第7話 知る恐怖
ティベリスは寝入った様だ。
寝付きが早いのはこちらとしても楽で良い。いや、熱い風呂に入れられて体力を消耗していたとも考えられる。排便で水分が失われるのにアルコールにプラスして風呂に入れるとか殺しにかかってるだろ。
ノックの音が聞こえたので入室を促すと入ってきたのは銀髪のメイド。湯が沸いた事を報らせに来たらしいので共に調理場へと向かった。調理場では半球の大鍋に入った水が煮え立ち、ブクブクと音を立てていた。大凡6リットルか、私はメイドに塩と砂糖を持ってくるように伝え、小さい鍋に煮湯を取り分けた。
すると急に腹が鳴る。
丸3日食事をとって居なかったのに加えてギボンに拉致されて此処まで来たのだ。回復食もまともに取れていなかったのを思い出し指先からまで力が入らないような感覚に襲われる。
厨房の周囲を見渡すと調理器具にある程度の野菜。
「ティベリスの食事という事にしておくか」
建前は立つので多めに作ろうか。味見が多くても仕方ない。うん、仕方ない。
身体を清めたギボンと銀髪のメイドが帰ってきたので私は受け取った塩と砂糖を大鍋に入れてギボンに5分以上かき混ぜ続けた後火から降ろす様に言いつけた後にコケッコーの飼育場へ案内する様に銀髪のメイドに言った。
最も肥えたコケッコーを捕まえた後、首筋をナイフで切り、血抜きをした後腹を裂いて内臓を取り出し、可食部を塩水で洗った後厨房に戻る。ギボンが沸かした熱い湯で清拭し体を簡易的に清めた。
小鍋に避けて置いた湯の中に肉を突っ込み暫くして取り出し羽を毟った後にナイフで皮面を剃り上げて取りきれなかった羽を無くす。更に火で軽く炙り、完全に羽を焼いた後に皮と肉と骨とを分けガラを細かく砕き、新しい鍋に水から煮始めた。
ギボンに肉を細かく刻ませてミンチ肉を作った後小麦粉を繋ぎに練り合わせ塩で味付け。
銀髪のメイドに温いスポーツドリンク擬きをティベリスにコップに2杯ゆっくり飲ませる様に言いつけてから先程取り分けた皮を別鍋で焼き上げて油をとった後、ガラの灰汁を掬い続けた。
2時間も炊き続ければ良い出汁ができる。
ガラを取り、そこに適当な野菜をクタクタになる迄煮て最後に鳥のミンチを小さく丸めて投入。つくねに火が通ったら完成だ。
皿を2枚用意して盛り付けた。
「ほら、味見用だ」
皿をギボンに突き出し自分用にもたっぷり盛り付けた。
スプーンでつくねを掬い上げ口に入れる。普通のつくねスープだった。塩味は薄く作ったのでやや物足りない。まあ老人用だから良いか。
「・・・美味しいですね」
何故か不機嫌な口調だった。
「素材が良いからな」
「これをティベリス様に?」
「夕食用だ。温め直した方が美味い」
ギボンの顔が歪む。
少し怒っている様だった。
「ティベリス様はコケッコーで食傷虫に罹ったのですよ?其れを・・・」
「私は私がこの世で最も正しいと言う事を毛程も疑っていない」
「つまり?」
「私が最も正しいのだから無駄な気遣いなど不要だろう?」
「賢者気取りですか?哀れですね」
「お前の中でお前は最も正しく在る。だから私を不快に思っているんだろ?其れと変わらん」
「・・・今回は納得してあげます」
反抗期の娘でも持った気分だ。恐らく1回り程違うであろう歳の少女を納得させるなど訳ない事だった。
些細な反抗心は可愛げが有る。従順さだけが評価される小学生という訳では無いだろうから歳相応なのだろう。
その娘にお姫様抱っこで此処まで連れてこられた訳だが。どういう肉体構造してるんだ。
