第8話 修行

昼食後、しばらく自由時間をもらった真月はGMUの敷地内を散策することにした。

GMUの敷地には社屋、社員寮だけでなく手入れされた庭や東屋、訓練用のアスレチックがあるらしい。真月は男子寮の裏手にあるアスレチックを見に行った。

「すごい…!!」

アスレチックと言っても訓練用というだけあって、飛んだり跳ねたり柔軟な対応を求められるような障害物が多数置かれていた。森と町が融合したような作りをしていて、森の中からボールが飛んでくる道を抜ければ家の屋根の様な足場になり、敵役らしき人形が設置してあったりと、外から見ただけでもすごさが伝わってくる。普段はここで複数人による模擬戦なども行っているらしい。

見ているだけでワクワクするが、アスレチックは今改装工事中で来月まで入れないらしい。アスレチックの周りをグルリとまわり、気分だけ味わうと今度は女子寮と男子寮の間からまっすぐ奥に延びる中庭を見に行った。

「わぁ…知らない花がいっぱい」

手入れの行き届いた花壇には季節の花が咲き、木々は緑が生い茂る。ほど良い光の中どの草木も青々としているのが分かり見ていて飽きない。真月はそんな植物たちに誘われるまま奥に進み開けた場所に出る。そこは芝生の上に円状の日差しが差し込んでいてポカポカとした吹き抜ける風がきもちいい場所だった。中央にごろんと寝転べば周囲に咲く花は風に揺れてさわさわと音を立てているのが聞こえ、うららかな陽気が眠気を誘う。

(だめ…。トレーニングルームに………。ねむい…。ちょっと…だ…け……………)


「おい…。…………ろ。おい!真月!起きろ!!バカ!」

体が揺さぶられ、どこからか声が聞こえてくる。覚醒を促し、自分の名前を呼ぶ声。ぼんやりとした意識が浮上し、パッと目を開けると誰かが横からのぞき込んでいた。

「やっと起きたか…。ったく、時間になっても来ないから探しに来てみれば……。こんなところで寝てやがる。寝るなら部屋で寝ろよ。風邪ひいたらどうすんだ」

真月を起こしたのは呆れた様子の直政だった。しばらく状況が呑み込めずぼんやりしていたが、直政が起こしに来たという事は約束の時間はとうの昔にすぎているのだろう。

「…!!ごめんなさい!時間!!」

慌てて真月が起き上がろうとすると、直政はそれを押しとどめ真月の横で寝転がった。

「ああ。気持ちいいな」

これは眠くなる…なんて言いながら直政は微笑む。真月はなんだか何も言えなくなってしまい、二人は無言のままそこでしばらく寝転んでいた。

「遥は?」

ふと、直政が迎えにやってきたのに遥がいないことが気になった。

「仕事で外に出てる。この前の件で呼ばれてるだけだから夕方には戻って来るはず」

この前とは真月の住んでいた町の教会であったことだろう。なんだか気まずいような居たたまれないような気になって話を変えたくなった。

「…そっか。…直政と遥はよく一緒にいるよね」

「仕事でよくバディ組んでるし、俺とあいつ従弟同士なんだ。兼、幼なじみ」

二人は昔からずっと一緒に育ち、どちらの家も警察官の家系だから自然と二人とも警察官になったらしい。そしてここに派遣されたのも二人一緒だった。つまり、腐れ縁。

「なんだかんだで気が合うというか、相性が良いというか…」

真月から見ても互いに信頼しあっている二人が真月にはなんだか羨ましく、眩しい。

(俺にはそんな………………)

真月はなんだか急に寂しさにも似た感情に苛まれ、直政の腕に意味もなくグリグリと頭を押し付けた。そんな真月に、直政は一べつすると何も言わず好きにさせる。そのままどれくらい時間が経ったか、差し込んでいた日差しが動き二人がいる場所が日影になった。

「よし!トレーニングルーム戻るか!」

直政が勢いよく起き上がる。真月も起き上がると先に道を戻り始めた直政を追いかけた。いつしか真月と直政の間にあった何とも言えないわだかまりは無くなっていた。

トレーニングルームに戻った直政と真月は、体術の訓練を始めた。真月が教わるのは主に護身術だ。まずは受け身を取れるようにと、マットを床にひいて受け身の訓練がひたすら続く。

「よっ…っと」

直政は真月を掴んで投げる。真月は受け身を取ろうとするがなかなかうまくいかない。怪我をしない様にかなり気を使われているのだけはわかる。なんだかそれが悔しくて、腹立たしい。

「はぁはぁ……」

訓練に意地でも食らいつき、だんだん受け身が取れるようになってきた頃には真月の体力が限界に達した。マットの上に大の字で寝転んだまま起き上がれず、荒く息をする。逆に直政は息も乱さず、汗一つかいていない。

「ははっ。初めてにしては頑張ったな…。まあ、体力をつけろ」

そこまで長時間していたわけではないが、真月はだいぶ飲み込みが早いらしい。

「…」

真月が休憩している間、少し離れた場所で一人トレーニングを続ける直政。そんな直政の姿を見ていると真月は遥から聞いた話を思い出した。直政は幼い頃から様々な武術を習っていて、剣道や柔道、合気道、空手、近接格闘術などを習得しておりGUM内でも対人戦、対怪異戦を問わず戦闘力はずば抜けて高いと。

