第3話
「一体なんですか?急に呼び出して」
煙草の煙で充満した書斎で早くもむせそうになりながら、顔の至る所にピアスをつけソファに寝転がり煙草を吸う銀髪の男を見る。
どう努力しても聖職者には見えそうもない。
「なんや?用がなかったら呼び出したらあかんのかいな」
ハーブ神父はきつい西部訛りの言葉で喋る。それを煙たがるような人もこの地区にはいるけれどハーブ神父に頓着するようなそぶりは一向にない。
「ええからそこに座れや」
「ええと…一体なんなんです?」
「哀れな子羊
理解するのに丸々十秒はかかった。
ハーブ神父はフリーズした僕を大きな煙を吐き出しながら訝しく眺めている。
僕は混乱する自分を宥めながら慎重に言葉を紡ぐ。
「…やめましょうよそんな不毛なこと」
「なんで不毛や?」
「あの…僕よりも先に色々と…その…行いとかもろもろを神に懺悔するべき人がいるのでは…?」
「…なんやお前…村の信徒のことそんな風に思っとったんか…?うわ怖っ引くわ」
お前だ!!お前!!
「…まあええわ、ウィステリオ」
ハーブ神父は勢いよくソファから起き上がると僕の方に近づいてきて後ろの壁に片手で乱暴に体重を預けた。
俗に言う壁ドンの状態だ。
僕は呆気に取られたまま、変な緊張から生唾を飲み込んだ。
話には聴いたことがある…信徒や神父見習いに手を出す禁忌の教導師の存在のことを。
幼馴染のコトリ・オヤマが目を輝かせて話していたのを思い出す。”だからウィステリオも気を付けてね!何かあったらちゃんと私に詳しく話すんだよ!”と言ったその瞳がむしろ期待に満ちた眼差しにしか見えなかったことを訝しく思わなくもなかったがそんなこと今となっては些末事である。
話には聴いたことがあるけど…まさかこんな状況で!?
だが、ただの神父見習いである信徒に対して教導師の立場は絶対と言っていい。
しかもこの至近距離で眺めると切れ長の瞳、過不足のない端正な輪郭と理不尽なまでに顔の造形だけはやけに整っているのが無性に腹が立つ。なんなんだこの男は。
「なんやけったいな百面相しくさって…一体何の想像してるんやお前」
神父のその一言で僕ははっと我に返った。
「あ、あなたには関係ないでしょう!?」
その次に紡がれた言葉に僕は耳を疑った。
「…お前かてホンマは神なんて信じとらんのやろ?」
「…な、何をっ!」
だしぬけに言われたことに反駁したがその瞬間口づけで口を塞がれ、あっという間に頭の中は真っ白になった。
蠢く舌の動きにただ呻くことしか出来なかった。
苦い煙草の香りが腔内を刺激し麻痺させていく甘やかな麻薬のようだった。
唇が離れようやく無意識に息を止めていたことに気が付いた。
「…はっ、ただのトーヘンボク思うたら意外とええ顔するやないけ」
ハーブ神父はにへ、と無邪気な笑いを見せた。
「ばっ…!一体何のつもりですか!?」
「肉の
「答えになってないですよ!?一体なんのつもりですか!」
「何も知らん信徒はあっちゅう間に堕落するからな。先輩からの親切心や」
「余計なお世話にもほどがありますよ…!それでもあなたは…!」
しいっと指を唇に当てられた。
「お説教は神父の専売特許って昔から決まっとんねん…見習いには10年早いわ。第一初物やないやろお前?ギャースカ言いなさんな」
「あ、あれだってあなたが無理やりやったんじゃないですか!?っていうかあの日のことちゃんと覚えてるんじゃないですか!?今ちゃんと聞きましたからね!この変態!男色は罪悪なんですよ!?」
「なんやチューごときでうっさいわ、生娘か」
「ッ!失礼します!」
一向に悪びれるつもりのないハーブ神父に僕は憤懣やる方ないまま肩を怒らせ退室した。
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