第6話 GMU

尾坂たちがいる部屋から出た真月が二人に連れて行かれたのはお風呂だった。

「お風呂?」

「真月君、あのままずっと寝てたから汚れてるの気になっとってん」

眠っている間に真月の手足は軽く拭いてくれたそうだが、日向は真月が薄汚れているのがずっと気になっていたらしい。そういわれると真月もなんだか気になってしまい促されるまま、真月は白い甚平の様な服を脱いだ。真月が浴室に入ると、何故か日向が服の袖や裾をたくし上げて入ってきた。

「…日向?」

「頭洗ったる」

どうやら真月の頭を洗ってくれようとしているらしい。

「俺、自分で……「ええから、まかせとき!」」

真月は断ろうとしたが強引な日向に押し切られてしまった。数人がまとめて入れる広めの浴場で、日向は獣耳に気をつけながら真月の頭を洗う。桜賀は新しい服を用意すると言い残して何処かに行ってしまい真月は日向にされるがまま徹底的に洗われた。風呂場を出る頃には何もしていないのに真月は疲れてフラフラだった。

「次は髪やな」

そう言って、日向は何処からかハサミを持ってきて真月の肩口で適当に切られた髪を綺麗に切りそろえてくれた。散髪が終わると日向はその出来栄えに自画自賛しながら真月を褒めた。

「おお!さすが俺!ええんとちゃう?似おうとるで~」

「お、こっちの方が断然いいな」

いつの間にか戻ってきて側で見ていた桜賀にも賞賛の言葉をもらい、真月は鏡を覗き込む。そこにうつる真月の髪は顎上で綺麗に整えられていた。前髪も整えられ少し髪で隠れ気味だった眼がしっかり見える。癖毛なのか紅い髪は緩くうねり一部撥ねているがその髪型は真月にとてもよく似合っていた。

「ほら、着替えろ」

桜賀は鏡を真剣に覗き込む真月に着替えの服を渡してきた。真月に渡されたのは獣化しても着られる様に工夫がなされたカーキー色のワイドパンツとフードのついた黒パーカー。やわらかい素材で作られたブラウンのショートブーツだった。真月は全て身に付けると見せつけるように日向と桜賀の前で回って見せた。

「どう?」

「「似合ってる」」

「やった!」

「めっちゃかわいいなぁ。特にあのパーカの萌え袖とか」(ボソッ)

「だろ?」(ボソッ)

真月ははしゃいで新しい服と髪型を鏡で眺めていて、日向と桜賀の後半のやり取りには気が付かなかった。桜賀はわざわざ真月には少し大きいパーカーを持ってきていた。真月の手は桜賀の狙い通り三分の一ほど袖に隠れて萌え袖になっている。日向はめざとくそのことに気がついていた。

「くぅ〜」

そうこうしていると、真月の腹が空腹を訴えた。真月が前日から何も食べていない事に気がついた二人は予定を変更して社員食堂にやってきた。

「お〜」

食堂の広さに真月が目を輝かせて見渡している間に桜賀は食事をとりに向かってしまう。

「ここ空いてるから座って待とか」

日向に促されて近くの空席に座ると、五分ほどで三人分の食事を持った桜賀が戻ってきた。

「ほら、日向は日替わりな。真月はこっちのプレート」

桜賀が持ってきたのは日替わり定食二つと、真月には野菜や肉などがバランスよく入った量が少な目のプレートだった。

「ここの飯はうまいなぁ」

「ああ、下手な店より断然うまい」

のんびり食べていた二人に対して真月は慣れない箸に四苦八苦しながら食べる。

三十分ほどかかってようやく真月が食べ終わると二人はすでに食事を終えて真月を待っていた。食べ終わった食器類を手早く返却すると、二人は再び真月に建物を案内してくれた。

「この建物は俺たちが出会った清幸市から二つほど隣の市に建ってる。外観は少しレトロな感じがあって格好いいぞ。社員寮は同じ敷地の中にあるから後で案内するな。で、社内には訓練施設やらなんやらがたくさんある」

段々雑になっていく説明に桜賀の性格が出ている。

「もう、めんどなったからって適当に…。まあ、建物の奥の方にお客さんは入ってこられへん様になってるで。うちの会社は民間からの調査依頼とかもあるから来客がそれなりにある分セキュリティは生体認証とか使つこうてるんや。まあ、今日は真月君が使いそうな場所だけ見て回ろか」

日向が簡単に説明しつつ三人は雑談を交えながらトレーニングルームや資料室、医務室、会議室などを回った。余談だが先ほど真月が入った風呂はトレーニングルームの傍にあった。

そのまま裏口と思しき場所から外へ出ると右斜め向かいに見える男性社員寮に案内された。反対側の建物は女性社員の寮らしい。

「ここが寮だ。一応個別に部屋が与えられる」

「真月君の部屋は俺の右隣りな。桜賀は俺の前の部屋やから、真月君の部屋の斜め左な」

寮はそこまで大きくないので部屋の場所だけ確認すると一階の談話室、食堂、大浴場を見てから再び社屋へ戻る。一通り見て回ったら会議室に行くようにと言われているらしく、二階にある小さめの会議室に向かと部屋には遥と政直が待っていた。

「遥!」

「さっきぶり、真月君」

遥をみて真月は嬉しそうに笑うが、遥の横に直政がいることに気が付くといやそうな顔をした。

「そんな嫌そうな顔するなよ。教会では悪かったな」

「……ん」

「俺のことも直政でいいからな真月」

「…わかった」

謝られたので許しはしたものの、直政に若干の苦手意識を持った真月は直政の視線を避けるように遥に隠れた。

「…よし。ナオと真月君も仲直りできたし、始めようか!」

((((仲直りって……どこが?))))

