地平線を越えて
銃声には気が付いていた。自分に向けられたものだったら間に合っていただろう。でもそれは僕じゃなくて、フェーニャに向けられたものだった。
僕の訓練は自分の身を守るために行われていた。だから誰かを守ることに関しては反応が遅れた。つまり、僕はまた、何もできずにみすみす悲しい顔をさせてしまったのだ。
「フェーニャ!? フェーニャ!」
どうしようどうしたらいい嫌だまた遠くにいかないでせっかくまた会えたのに!
感情の奔流が止まらないままにフェーニャを掛き抱いた。熱いものが溢れ出て顔に流れ落ちてくる。そのせいで視界がにじんでフェーニャの顔が良く見えなかった。流れてきた液体を拭うと、フェーニャは少し苦しそうに、僕の左腕を抑えていた。ああ、強くしすぎたらしい。
「フェーニャ……」
拭った端からまた溢れてきた。フェーニャは何かを喋ろうという口の動きをしている。嘘だろ、最期、とかそんなこと言わないでくれよ。
混乱する頭の端に諦めが伝染しかかったとき、少し遠くから大声が響いてきた。
「まだ諦めてはいけない!!」
走り方のバランスが崩れた男が全速力で駆けつけてきた。よくよく顔を見てみると、この人は、あのときフェーニャの傷の施術をしたエルフ……?
ドゥルーヴさまは血の溢れ出す傷口にそっと触れた。
「安静にさせて、ぼくならできる!」
はっとしてフェーニャを横たえさせると、彼はそっと傷口の周りを撫でた。素手でどうするのかと思えば、医療用のモードがあったらしく、指先の形がメスだったりピンセットだったりに変わり始めている。帝国には教えなかったけど、エルフは本人の受け持つ仕事によって、体のバリエーションがあるのだ。
「君は急を脱するまで周囲を威嚇してくれ! 私は集中する!」
「わ、かりました」
裏返り気味の声で応答する。
「フェーニャさん、諦めるな、せっかくアルルくんが迎えにきたんだぞ!」
近くに居られない僕の代わりに、ドルゥーヴさまが励ましにかかっていた。
「君は人生を手に入れられるんだ、頼む、諦めないでくれ、君が諦めてしまってはいくらぼくが技術を持っていても無意味なんだ、頼む……!」
威嚇のために何か使えるものはないか周囲を確認すると、大佐さんの居た方向から怒声が聞こえてくる。
「なぜやつがここに居る!? 拘束しておけと言っただろう!!」
「常世の国の者を送り返すと聞いたんです! まさかあの状態で走れるとは思っても」
「やつらがどんな存在なのかわからないのか!?」
伝達ミスが幸いしてくれたらしい。助かった。いやまだそう決まったわけじゃないけど、でもずっと良かった……。
僕は近くに大きな機械があるのを見て、それを使ってみることにした。大岩を運んできた大きな機械だ。使うと言っても操縦席に座るとかじゃない。大きく助走をつけて、左腕を地面とのすき間に差し入れる。勢いのままに持ち上げて、それから大佐さんたちのほうに投げつけた。轟音と共に大きな振動が伝わってくる。向こうの氷が一部割れて、大騒ぎが起こり始めた。
「傷に響くからもう少し抑えてくれ!」
ドゥルーヴさまに叱られたけど構わずフェーニャの近くに走り寄る。しばらくはこっちに攻撃したりしないはずだ!
「フェーニャ、ごめんね僕の力が足りなくて、傷ついたよね、」
何かを喋ろうと思ったのに出てきたのは保身的な言葉だった。ああ違う、こんなことが言いたいんじゃないのに。また熱いものが頬に流れてくる。
「でも僕は、僕は君があの生活を離れたいんじゃないかって思ったんだ。だからここまで来たんだ、ごめん、許して、こんな、」
どう言ったらいい、どう言ったら僕の本心なんだろう。近くにあった手を握ると、フェーニャは緩く握り返してくれたのに、僕は本当の言葉が話せない。
フェーニャは僕のことをぼんやりと眺めて、何も喋ろうとしなかった。それから少し、穏やかな顔をした。笑った……?
目から流れ落ちたもののあとが凍って反射して、美しかった。
「諦めるなよ……」
ドゥルーヴさまは半分自分に言い聞かせてるかのようにぶつぶつと言いながら施術を続けている。いつのまに欠片を取り出していたらしい。近くの氷の上に血に染まった塊が落ちていた。なんて有能な人なんだろう。
いつまでも傍に居て手を握っていたかったけど、騒ぎ声が近くなってきた。また威嚇に向かわなきゃならない。
離れようとしたとき、フェーニャは少し悲しそうな顔をした。握る手に力が入った気がする。けど、僕が今できる一番はこれだから、だから生きてもっとたくさん、一緒に居よう。
騒ぎの近くまで駆け抜けていって、氷の地面に左腕を殴りつけた。徐々にひびが入って、また大騒ぎが始まる。今度は慣れたのか逃げまどいながらも僕に向けて銃弾が飛んできたが、全て左腕で叩き落した。かわしてフェーニャのほうに向かわせたりしない。
「よしなんとかなった! アルルくん頼む!」
ドゥルーヴさまの声が聞こえて、全力で駆けつける。それから大穴の表面に出来始めた薄氷を叩き割った。ドゥルーヴさまのほうを見ると、ふらつきながらもフェーニャを抱え上げている。見送りのほうに背を向けて守ってくれていた。
三人でしがみついて、そのまま飛び降りて水底へと沈んでいく。息が変な感じがして噎せそうだけど、絶対にフェーニャから離れたりしなかった。水の冷たさに目覚めるかと思ったけど、全然動きがなくて心配になった。それからそのままドゥルーヴさまに導かれて、僕らはエルフの住処まで降下した。
水底に降りても、フェーニャは生きていた。だからずっと待った。眠っている間、ずっと傍に居た。瞼を上げたとき最初に見たのは、僕の顔だっただろう。僕はいつもの呑気な調子で語りかけた。
「帰ってきたんだよ、僕らの街へ」
フェーニャは笑っていた。
薄氷の向こう側 士十一 @XI_11
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