望み

柳川 拓

幸せ

「ドン!」

机を叩いた音で目が覚めた。

父親の浮気が発覚してからここのところ毎晩両親が言い争いをしているのだ。

いつもなら眠気に負けてしまうのだが、今日は違った。

「浮気していた上に家にお金を貯めないで、他の女にお金を使っていたのね、もうあなたと毎晩言い争っててもらちが明かないわ、我慢の限界、別れましょ」

驚く一言を聞いて思わず声を出しそうになったが、ぐっと押し込めてまた聞く耳を立てた。

しばらくして、「わかった」と父親の声を聞いて、不思議と悲しくはなかった。どちらかというと当然の報いだと思った。

「明日離婚届にサインしてもらうから、おやすみ」

母親はそう吐き捨てると、父親の返事も聞かず、僕と兄が寝ている寝室に入ってきた。

急いで目を閉じて寝ているふりをしているうちに再び眠りについた。


カクテルの入ったグラスが目の前に置かれた音でふと我に返った。

こんな事を言うと思い過ごしだと言われるかもしれないが、あの日以降僕の人生から幸せという文字が無くなった。

好きな人に告白をしてもフラれ、就職活動でも失敗し、なんとなくでライン作業の会社に入社して、自宅と仕事場の往復で毎日何の変化もなく同じことの繰り返し。

バーでの支払いを済まして、自宅へ戻り、次の日に酔いが残らないようコップ一杯の水を一気飲みして、ベットに入る。

今日もまた、明日こそ幸せになれますように、そう思いつつ酔いに身を任せ眠りにつく。

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望み 柳川 拓 @oo__00

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