厨房のドアからノックの音が聞こえた。銀髪のメイドが厨房に入ってきたので、十分手を洗わせた後スープとつくねを2、3口分掬い味見をさせた。2人前でも残れば十分だろうし文句は言われないだろう。
メイドは喜んで食べていのでちょっとしたご褒美になった様だった。市井の食事を知っているので、私も気持ちは十分解る。
「ティベリスはどうしている?」
「今はお休みになられています。あのお薬は言われた通りに処方しましたのでご安心くださいね」
餌付けは成功したらしく会話の距離間が近い。薬では無くスポーツドリンクと言う事を訂正した。
「将来お前の夫が肉体労働者で炎天下に仕事をするようであったら、砂糖を抜いたものでも作って持たせてやると良い。熱射病は如何に強靭な肉体を持つ者であろうとも簡単に殺す。それを予防する為の飲み物だ。塩は高いが命よりも安い筈だ」
銀髪のメイドは首をこてりと傾げた。
「?あ、成る程。此処のお屋敷のメイドは男爵位以上の爵位を持ったお家の娘ですよ。粗相が有ってはいけませんから」
その言葉は市井ではまともな教育が受けられないと言う事を示していた。
「では、訂正しよう。お前の夫が夏の戦争に行くときにでも持たせてやると良い。十全な力を振るえなければ如何なる強者も弱兵と変わらん」
「戦争なんて起きませんよ、侵略の時代は終わり繁栄の時代が来たのです」
銀髪のメイドはクスクスと笑う。
それは間違い無く危険な感覚だった。
「私は10年以内に北から戦争が始まると考えている。北は寒く作物が育たない上に価値ある商品が少ない。今北に蔓延している飢えの気配は何れ人を狂わせるだろう。飢えの狂気をこの国の人間は知らないのだ、余りにも豊かなのだから。それに、」
私は銀髪のメイドを正面に見据えた。
一瞬、銀髪のメイドは目を見開いた。
「君は侵略した国の人間だからそんな事が言えるのだ。侵略された人間はそうは考えない。侵略時代の人間が全て死ぬまで怨みは続く。良く覚えておいた方が良い。相手を害した人間は直ぐにその事を忘れるが、害を為された人間はそれを忘れない。恐るべき報復と共に必ずやって来るのだ」
「メアリ、その男の与太話を全て信じてはいけませんよ。彼は旅人、狂言で金を稼ぐ事も有るでしょうから」
ギボンは銀髪のメイドに注意した。
成る程、狂言でも金を稼げるのか。確かティベリスも民衆の前で哲学を自慢げに話していたが、中々の集まり具合だった。お捻りでも貰っていたのだろうか?立場上金に困る事は無さそうだが、金が絡むと一般人は懐がキツく締まる。つまる所財布の紐がキツイ民衆に対してどれだけの金をせしめる事が出来るかと言う事で自身の論の価値を正確に測り、其れを売りに他の貴族に話す事で更なる利益を獲得すると言う事か単純に民衆が払った金額を得点として遊んでいるのだろう。実に公平で面白いゲームだった。
ある意味TRPGに近く、説得力さえあれば金になるという事はこの国の曖昧さを民衆が感じているという決定的な証拠に他ならなかった。学のある人間の話は全て価値が有ると盲目的に信じているなら社会が未成熟で有ると言わざるおえない。
それは民衆の上流階級への妄想が先行している証拠で先に有った大道芸の様なくだらない論でも上流階級の言葉なら価値が有るという妄想。でなければ民衆が金を払う事はないだろう。金を払という事はそれだけの価値が有るという事なのだから。
どう活用すれば良いのか?
人間は羽根のない二本足の動物だと知った所で何かしらの利益になるとは思えなかった。ティベリスがやっていた様に、民衆受けが良いのはやはりコメディなのだろう。騎士物語でも聞かせるか?