直政の動きは無駄も迷いもない。しばらく休めば真月は起き上がれるようになり、直政は起き上がった真月に気付きの傍に戻ってきた。

「もう動けるか?……大丈夫そうだな。次は鬼ごっこにしよう」

「鬼ごっこ…?」

真月はなぜそこで鬼ごっこが出てくるのかわからなかった。

「知らないか?鬼ごっこ」

「知ってるよ!やったことないけど。なんで鬼ごっこをやるのか知りたいの!」

説明すらしない政直に、真月は怒る。遥がいれば「ナオは結論だけ言って訳や内容を説明しない所があるよね」と言われてしまうだろう。

「…あー。悪い。攻撃を避けるトレーニングだ。俺が攻撃するから逃げるか避けるかしろ。俺が鬼でお前は逃げる方な…」

ピコピコハンマーを取りだしながら、「本来は攻守を入れ替えながらやるんだけど…」と呟いた。

真月にも躱せる速さで攻撃してくる直政。上から振り下ろされたそれを後ろに飛んで避ける。すぐに距離を詰めてくるので、直政の動きをしっかりと見る。振り下ろした姿から横薙ぎに払われる。後ろにもう一度避けると、直政がにやりと笑うのが見えた。ガクリと体勢低くして横から攻撃を仕掛けてくる。その移動速度に真月はついていけない。

ピコン

一度攻撃を食らうと、どんどんよけきれなくなる。

ピコン、ピコン

「くそっ!このっ!」

ピコン、ピコン、ピコン

「もっと手加減しろ!」

真月の横から、上から、死角から、様々な角度から攻撃が繰り出される。

「ははっ。それじゃ、訓練になんないだろ~」

笑ながら攻める直政は絶対に楽しんでいた。

いいように遊ばれて、この日の訓練は終了した。それから汗を流して寮に戻ると学校から帰ってきた日向と桜賀に会い一緒に夕食を取った。

次の日からも似たような日々が続いた。朝は遥と体力づくりと勉強をして、昼食、一時間ほど休憩してから午後は直政との訓練。遥や直政がいない時は、竜胆のもとで体力づくりや勉強、医務室で竜胆の手伝いをする。そんな日々が続き、一週間もたてばここでの生活にも慣れてくる。精神的に落ち着き始めた真月は尻尾と獣耳が消え完全な人型に戻った。次の日からは能力制御の訓練が追加されたが、全く獣化できずに数日は失敗ばかりだった。

「うまくいかないー」

「能力は本能や性質に近いという話をしたでしょ?獣化することばかり意識しないで、獣化していた時の感覚を思い出してごらん」

悩む真月は遥のアドバイスを受け、獣耳や尻尾のあった時を思い出す。頭の上の耳、尾てい骨辺りに生える尻尾、それを動かす感覚…。

「ふふ。できたね」

真月は集中していて気が付かなかったが、いつの間にか獣耳と尻尾が生えていた。

「ほんとだ…」

それからは獣化したり戻ったりと繰り返し変身する訓練を行う。しかし、感情の起伏などに左右されてか獣化の度合いはまだ制御出来ない。しかし真月の意思で変身したり戻ったりできるようにはなった。

獣化と人型への変身がやっとできるようになった頃、直政との訓練にも変化があった。

「あ。おい。真月、これやるよ」

ある時、直政に呼び止められて「ほれ」と渡されたのは三十センチにも満たない大きさの布に包まれた何か。

「…なに?これ」

「護身刀とか懐剣とか守り刀って言われる女でも使える軽い剣だ。一応整備はしてもらったが…。何か気になる事があれば調整してもらえ」

「なんで俺に?」

「別に。偶々部屋の掃除したら出てきた。俺、使わねーし。やるよ」

「…え?貰えないよ…。この守り刀って直政の………」

「だーかーら。使わねーって言ってんの。こういうのは使ってるなんぼだろ。いいから、受け取れ」

強引に押し付けると直政は何処かへ行ってしまう。返す事も出来ず、真月は扱いに困ってしまい遥に相談することにした。しかし、遥にも「貰っておけばいいよと」返される。この剣の名は桃華。破邪の力がある桃の木と桃の花の灰、聖水を使って鍛えられた破邪剣だという。遥は何も言わなかったが、直政なりに真月のことを心配して桃華を持たせたのだろう。

結局、真月は桃華を返すことができず貰うこととなった。折角もらったのだからと真月は直政に頼みこみ使い方を指導してもらうことにした。直政は武器を使うなら実戦が一番だと、今までの訓練より実戦形式の訓練になった。真月たちが武術を学ぶのは競技に出るためのものではなく、敵と戦うため。だから型に捕らわれすぎてはいけないと懐剣の基本の型をいくつか教えて貰い、そのまま実戦を行う。

真月の戦い方はヒットアンドアウェイ。直政の攻撃をよけて、よけて、攻撃。

「あー!もう!よけんな!」

しかし、当たらない。ひょいとよけたり軽くいなしたり、隙をついても全く当たらないのが腹立たしい。

「ふっ。まだまだ甘いな…。ワザとらしい隙に騙されるなよ」

その物言いがまた腹立たしく、真月をムキにさせる。

集中し、意識を研ぎ澄ます。直政の息遣い、動きを見極める。

攻撃をよける。直政が右側に大きな隙をつくる。…フェイントだ。このまま攻撃しようとすれば反撃を食らう。攻撃するふりをして反対側へ。

「ここ!」

ほんの一瞬、感じたチャンス。真月は一番の攻撃を繰り出す。

「!!…っと!」

しかし、寸前でよけられてしまう。

ピコン

頭に攻撃を受けてしまい、一戦終了。よけられたことが悔しくて唸る。

「さっきの攻撃、良かったぞ」

しかし、直政はそんな真月の頭を乱暴にかき混ぜる。真月は褒められるとなんだか照れくさくて、それを隠すように手を払いのけて、再度直政に挑むのだった。

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