透明神社と
私は東京都に属する離島で生まれ育った。
夏は太陽の光で暑く、冬は海風が吹きすさぶ寒い環境で、野山や海で、朝から晩まで、いつまでも駆け回る子供時代を過ごしていた。
うねうねした虫にも、ギラギラとこちらを狙う野性動物にも動じない子供だったけれど、
唯一『雨の日』だけはどうしても、どうしても怖くて震えていた。
今となっては記憶がおぼろげだけど、雨の日には『イヤナモノ』が視界に入るからだった。
黒くて、もやもやして、頭に刺さるような叫び声をあげる、それ。
親も姉も祖父母にだって、精神状態が不安定になるんだろうと軽く流されてしまっていたけれど、
確かに雨の日には、虫でも動物でもない気味の悪いそれが怖くて、部屋に閉じ籠ってやり過ごしてきた。
そう、その日も確か、久々に雨が降った日だった。
『そんなに雨が怖いなら、透明神社にでもお参りしてきたら?』
小学6年生になった私は、島にある神社へ行くことを許された。
山の中腹にあって、夜は暗くて危険だからと小さな子供の立ち入りを厳しく禁止している神社。
幼い子供たちにとっては、その神社への立ち入りを許可されると大人への一歩を踏み出したような気がして、高揚したものだ。
でもわたしの場合は違った。
「ううっ…ぐす…っ」
母親に許可されて初めて行った神社は、逃げるためだった。
『
姉と些細なことで喧嘩した。
たったそれだけが理由だった。
どんな喧嘩だったかも忘れてしまったけれど、私は家にもいつもの公園にもいられなくて。
誰も知らないところへ逃げ込みたかった私が選んだ場所は、『透明神社』だった。
薄汚れた鳥居と境内。
大人2人がやっと入れる社殿と、1人で通るくらいがやっとの濡れ縁、それはそれは小さな神社。
だけれど、この島に人々が移住してからずっと、日々の営みを見守ってきた神様が祀られていた。
「ぐす…おねえちゃんの、ばか…」
出ていけと言われて、のこのこ家に帰ることもできず、私は境内の階段に座って泣き続けた。
空から赤い光が失われ始めても、暗い闇へ変わり始めても、泣いていた。
やがて遠くに誰かの家の光が眩しく見えてきた頃。
ぽつり、と頭に生暖かいものが当たった。
「…雨…!」
ぽつり、ぽつり、ぽつり。
その軽い音はあっというまに重なっていき、ざあざあと地面を打ち付ける音に変わっていく。
私は震えた。
雨は、『イヤナモノ』を呼ぶ。
「やだ…やだ…怖いよう…怖いよう…!」
混乱した私は、頭を抱えてうずくまる。
身体がガタガタと震えだして、何も考えられなくて、頭が真っ白になって。
そんな時だった。
「君、大丈夫?」
誰かの声が、上から降り注いできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます