明けない夜はない

伽藍青花

明けない夜はない

 森の中、焚火が一つぱちぱちと音をたてながら燃えている。周りには雪が積もっていて、月と焚火の光を反射して淡く光っている。

 焚火のそばには少年と――光の球がいた。

 少年は、耳当てのついた帽子、マフラーを身に着け暗緑色のコートを着ている。

 光の球はその少年の周りをふわふわと浮かんでいる。

「ねぇ、スパー。太陽って本当にあるのかな?」

 少年が、光の球に話しかけた。

「なんでそんなこと言うのさ。スコルらしくない。あるからこうして旅をしているんでしょ?」

 光の球が、中性的な声――どちらかというと女性の声――で聞き返した。

 スコルが寂しそうに答える。

「そうなんだけどさ。あるっていってもそう聞いているからで、本当にあるかどうかは分からないじゃない? もしかしたら師匠とか、もっと前の人たちの作り話だってことだってあるかもしれない。そしたら、僕たちの旅に意味なんてなくなってしまう」

「意味がなくなる、なんてことはないよ。なにかをした、ってことは何もしないってことよりもすごいことなんだよ。それに、師匠たちのことを信じていないの? 師匠たちが嘘をついていると、スコルはそう思っているの?」

「そうじゃないよ。ただね。僕も、師匠も、今まであった人たちも、全員太陽を見たことがないんだ。太陽がないのが普通なんだよ。そりゃあ、太陽はあるって師匠も言ってるし、そういう人たちにもいっぱい会った。そういった書物も読んだし、太陽に関する遺跡だって見たことがある。でも、想像できないんだよ。そんなものがあるなんてことがさ。だって、この焚火の何千、何万倍……いやもっと大きくて明るくて暖かいものなんだよ? そんなのがあの月みたいに空に浮いているだなんて考えられないよ」

「不安なの? スコル」

 スパーは心配そうに聞いた。

 少しの沈黙の後、スコルは静かな口調で答えた。

「……そうだね。不安なのかもしれない。ありもしないものを追い続けて、どこかで倒れて、何も成せないまま死んでしまうのが」

 スパーは少し考えこんでから、スコルの肩にとまった。そして答える。

「……ねえスコル。昔の……、太陽があった時代の言葉なんだけどね。そういった不安に感じてる人に送る言葉があるんだ。『明けない夜はない』ってね。……太陽があった時代、といってもずっと太陽があったわけじゃなくて、時々今みたいに暗くなる時間――夜があった。当時の人々はそれを不安に感じていたんだ。でもいつかは太陽が現れることを知っていたから――その不安がなくなることを知っていたから――そう言って励まし合って夜を過ごしていたんだ。だからね、スコルも心配しなくてもいいんだよ。絶対にいつかは太陽が見つかるから。いつかは夜が明けるから」

「……そうだね。ありがとう」

 そして焚火が消え、明かりは月の光だけになる。辺りは静まりかえり本来の森の静けさを取り戻した。

 しばらくして、スコルがスパーに話しかける。

「いま思い出したんだけどね。僕はスパーが最初に言ったように、何かをするってことがすごいことだと、分かっていたのかもしれない。街にいた時、ただ何も考えず、夢も希望も持たないまま生きていくのが嫌になった――というより怖くなった。何も成せなくて朽ちていくよりも、何かをして、その何かに人生を――人生すべてをかけて、燃やし尽くして、何の後悔もなく、やり切って死ぬ。それがなんて素敵なことか。そう思ったから、旅に出たんだ」

「そうだったんだ」

「だから、僕は旅を続けるよ。たとえ太陽が見つからなくても。……でも、またこんな風に不安になったりするかもしれない。そんなときはまた励ましてね」

「しょうがないね。まったく、スコルはボクがいないと何もできないんだから」

「えへへ。ありがとう、スパー。おやすみ」

「おやすみ、スコル。どういたしまして」

 そして、森は再び静かになった。

 木々の隙間から差し込む月の光が、スコルとスパーを優しく包み込んだ。

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明けない夜はない 伽藍青花 @Garam_Ram

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