5:返答は二択、『はい』か『イエス』だ
「よーし、飯屋にいくぞー。俺が奢ってやる」
街に入って早々、ダーザインがやる気のない声で飯屋行きを宣言した。
俺が金を持っていないことに配慮してくれる辺り、やる気の無さそうな見かけによらず結構ちゃんとした人らしい。
「いいんですか?」
「遠慮はいらないよ。どうせ大した額じゃないからね」
主のダーザインに変わってエニグマが答えた。
大きな尻尾が頭の上で左右に揺れている。
「そうだぞユウ、遠慮はしなくていい。変に遠慮されると逆にこっちが気を遣っちまう。それと、さっきも言ったが堅苦しい敬語も無しだ。俺はそんなに育ちが良くねえんだ。ずっとそんな話し方されたら肩が凝っちまうぜ」
「そうですか? じゃあ……、ご馳走になるよ。」
「おう、任せとけ。って言っても大した店じゃないけどな」
俺はダーザイン達に連れられて食堂へと向かった。
大衆店なので高級って感じではないが、店自体はかなりでかい。
なにせ入口からしてエニグマが余裕で店内に入れるでかさだ。
俺達は奥の方に席に案内された。
二人と一匹で丸いテーブルを囲む。
俺とダーザインはイスに、エニグマは床にそのまま座った。
……エニグマが一緒でも店員からは何も言われない。
(ペット禁止とかじゃないんだな。)
周りを見れば、エニグマほど大型ではないとはいえ、ちらほら人間以外の動物もいる。
「今、ペット禁止じゃないのかって思ってなかった?」
「……え?」
この猫様、鋭い。
……やっぱり心を読む魔法があるのか?
「ちなみに心を読む魔法なんてないよ?」
(……本当かよ?)
「伊達に長生きしてないからね」
(読まれてるとしか思えない……。)
エニグマに疑いの視線を向ける俺の前にダーザインからメニュー表が差し出された。
「俺は焼肉定食にするけど、お前ら何にする?」
「わかんないから同じ奴で。」
「ボクはこれがいいな、牛のもも肉まるごと塩焼き」
「じゃあそれで頼むぞ」
ダーザインが注文しようと店員のお姉さんを呼んだ。
向こうがこちらに気がついたのを確認してから来るのを待つ。
「ユウは――」
「ん?」
「これからどうするの?」
エニグマがダーザインの言葉を引き継いだ。
まさに主の意を得たり、といった感じだ。
「うーん、どうしようか。ていうか、むしろ俺にはどんな選択肢のがある? この世界のこと全然わかんないんだけど。」
「ないね。勇者でもない異世界人なんて、せいぜい傭兵か冒険者にでもなるしかないよ」
猫様は即答だ。
傭兵がどんな職業なのかは大体想像がつく。
でもこの世界における勇者や冒険者はどんな活動をするんだろう?
「勇者とか冒険者ってどんなことするの?」
「勇者は世界の危機が起こった時に先頭に立って戦うのが一番の仕事だね。って言ってもそんな頻繁に世界の危機なんて起きないから、普段はただの特権階級さ。貴族みたいなもんだよ。実際、異世界から来た勇者はほとんどが貴族になるし、勇者の血を引く一族は名門貴族の代名詞になってるからね」
「すげぇ、俺も勇者になりたい。」
勇者になってかわいい女の子に囲まれまくりんぐのハーレム作りまくりんぐしたい。
「残念、勇者になれるのは勇者召喚の儀式で召喚された異世界人とその血族だけさ。ユウはそれ以外の方法でこっちに来たみたいだから無理だね」
「そんなぁ……。」
どうやら俺の勝ち組エリート街道は早くも終わってしまったらしい。
というか始まってすらいなかった。
「昔は違ったんだけどね。確かこの世界で最初に勇者って呼ばれてたのは異世界人じゃなかったはずだよ。地龍王に挑んで勝ったんだったかな?」
「魔王じゃなくて?」
「あの時代は魔王がいなかったんだ。魔法が一切使えないくせに力自慢の地龍王に正面から挑んだ無謀者って言われてたよ。ボクもまさか本当に勝つとは思わなかったね」
「じゃあ地龍王を倒せば俺も勇者になれるのか。」
「ちなみに今は魔王も龍王もいないよ? 最後にいたのは三百年ぐらい前かな」
「そんなー。」
夢も希望もなかった。
なんて異世界だ。
「じゃあ冒険者は?」
「冒険者はダーザインみたいなやつのことさ」
「……え?」
「なんだよ、そのあからさまに嫌そうな声は?」
いつの間にか注文を終えたダーザインが会話に加わった。
でも頬杖をついて、相変わらずだるそうな様子だ。
「いや別にそういうわけじゃ……。」
「心配しなくても。ダーザイン並みにやる気のない冒険者なんて世の中そうそういないよ?」
「よかった。」
「何がだよ」
エニグマは俺の不安を払拭しつつ、ダーザインのやる気のないツッコミを無視して話を続けた。
「冒険者ギルドからの依頼をこなして生計を立てている人間達は全部冒険者って呼ばれるんだ。モンスターの討伐で一攫千金狙いからドブさらいでその日暮らしまでピンキリだけど、どれも人間の中での地位は低いみたいだね」
「なるほど。」
この猫、なかなか人間の世界に詳しいみたいだ。
……もしかして飼い主より頭いいんじゃないか?
俺はダーザインとエニグマを見比べた。
「ん? どうした?」
「どっちが飼い主かわからないってさ」
「なんだそりゃ」
エニグマが俺の心の声を代弁してくれた。
この猫、やっぱり有能だ。
と、そんな話をしている間に料理が三人分まとめて運ばれてきた。
「お、来たな」
「久しぶりに干し肉じゃない肉だよ」
「じゃあいただきます。」
結構走ったせいかかなり腹が減っていたので、俺は勢いよく肉とライスを口に突っ込んだ。
「んまい。」
俺は口をもぐもぐさせながらエニグマを見た。
地面に置かれた皿の上の肉をガブリとかじっている。
(尻尾がフリフリしてる……。)
――かわいい。
「ユウ、俺たちはこの後ギルドに行くけど、お前はどうする? 冒険者になるなら基本ぐらいは教えてやるぜ?」
「うーん、どうしようかな……。」
といっても勇者になれない以上、今の俺に冒険者になるより良い選択肢は見当たらない。
『返答は二択、はいかイエスだ』ってやつだ。
「よろしくお願いします。」
俺は口をモグモグさせながら頭を下げた。
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