第4話
あの一件以来、僕はそれとなく神父と顔を合わせないようにしていた。
扉からそっと覗き込み誰もいない事を確認してハーブ神父の書斎に僕は忍び込んだ。
「うっ…ゲホゲホ!」
埃叩きで先ずは棚を叩くと当然の如く埃が舞う。
神父の身の回りの世話はすべて神父見習いが行うことになっている。その代わりに教導師は神父見習いに道を示す。美しい信頼に満ち、調和のとれた道徳的な関係性。そう、そんな絵空事を信じていた時期が僕にもあった…。
机の周りの埃払いをしていたその時ゴトリと金属の塊が床に落ちる重たい音が響く。
息を呑んだ。
昏く鈍く輝く、鉛の塊。
「…なにをしとるんや?ウィステリオ」
冷たく響く声に背筋が凍り付く。
「…見てもうたか。まあ隠すつもりもなかったししゃあないわ」
言葉を失ったままの僕の横をすり抜けハーブ神父はその鉛の塊を床から拾って手にした。
固まったままの僕の顔を面白そうに眺め神父は半ば嘲るような半笑いで言った。
「せや、お前にはまだ言うてなかったな。ワイの信仰を」
「…信仰?」
喉の奥からやっと出たのは情けないほどかすれ声だった。
「こいつがワイの”本命”や」
そう言って拳銃で十字を切ったハーブ神父の目の中にあったのは、僕の知り得ないような仄暗く寒々しい不条理が広がっているようだった。
銃口の先に一瞬で死を生み出す一方的な暴力。
それが神が最も嫌う行いの一つであることは…”汝、殺すなかれ”という聖句にも端的に表されている。
この男は…!
「あなたという人は神父でありながら!」
「ありながら…なんや?」
ハーブ神父の不遜としか言いようのない眼差しに怯みそうになる。
「…ッあなたは…!神罰が恐ろしくないのですか!地獄に落ちますよ!」
「ふはっ…!なんやけったいなこと言うんやな…ケツの青い信徒はまだ地獄なんて信じとるんか?」
神父が顎を人差し指と親指で撫でてきたので僕は反射的に首を捻って拒否を示す。
神父は大して面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「…いい事教えたるわウィステリオ。地獄ゆうんは地中深くなんかにはのうて遍く現世に顕現するっちゅうことや…そう思えばお前も少しは愉快に生きれるんやないか?」
「…ありがたくもない訓示をどうもありがとうございますハーブ神父…僕は地獄がどうこうよりもどうしてあなたが神父になれたのかが知りたいですよ…!」
「…はっ、そんなん録でもない理由やってことくらい言わんでも分かるやろ?…お前かてどうなんや?」
ハーブ神父は半ば乱暴に僕の顎をぐいと掴むと僕の頬に冷たい銃身を押し当て、心まで見透かすような眼力で目の奥を睨めつけてきた。
「ええかウィステリオ…こいつは”力”や…ねじ伏せることも極悪人の脳髄をぶちまけるのも意のままや…こんなクソ田舎に閉じ込められて今にも暴発しそうな目ぇしくさって教義を盾に好き勝手言うようなお前にこんなもん持たせたらどないなるんやろうなあ?」
ハーブ神父の目の奥に浮かぶ歪んだ熱の籠った愉悦の色を見て僕の胸の奥から身震いのするような嫌悪が込み上げてくる。
この男が大嫌いだ。この男の言葉、話し方、態度、所作、すべてに無性に腹が立って仕方がない。
「あんたなんか神父じゃない…!まともな大人ですらない…!」
「…当たり前やろ?ワイのことなんやと思うてたねん?」
僕は恐怖で足を震わせながら体内にある精一杯の殺気で射殺す如く睨みつけた。それを見てハーブ神父は暴力がもたらす興奮に青ざめながらくくと愉快そうに喉の奥を鳴らした。
「…ウィステリオ…やっぱお前存外おもろいわ」
ハーブ神父の手から力が抜け僕の身体は唐突に自由を得た。
「…今日はもう終いや、出てけ」
そう言ったハーブ神父の表情は病に冒されたような熱っぽさを保ちながらもどこか危ういほど空虚に見えた。
「…もう話すこともないやろ」
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