4:この世界の猫様は喋る

「――はっ!」


 俺はカッと目を見開いた。

 目の前に広がるのは青い空だ。


 左手で自分が何をベッドにしているかを確かめると、土の感触が伝わってきた。

 慌てて自分の左脇腹を探って傷が無いことも確認した。


 ……よし、大丈夫だ。


「間違いない、戻ってきた。」


 一方には平野、一方には森、そして地面には剣。

 上体を起こして周囲を確認すると、期待通りの状況だった。


 一息ついた俺は、自分の死に様を思い出してがっくりと肩を落とした。


「異世界転移にループと来て、今度はいよいよ魔法かよ。」


 少女の使ったあれは、きっと魔法で間違いない。

 確かエアニードルとか叫んでいたから、空気で貫くとかそんな感じの魔法だろう。


 でもまさかこんな形で人生初魔法を体験することになるとは思わなかった。


「あれは無理だろ……。」


 あれをどうにかしようと思ったら、たぶんあの子を殺すしかない。

 でも殺人は流石に抵抗がある。


 この世界で生きていく上でそれが避けては通れないのだとしても、最初の一人目があんな女の子というのは勘弁だ。


 ……結構かわいかったし。


(っと、ゆっくりしてる場合じゃないな。)


 そうだ、急がないとまたあの三人が来てしまう。

 俺はとにかくこの場から移動することにした。


 剣は近くの木の後ろに隠しておこう。

 置いていくのは少し勿体ない気もするけど、逃げ遅れるよりはマシだ。


 鎧は……、軽いからいいか。

 着けたままにしよう。


「はっ、はっ、はっ……。」


 俺は小刻みに呼吸しつつ、目立たないように森の一番外側の木に隠れながら走り始めた。

 森の中から何か出てきそうで怖いが、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 とにかく走る。


 息が苦しい、だが走る。


 脇腹が痛い、……ダメだ、もう走れない。


「はぁっ、はぁっ……。」


 俺は木の下に腰を下ろして肩で息をした。


(……あいつらは?)


 森の中からモンド達三人が向かってくるであろう方向を確認したが、まだ三人の姿は見当たらない。


 あ、ついでに他の方向も確認しておこう。


(何かいる……、馬?)


 白い馬か何かが人を乗せて移動していた。

 この方向はたぶん俺が連れていかれた街とは別方向になる。


 きっと違う街に向かっているに違いない。


(他に行く当ては無し……、よし!)


 疲れていた俺は早々に決断を下した。

 森から出て、歩いている馬らしきものに向かって走り出す。


 大声を出すとあいつらにも聞こえるかもしれないので腕を振ってこちらの存在をアピールした。


(頼む! 気づいてくれ!)


 向こうの足が止まった。

 どうやらこちらに気が付いてくれたらしい、向こうも上に乗っている人が腕を振り返してくれた。



「……猫?」


「そうだよ?」


「猫がしゃべった!!」


「そりゃそうだよ、猫だもん」


 何を当たり前のこと言っているんだお前は、といった表情で大猫が俺を見た。


 そう、俺が出会ったのは人を乗せた大猫だった。

 体はフカフカフワフワの真っ白だ。


 今、上に乗っている人よりも先にそいつと話している。


(こっちの猫は話すのが普通なのか? 流石は異世界。)


「それで? どうしたんだ兄ちゃん?」


 上に乗っていたやる気の無さそうな短髪のイケメンが俺に事情の説明を求めてきた。

 まあ当たり前だよな。


「あ、そうだ! 追われてるんです、助けてください!」


「追われてるぅ? ……誰もいねぇぞ?」


 イケメンはやる気の無さそうな動作で周囲を確認した。

 それにしても、このイケメンに対して殺意が全く湧いてこないのはなぜだろう?


(……残念イケメンだからか?)


 やはりイケメンとリア充の組み合わせが致命的らしい。

 後は陽キャもか。


 とりあえずI(イケメン)R(リア充)Y(陽キャ)理論とでも名付けておこう。


「逃げて来たんです、たぶん今は向こうの方にいると思います。」


「そう言われてもなぁ……、まあ取りあえず乗れよ。アルトバ行きで良ければ連れて行ってやる」


「乗せるのはボクだけどね」


 イケメンが手を差し出してきたので、俺は躊躇わずその手を掴んで大猫の上に乗せて貰った。

 背中に座ったのを確認してから大猫が歩き出した。


「俺はダーザイン、こいつはエニグマだ。お前は?」


「ユウっていいます。トオタケ=ユウ。」


「トオタケか……、珍しい名前だな。勇者の家系か?」


「え? 勇者? いや、そういうわけじゃ……。」

(この世界は勇者までいるのかよ……。ってことは魔王とかもいるのか? いよいよファンタジーだな。)


「ていうか異世界人でしょ? キミ」


 大猫のエニグマがのっしのっしと歩きながら、いきなり当たりを突いた。


「え、なんでそれを……?」


 俺もその確信があったわけじゃないが、たぶんこの猫の言う通りだと思う。

 でもどうしてわかった?


「トオタケがファミリーネームでしょ? この世界じゃ勇者の家系も含めてみんなファミリーネームは後ろだからね。ファミリーネームが前に来るのなんて異世界人ぐらいだよ。いかにもこの世界のこと何もわからないって顔してるし。……しかもキミを追ってるのって向こうにいる三人組でしょ? あれはきっと女神教だよ。たぶんホーリーウインドっていう過激派じゃないかな」


「なんだ、女神教の連中に追われてんのか? あいつらしつこいぜ? しかもホーリーウインドとか……、ご愁傷様だな」


「えぇー、そんなぁー。」


 どうやら厄介な連中だと言うことがわかってしまって俺は早速音を上げた。


「でもどうする? このまま歩いてると見つかるよ?」


「……なんとかなりませんか?」


 歩いていると見つかる、つまり走れば見つからない。

 エニグマが暗に走ることを提案し、俺も暗にそれに同意、飼い主であるダーザインに最終決定を求めた。


「仕方ねえな。俺達も絡まれると面倒だし、走るか」


「あいよ」


「お願いします。」


「ユウ、ちゃんと捕まっとけよ?」


「は、はい。」


 俺はダーザインの背中に捕まった。

 ……自分が男に抱き着いてるのだということは極力考えないようにする。


「あぁ、それから堅苦しい敬語も無しだ、そういうのは苦手なんでなっ!」


 俺が捕まったのを確認してからダーザインが勢いよく手綱を引いた。

 それを合図にエニグマが勢いよく走り出す。


 「うぉおお! はぇえええ!」


 予想以上の加速だ。

 俺は慌ててダーザインに捕まる腕に力を込めた。


 外の景色が上下に揺れながら流れていく。

 乗馬の経験なんてあるわけのない俺はエニグマの予想外のスピードと揺れにビビリまくりだ。


 そして、体感でだいたい数十分ほど走っただろうか。

 俺達はダーザインがアルトバと呼んだ街に到着した。


 あいつらに連れていかれた街よりも明らかに規模が大きい。

 ここなら身を隠すにも都合が良さそうだ。


(今度こそ生き残ってやる。)


 街の入口である門を潜りながら、俺は内心で決意を新たにした。

 もう二回も殺されてるんだ、これが三度目の正直ってやつさ。

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