしたカブは鴨胸肉の反対側に添えて、アントレである鴨肉のロティ。
皿の中央に8分の1にカットしたシフォンケーキを乗せ垂れる様に生クリームを。デゼールのシフォンケーキ。
厨房にコーヒーが無かったので代わりに紅茶で締める。焼き菓子は焼いていないのでシフォンケーキと紅茶を同時に出す事にした。
本来はテーブルセッティングとして出される献立に合わせてナイフとフォークをセッティングした状態で食べ始めるが今回は皿と共に出す。輪切りにしたパンは籠に入っているのでテーブルにセッティングして貰う事にした。
調理段階で腕がパンパンに腫れあがている。なにもしなくても痙攣しているのでフルーツを冷やしていた井戸水で顔を軽く洗った後に腕を冷やした。自動機が無いので単調作業がかなり辛い。
しかし、これはトラヤヌス夫人を説得するための晩餐。態々ティベリスが晩餐と言う形で私の持つ知識を発揮する機会を与えたのは少なくともトラヤヌス夫人が投資に納得するだけのものを見せつけなければならないと謂う事だし、私にかなり大規模な資料室の閲覧許可まで渡したのは詰まりはこの国に対応して見せろと言うティベリスからの挑戦だろう。
当然の事ながら投資に値するものを披露しなくてはいけないし、ティベリスが求める未知を知らしめ旅人の持つ異文化をも感じさせなければならない。
異文化を感じさせながらもこの国の貴族に合う食事を作る。ティベリスとしてはエンジェル投資になるのだろう。人柄、性格、知識を見てファーストペンギンの利点を狙う事。投資家は数字で動くのだが、新しい技術については社会に受け入れられない可能性があるのだ。医療と言う国に無くてはならない物であっても既存の物を否定するのであれば相応の時間と人脈、金が必要であるので失敗する可能性の方が高い。だが、成功したらどうだろう?技術は独占。他社よりも時間的な有利を取ることが出来る。これはブランディングをする上でかなり重要な事だ。エンジェル投資はハイリスクハイリターンなのだからこの見極めが今後、私自身が受ける貴族からの印象につながるだろう。
トラヤヌス夫人の晩餐の為の着付けが終わったのであろう。メアリ嬢とギボンが厨房に戻ってくる。
「ヒロシ様。晩餐の準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、準備は整った。料理に関しては全員が食べ終わり次第次の皿を都度運んでくれ。配膳はワゴンで空の食器は次の皿を運ぶ前に回収。順番はこうで・・・食器は皿と同時に出して欲しい」
食事中は席を立てないのでメアリ嬢とギボンに配膳を頼んだ。地頭が良い事は知っているので直ぐに覚えられるだろう。
「はい、解りました。紅茶はデゼールの直前に淹れますので」
「頼む」
緊張しているのだろう。自身でも口数が少なくなっている事が解る。ティベリスとの会話は出会い頭がアレだったので気の合う友人を演じた。トラヤヌス夫人については貴族との会話になるだろう。
この緊張も仕方ないとは思うが、今後を考えると万全で商売を始めなければならない。緊張は胸を張り姿勢を正して飲み下す。ギボンの案内でダイニングルームに向かう。ギボンがダイニングルームに入る前に扉をノックすると中からティベリスの入室を促す声が聞こえた。
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