命を賭ける

 アルルには何も語らなかった。

 二週間の間で、私は単独で行動することが増えていった。そもそもに本来は大人扱いされる年ごろだったのだからこれが正しいのだけど、アルルは少し不安そうだった。夜は寝床を共にしたけれど語ることは少なく、計画の日程も詳細な内容も、何も伝えなかった。あまり詳しいことをここの人間に語るのは気が引けるということよりも、私に情が移ってきているのを感じたからだ。実行の明確な日付を言って、縋りつかれたりしたら面倒だ。そこまで露骨なことはしなくとも、日が経つにつれて気落ちされたりでもすれば周囲に妙な勘繰りを入れられる可能性だってある。私とアルルの仲については、なるべく普通に見られてほしかった。幸いにも、単独行動が増えたのは一人前になったからだというかたちで、不審に思われることもなく済んだ。

 右腕の損傷から二週間後、縫物仲間と軽く談笑したりしつつ仕事をしていると、複数のエルフが地の底から飛んできたのを見かけた。エルフに用があることを告げると、彼女たちは快く送り出してくれた。彼女らと語らうことは、もう二度とないだろう。

 エルフたちに会う前に村長を探し出して、今からこの村にやってくるだろうエルフへの言伝を頼んだ。怪我の状態をあまり人目に見られたくないから、人気の少ない場所……アルルと相談をするのに使っていた場所に来るように、と。綺麗に縫い付けられた傷はもうほぼ痕も見えなくなっていて、でも念のために包帯を巻いていた。元々私は肌が弱くて、それを補うために布を巻き付けたりすることが多かったから、変に思われることは少なかった。

 それから準備のために家に帰った。家には誰も居なかった。星の子供の明かりだけが存在を主張している。アルルは今頃、昼の狩りに出かけているのだろう。ちょうどよかった。私は家の隅に置かれた自分の荷物から、最初に来たときの服装を取り出した。数少ない過去の手がかりとしてとっておくことを、周囲の人たちも勧めていてくれてたのだ。お陰で誰にも触られずに手元にある。

 一度全部の服を脱ぎ捨てて、最初の服に着替えた。それからその上に重ねてエルピスの服を着る。姿見を見ると、暗黒色の全身スーツにする重ね着は不格好な感じだった。スーツの迷彩モードを調節すると、色は黒色から私の肌の色へと変化し、一見する分には普通のエルピスの服を着てるのと変わらないようになった。

 以前降下をするときに使った笛を取り出して、吹き鳴らす。これで数時間後には、私の持ってきた荷物はすべて鳥たちに回収されるはずだろう。

 腰飾りには強化繊維と小刀、制御笛と、あともう一つ棒状の武器を吊るしておいた。本番のために、一度スムーズに手に取って構えられるかを確認する。うん、大丈夫、いつも通りできる。

 深く息を吸って、吐き出した。十字を三度切って祈りをささげる。

「主イイスス・ハリストス、神の子よ、我、罪人を憐れみ給え……」

 気持ちが落ち着くと最後に家の中を一瞥して、それから心の中でさよならと唱えた。

 勝負自体は一瞬でつくだろう。私は勝利し、帝国に帰るのだ。


「やあ、やっと来ましたか」

 ドゥルーヴは目が良いようで、というか私の髪色と動きですぐにわかったのだろう。近くまでまだ十歩以上もあるのにもう私に話しかけてきた。

「こんな場所を指定するなんて、危ないですね。そんなに気にするほど痕が残っていましたか? ひょっとしてうまくいかずにあのあと腐食でも……?」

 いるのはドゥルーヴ一人だけらしい。好都合だ。ひょっとしたら仕掛けを使わずに任務を完了できるかもしれない。大掛かりに準備したものが使われないのは少しもったいないような気もするが、リスクがないのに越したことはない。

 ドゥルーヴが私の服装の変化に気付くより先に、飛びついた。それから体の後ろ側の位置を確保する。エルフはエルピスを好んでいるし、肉体強度に自負があるから、多少攻撃的なことをされてもすぐに振り払ったりしない。