「言で金が稼げるのか?それは、良い事を聞いた。暇つぶしに貴族令嬢の悲劇の物語でも聞かせよう。お相手頂けるかね?」
「私はお医者様のお相手をする様にアウグストゥス様から言われておりますのでお相手致します。ギボン貴方もでしょ?」
「ええ、」
どうやらメアリ嬢とギボンはメイドとして付き合ってくれるらしい。年頃の女子達なのでロミオとジュリエッタを簡略化したもので良いだろう。丁度劇場で観る機会が有ったのだ。
「では話そう。これは、宗教の違いで血で血を洗う抗争を繰り返すことに巻込まれていた皇帝派閥モンテッキ家の一人息子ロミオと皇王派閥カプレーティ家一人娘のジュリエッタの恋愛悲劇・・・。」
私が話し始めるとメイド2人は静かに聞き入った。
即興で半分以下に纏め上げたロミオとジュリエッタだったが内容は変わらずに上手にまとめる事が出来た。
個人的には満足だ。
私はメイド2人に感想を聞くべく話しかけた。
「・・・どうだった?私の国では有名な物語の一つなのだが」
国土によって風習が違うので違和感を与えてしまっては金は取れないだろう。
「凄いです・・・ね。綿密に組まれた設定と若々しい感情の躍動を感じました。吟遊詩人が挙って歌い上げそうな受け入れやすさも。劇場で演じられてても可笑しくない程引き込まれる様な魅力が有りました」
メアリの感想は流石貴族令嬢と言ったところか、具体的だ。
「凄くは有りますが、これを民衆の前で話すのですか?1時間以上立たせてしまっては休憩のし過ぎです。仕事が終わらなくなってしまいます」
ギボンは労働者目線で実に為になる。物語を聞きに来る人間は仕事の合間に来るのが基本らしい。確かにティベリスも1時間以上語っては居なかった。
結果を先に言い、それに肉付けする形で理由を述べて周囲の人間との語らいに力を注いでいた。休憩時間なら結果と簡単な肉付けのみ聴けば大まかな全体像が解るし時間があるならそのまま考えれば良いと。
つまりは、
「長い物語は仕事が終わる夜で日中は短い物語か簡単な哲学を話した方がこの国の時間軸に合っているという事か」
別段、言で金を稼ぐ気はない。しかし元手が必要無いと言うのは大きく、詰まるところリスクは自分の時間のみなのだから口に糊する生活になった時の保険としての知識の取得は大変重要であった。今は金があるが将来金が有るとは限らないのだから。
「よし、良い知識になった。ありがとう。そろそろ食事を温めるか。水分を取ったのならティベリスの体力も少しはマシになっているだろう」
私は鍋に近付き竃に火を着けた。汁物が十分に温まった所で椀に移しティベリスの元へ持って行く。
ギボンが配膳を申し出たのでそのまま運ばせた。
部屋に着くとティベリスは目を開けて天井を見つめていた様だった。私達に気付くと上半身を上げた。
「ああ、ヒロシか。あの飲み薬で身体が多少良くなったぞ」
「アレは薬と言うよりは抜け出た水分を補充する物だがね。一応食事を持ってきたが無理なら食べない方が良い。食えそうか?」
私が見る限り、スポーツドリンク擬の効果は目覚ましく最初に会った時の弱々しさは多少の改善が見られた。食中毒で死ぬ人間は少ないが、ゼロでは無いのだ。これ以降も経過に気を付けるべきだろう。
「問題無いとも。暫く食事を摂っていないのでな、腹が減った」
効きすぎか?いや、プラシーボ効果かもしれない。少なくとも後3日は経過を見なければならないだろう。
「それは良い兆候だが、今後自分の体調は正確に述べてくれよ。今は体力が無いのだから下手打つと死ぬぞ。少なくとも3日は安静にしなければならない」
私はサイドテーブルを運び、メアリに配膳の指示を出した。
「食事は良く噛んで食べて欲しい。具体的には固形物は60回以上噛むこと、水分は軽く口に含み飲み込んだ後、30秒以上空けることだ。空腹時の胃に強い刺激が加わると吐くぞ」
私はティベリスのベットの横に椅子を着け座った。
ポケットの中にあったスマートデバイスを取り出し、モーツァルトを流した。高音を主とした澄んだ音符が部屋に流れ消えていく。リザクレーション効果があり、前頭葉を刺激するこの音楽を好む人間は多い。ティベリスが獣人だったらこの音楽はかけていなかっただろう。
「ヒロシよ、これは・・・」
「慰めになるだろう?」
ティベリスが何を聞きたいかは解っていたが、私が答える気がないことを知ったティベリスは俯き、言及を辞めた。私の様子を見ていたメアリ嬢は目を見開いて驚いているようだった。
