雨喜びのミカクレ様は明日も彼女の晴天を願う

綾乃雪乃

やまない雨に想い出す

「ねえねえ、『ミカクレ様』って知ってる?」



しとしとしと。


雨が降る。


ほんの小さな粒たちがアスファルトを一生懸命叩いている。



急に振り出したそれらから、私は目的のビルの中へ逃げ込んだ。





今は9月。

ゲリラ雷雨知らずの暑い日々が続いていたが、たった今ようやく恵みの雨が降ってきた。

きっと家に帰ってテレビでもつければ、農作物の生産を生業とする人々が画面越しに喜びを伝え、最後に楽しい夏の記憶を刻みにきた人々は残念だと笑うんだろう。


確かこういう雨は『雨喜びあまよろこび』っていうんだっけ。

初めて聞いたときは、随分と美しい言葉だと感心した記憶がある。




顧客との約束の時間まであと30分。


足元が悪いからと早めに会社を出たものの、電車は遅れることなく役目を全うし、あっという間に到着してしまった。

ずいぶんと時間が空いている。

このまま会社用のスマホでメールでもチェックしようか。


そんなことを思っていたら、ふいに女の子の声が耳に入った。



「ねえねえ、『ミカクレ様』って知ってる?」

「あー聞いたことある気がする。なんだっけな」



短めのスカートと靴下。

すこし緩んだ蝶ネクタイをぶら下げているのは2人の女子高生だった。

こんなオフィスビルの1階にいるには違和感がある。

近くに女子高があったような気がするから、下校途中に雨に降られて雨宿り、というところだろうか。



私は彼女たちからすこし距離を置いてから、スマホの画面を点ける。

画面を触りつつ彼女たちの声になんとなく耳を傾けた。



「願えばいろんなものを透明にしてくれる、って神様だよ」

「あー、凜が言ってたやつ?」

「そうそう、それ」

「わたしよく知らないなあ、どんな神様?」



ショートヘアーの活発そうな女の子が鞄を下ろし、くたびれて自立できないそれを足に挟みながら言う。

それを聞いたツインテールの女の子は、壁に背を預けながら話し出した。



「今みたいに暑い日が続いた後の雨の日に現れるっていう、いろんなものを『透明』にできる神様なんだってさ」

「いろんなこと?」

「そ!人の心とか、身体とか」

「なにそれ、どういうこと?」

「例えばー、『透明人間になりたい!』って思えば、少しの間だけ本当に透明人間にしてくれるんだって!」

「へー」



楽しそうな女の子の声に、あまり興味の無さそうな女の子の声。

それでもツインテールの子は、湿気た空気を気にも留めず、明るい声を響かせた。



「あと、『あの人の気持ちが知りたい!』って思ったら、その人の本心を聞かせてくれるんだって」



…人の本心を聞かせてくれる。つまり心も『透明』にできる、というところだろうか。




ああ、そういえばその話、わたしも知っている。


たしか、あの日も。


遠い昔の思い出が頭の中に広がっていった。

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