「何をしているんです? あなたはもう大人なんですよ、こんなはしたない……」

「動くな」

 初めて来たときと同じに低い声で脅しかけた。首に武器を当てると、さすがに緊張したらしく動きが固まった。

「これはエルフの体用に調整した接触型衝撃波兵器だ。医者ならわかるだろう」

「やってみろ、そんなものにぼくは屈しない」

 存外に威勢の良いやつだ。軽く他の内臓にでも当ててわからせてやろう。戻ればそれくらいを補う程度の施術はできる。

 武器を触れたまま、首から下のほうに位置を下ろしていった。脳と腕、それから心臓を避けた位置が好ましい。だがドゥルーヴは途中で怖くなったのか「やめてくれ!」と叫びを上げた。

「わかればいい」

「ぼくに何をさせようというんだ」

「このまま黙って、私について来ればいい」

 武器を当てる位置をすばやく首に戻した。一瞬、安心したかのような緩みを感じたのが気がかりだった。

 周囲に気をつけながらゆっくりとカリャードから離れ、上昇する。来たのが昼間だったのは少々厄介だったかもしれない。夕方にきてくれれば夕闇に紛れながら鳥の群れに包まれて任せられたかもしれないが、昼となるとあまり大仰な仕掛けを使うのに憚られる。

 不意に、視界の端に複数の人影が見えた。

「フェーニャ!」

 聞きなれた声だ。もう一人はエクレムか。厄介な。エルフを二人も相手にしたくない。ここは確実に撒かないと。

 ドゥルーヴもエクレムのことを認めたらしく、逃げ出そうとして暴れ出した。

「装置を起動するぞ!」

「やってみろ、ぼくの脳が砕け散るぞ! できないだろう!」

「フェーニャやめて!」

 状況をわかってないのか、アルルは近づいて叫び出した。

「なぜ止める!?」

「エルフを拉致するなんて聞いてない!」

「わかってなかったのか! 技術を盗むのに一番楽なのは人材ごと攫うことだぞ!?」

 会話してる間にもドゥルーヴは暴れるのをやめなかった。かろうじて武器は触れさせているけど、このままだと本当に首を破壊させかねない。私が抑え込むのに苦労しているのを見て、チャンスだと思ったらしい。エクレムが襲い掛かってきた。今だ。

 ドゥルーヴを抑え込んでいた手を放して、左腕の操作パネルに触る。スーツのヘルメットモードを起動させ、起爆スイッチを押した。

 いきなり解放されて戸惑ったドゥルーヴはこちらを見た。そして驚いた。周辺が爆風と風塵に包まれたからだ。エクレムとアルルは上方に吹き飛ばされて、衝撃波に頭がやられたのか動きが止まった。ドゥルーヴは無事だが、周囲に巻き上がった粉塵が肺に入ったらしく激しく噎せている。

 私は直前に起動させたヘルメットのお陰で粉塵の被害がない。動きが鈍っている隙を逃さずにしっかりと抱え上げ、今度は出し惜しみせず脚部のジェットユニットを使って踏み込んだ。下半身の服が破ける。ドゥルーヴの負担を考えて加減はしたが、一瞬で遠距離に飛びのいたのを確認したエクレムは、明らかに動揺していた。

「君はまさか……地上の……」

 アルルたちが上に吹き飛ばされたのと、私が距離を取ったのとで聞こえにくいから、私のほうからは声をはっきりと張り上げた。ヘルメットをしていても、スーツの音響システムで会話できるはずだ。

「こいつは連れていく。万が一にもエルフが追ってきたら、カリャードごと爆撃する」

 いまだに噎せているドゥルーヴは何の意思も見せられなかった。このまま立ち去ろうと踏み込み動作をした瞬間、エクレムが立ちはだかっていた。

 なんていう身体能力だ。足場もない水中を、一歩蹴るだけで目標位置に的確に辿り着くなんて。ドゥルーヴの呼吸状態はしばらく治まらなさそうだし、一旦手を離してでも、確実に仕留めるべきか……。

 覚悟をしたのとエクレムが襲い掛かってきたのは同時だった。それと、アルルが分け入ってきたのも。

「フェーニャ!」

 何か固形物が飛んでいった。それから血飛沫の華が咲いた。一瞬の間の後、絶叫が響いた。

 網膜には張り付いていた。アルルがいつものように左腕を差し伸べていたのが。それがエクレムの攻撃で切り取られたのが。

「ある、る……?」

 声が震えた。空気に赤色が充満していくのが見える。エクレムの動きも止まっていた。取り返しのつかないことをしてしまった。そんな顔をしていた。


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