メアリ嬢がティベリスの食事のサポートを行っている間、私は目を閉じ瞑想に耽っていた。
ティベリスの長い食事が終わると食後の白湯を用意するようにギボンに伝え、ティベリスと向かい合った。
「白湯を飲んだら就寝だ。私が帰る前に何かあるかな?」
「ヒロシ、お前は何者だ?大陸で最も技術が発達しているといわれるこの国の歴史を嘲笑うかのような技術と知識の数々。このティベリスさえも届かぬ場所に立つお前は何者だ?」
どうにもティベリスは弱って理性が働いていないようだった。これまで隠してきた疑問を直接的にぶつけるなど普段の彼の行動とは思えない。私はニヤリと笑い言った。
「ただの旅人さ、我が国では医療が盛んでね。今回施した程度なら総ての国民が14歳位で習うような簡単なことなんだ。私はそう言った稚拙な知識しか持ち合わせていないよ」
「2世紀以上続くバーベンハイル家が行った施術を鼻で笑える程の知識を幼稚と言うのか?」
「私は全てを見た訳ではない。君達の方が優れている事もあるだろうが今回の事に関しては彼の施術はおままごとに等しい」
「ヒロシ、私はお前の言うことを全て信じている訳ではない。しかし、お前の知識が私が及ばぬところにあるのは解るのだ。ヒロシよ、暫くこの国に居ろ。これはアウグストゥス・ティベリスの言葉である」
「私は旅人だぞ」
「この国に飽きたらどこにでも行けばよい。この国に居る間は私の庇護下に入れ」
「あい、解った。見返りは何にしたら良い?」
思わぬところで庇護を得られた。これである程度は安全にこの国で暮らせるだろう。
「私が困って居る時に助けてくれ」
「随分と曖昧だな」
「お前が何ができて何が出来ないのかが分からないので仕方あるまい?」
「私の判断で可能である限り力を貸そう。面倒は御免だからな」
「それで結構。今日は館に泊まっていけ。私の看護をしている以上医者として扱う」
宿屋の酵母が気になったが明日取りに行けばいいだろう。宿屋の代金はまとめて払っているのでトラブルもないだろう。
「分かった。明日から私が食事の提供と診察をするので指示には従ってくれよ?」
「言われずとも解っている。明日もよろしく頼むぞ」
「ああ、では良い夢を」
そういえばこの世界にきて初めて就寝のあいさつをしたかもしれない。孤独には慣れているが口にしてみると自分が一人だったと改めて気づかされる。
「ヒロシもよい夢を」
ティベリスの言葉を背に私は寝室から出た。
「ギボン、メアリと交代でティベリスの様子を確認し異変があったら直ぐに知らせてくれ.」
「就寝中のお部屋にメイドが入るのは禁止されています」
「ではドアの前に待機。物音に注意を」
「分かりました。貴方は?」
「私も待機する。明日の食事の準備をしているので何かあれば炊事場に。部屋は必要ない、それと明日は朝食後、宿屋に必要なものを取りに行くので用意を頼む」
「分かりました、それではそのように」
私は厨房へ向かおうと歩み始めると3歩後ろにメアリが付いてきた。初めに待機するのはどうやらギボンらしい。私が炊事場に着くと残りのスープの元に近づく。
「あ、ヒロシ様。そのスープはどうなさるのですか?」
「どうしようかと迷っている。流石に明日の食事にコレを盛り付けるわけにもいかないしな」
「あ、それなら」
急にメアリ嬢がもじもじとしだした。何となく察した私はスープを温める準備をする。
「折角だし余ったものは我々で食べようか。ギボンには交代の時に渡すので君は今からにでも」
メアリは恥ずかしいのか顔を赤く染め、こちらを見やる。
「は、はいっ!」
メイドとは言え貴族令嬢。お代わりははしたないという教育でも受けているのだろうか。
どうにもギボンとメアリはその年齢に対して細い。もう少しは健康的に脂肪を着けなければならないだろう。私はスープを温めている間にこの国についてのある程度の情報収集を行う。市井については自分で調べたので主に上流階級。貴族についてだ。
「君は普段どのような生活をしているのかな。今後ティベリスの庇護を得ることになったので意識を改めたいと思っているのだ」
「えーとですね。私は・・・」
どうにも、彼女は普段下働きというものをしないらしい。炊事や洗濯といった雑事は自分よりも下の階級のメイドに任せるとのこと。彼女の仕事はティベリス含む貴族への配膳等のみ。出来合いの食事や茶を運び、主人の命令を聞き、下の者に伝える。メイドは貴族の茶会の同行が許されるので、貴族のそばに控え、所作を学ぶらしい。上流貴族にでもなれば専用の教師をつけることが出きるし、知り合いの淑女から学ぶことが出来るが男爵以下は教師を雇い入れる金貨は惜しいらしい。
「それに、御下がりのドレスを頂ける場合もあります。上流貴族の方たちは1度着たドレスはお召しにならないのが基本ですので」
どうにも物が溢れているように感じたのは、上流貴族の見栄による所もあるらしい。服や装飾品等が中古で流れていたのは生活苦になった貴族が売りに来たのかもしれないと容易に想像がつく。
唯の旅人にあの第三王子の世話だけで金貨を投げ寄越したのは貴族間でも金貨に対する価値観がズレているということだろう。
「なるほど、なかなか面白かったよ。君は語るのが上手だな」
有力な情報をもらったのだから褒めるのを忘れない。当たり前だった。
「メアリと」
「ん?」
「メアリとお呼びください」
私はメアリ嬢に覚えられたらしい。知り合いなんだから有事の際には助けろという唾つけだろう。若いといっても流石は貴族令嬢だった。
「貴族令嬢に覚えて戴くなんて光栄だメアリ嬢」
「そういうことは普通ティベリス様のような方に言うものですよ」
メアリ嬢はクスクスと口元に手を当てて笑う。
どうにも私のちぐはぐな行動は道化師にでも見えるらしい。
「私は捻くれ者だから、雲の上にいるような人間には逆らいたくなるんだ。この国の貴族の懐は大きくて助かるよ。今の所死んで無い」
実際には天上人に対して失礼とも思われるように振舞うのは理由がある。
この国の天上人は生まれてから死ぬまで跪かれるという事に慣れきっている。そういう人間が何故態々市井に降りるのか?別段民衆に頭を下げられたい訳では無い。
跪かれる事に心底飽き切っているのだ。交流に出ても相手は格下。誰からでも跪かれ頭を下げられ笑顔で寄ってくるのは自分を利用しようという人間ばかり。そんな世界がつまらなくて堪らない。そんな世界が生まれてから死ぬまで続く。そんな生活をする大体の人間が感じる孤独感。それを癒す為に城下町まで下るのだと私は確信していた。
ならば私が演じるのはそこそこ脳のある旅人。天上人である自身とまるで対等と思わせる様な口調で失礼にも友人に話し掛けてくるように肩を叩く大馬鹿者。私の目論みは今の所当たっているし、リスクに応じた報酬も得ている。
「ティベリス様がご健在の時は貴方の事を嬉しそうにご子息にお話になられていましたよ」
スープも温まり2人分をよそってスプーンと共に持っていく。食器はシルバーしか見当たらなかった。
「本人には言っていないが、実は私もティベリスとの語らいは楽しく思っている。話し相手なんてこの国に来てからは居なかったからね、少し寂しかったんだ」
メアリ嬢は私に笑顔を向けながらスープの入った皿を受け取った。
一口スープを口に運ぶとまた別種の笑顔になる。
「ふふ、ありがとうございます。このスープも美味しいですし今日聞かせて戴いたお話も面白かったです」
私は笑顔で返す。
「世辞でもうれしいよ。スープは病人用だから味付けが薄いだろう?明日もメアリ嬢とギボンには普段と違う事をして貰わなければならないが疲れたら直ぐに言ってくれ。君たちが倒れてしまったらティベリスに合わせる顔が無くなってしまう」
「お世辞では無いのですけどね。今日はちょっと疲れちゃいましたけどヒロシ様と一緒に働くことが出来て楽しかったです!」
「私も君たちと働くことが出来て楽しかったよ。ティベリスが病に倒れていなかったらもっと良かったんだけどね」
「ティベリス様は無事に回復なさるのでしょうか?」
「今夜から明後日までが山だろう。それまではよろしく頼むよ」
「もちろんです。微力ながらお手伝いさせていただきます」
メアリ嬢の皿を見ると空になっていた。これ以上睡眠時間を削らせる訳にはいかないだろう。
空き皿を受け取ると自分の皿と重ねて洗い場にもっていく。
「夜食は食べ終わったようだしもう寝た方がいい。交代の時間になったらギボンが起こしに行くだろうからそれまではゆっくり休んでほしい」
「ええ、お言葉に甘えます。おやすみなさい」
「ああ、お休み。良い夢を」
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