部屋にいた四人は遥の発言に内心突っ込みを入れた。遥はそれに気が付かないのか、気にしていないのか…全員に着席を促した。

「よし。真月君にはこれから能力制御の訓練、勉強、戦闘訓練をしてもらう予定だけど、このメンバーで面倒を見ることになったから」

着席した途端、遥は爆弾発言をした。

「「「…え?」」」

「待て!待て!どういうことだハル!」

一番最初に我に返ったのは直政だった。

「どういうことって、真月君に勉強教えたり、能力制御の訓練…「そうじゃない!普通はベテランが指導員って形ででついたりするだろう!」」

「そやな。俺がここ来た時も指導員に水上さんが…って、ああ!!指導できる人らみんな出張中や!」

「そういう事。日向君と桜賀君は学生だから学校があるし、僕らも忙しいから四六時中ってわけにはいかないけど、誰もいないときは竜胆先生が付いてくれるそうだから、大丈夫だろうってね」

曰く、指導者として実力のある社員は出払っているらしく、高校生アルバイトの日向と桜賀、警察からの出向という形でGMU-Solutionに所属している遥と直政の真月と面識のあるもので四人で何とかしろという丸投げであった。竜胆先生とは真月がここで目覚めたときに部屋にいた人物で、能力者でここに常駐する医師らしい。

「はぁ!?俺らにどうしろと!?」

「勉強とか教えろって…無理やろ!自分のことで手一杯やで!!」

真月はいまいち理解できずにいたが、まさしく阿鼻叫喚という言葉がふさわしい状況が会議室の一部で起こっていた。遥はいつまでも騒がしい三人を放置することに決めたらしく、真月を連れて少し離れた席に移動した。

「こっちで話しを続けようか。今、真月君が一番するべきことは能力の制御を覚える事だよ。と言ってもよくわからないだろうからまず能力とは何かについて話をするね。能力…正式には固有能力ヴィストと言って突然使えるようになる力のことだよ。魔術や呪術の様な才能があれば勉強で覚えられるようなものと違って、ひとりひとりが持つ固有の力だ。僕らが持つこの力は昔、祖先が交わった妖怪や怪物の血が先祖返りを起こし、彼らが持つ能力の一端が使えている状態らしい。真月君の能力は人狼などに由来する変身能力の一種で、慣れれば自在に獣化の度合いを変えられるようになるはずだよ」

「人狼?俺の尻尾と獣耳が?」

人狼の変身能力の一種と言われ、真月は自身に生えたままの尻尾を一別する。

「そう。今の状態を獣化と呼ぶんだけど、制御ができればその状態から自在に人間に戻ったり獣に近づいた姿になることができるんだ。ただ変身能力者は現在確認されているのは真月君を合わせて国内で三人だけで、ほかの二人は地方に住んでるから指導を受けることはできないんだ」

何故か申し訳なさそうにしている遥に気にしないでほしいと伝える。代わりに遥は自身の固有能力ヴィストを見せてくれた。

「僕とナオの固有能力ヴィストは風。鎌鼬由来の能力で自在に風を操れるんだ」

遥から発せられたのか、風がふわりと真月の頬を撫で、髪を揺らす。

遥の生み出す風は優しい感じがした。

固有能力ヴィストは同じ能力でも使用者によって発揮する力が違う場合があって、僕は精密な操作が得意な分、威力や出力が弱いんだ。逆にナオは細かい操作は全然ダメだけど威力、出力は高くて攻撃的だよ。自分の固有能力ヴィストの特徴を理解して出来ること、出来ないことを把握しておかないといざという時困るからね」

遥は真月に諭す様に言い聞かせた。それは固有能力ヴィストを持つ者にとって重要なことだからだ。

固有能力ヴィストは本能や性質と呼ばれるもの近い。そして、精神に強い衝撃とかを受けると覚醒する事が多い。だから固有能力ヴィストが覚醒した時などは特に精神状態に大きく左右されてしまう」

そういって遥が指差したのは、真月の尻尾だ。

真月も耳や尻尾についてはずっと気になっていたが、誰にも聞けないままだった。

「真月君はいろんなことが一気に起きて精神に負担がかかっているからか、固有能力ヴィストを制御しきれず人に戻れなくなっている状態なんだ」

遥は真月の尻尾と耳が未だに出ている理由を教えてくれた。確かに、いろんなことがありすぎて真月は疲れを感じていたので、納得の理由だった。

「ここの生活に慣れれば自然と人の姿に戻れるようになるはずだから、本格的な制御訓練はそれからやろうね。……っと、今日はここまでにしようか。明日から戦闘訓練とか勉強とか少しづつ始めていくからそのつもりでね」

遥の話が終わると、真月は会議室が静かになっている事に気がついた。どうやら三人の混乱は治ったらしい。窓の外を見れば日が傾いていて、ゆうに二、三時間は経っているだろうか。真月の部屋の方ももう使用出来る状態になっているだろうと、今日は寮に戻ることになった。

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