第一章 春霞、陰る君

転校生、想起。

「ほらほら、みんな席についてー」

新学期が始まって、ここ、2年B組の教室は、クラス替えに一喜一憂したり、久しぶりに会った友達と駄弁ったりで、ザワザワとした雑音に包まれてた。


「また、井上先生かー」

「なんだー?悪いか?」

「ふつー」


前の方に固まった僕には到底関われないような、キャピキャピとした女子たちが、いちゃもんじみた発言をして。

まあ、それも内心では嬉しいのかな、とか思った。


「新学期で浮かれてるところだが、重大なお知らせがある」

「なにー?まさか抜き打ちテスト!?」


ちっちっち、と人差し指を振る先生は、その手を扉の方に運んで、手招きした。

「入っておいで」

その手招きに合わせて、ゆっくりと誰かが入ってきた。


その瞬間、ぼーっとしていた僕の体に、電流が走るような感覚がした。


「なんと、転校生だ!はーい、自己紹介。簡単でいいからね」

「えっと、菅野優花です。よろしくお願いします」


丸く大きな瞳、黒く長い髪、それを際立たせるように真っ白な肌。

可愛かった。確かに、可愛かったけど、それとはまた違った衝撃だった。


僕は、彼女にあったことがある。きっと。


1年前の夏に、今より少し髪は短いけれど、それも目があったくらいだけれど。


「それじゃあとりあえず、風山の隣が空いてるみたいだし、一番後ろの窓際の席でいいかな」

彼女はコクリと頷くと、指定された席に向かった。



彼女が席に鞄をおいて、先生がなにか話をし始めたと同時に「あの」と僕は問いかける。


「なに?」

ビクッとした表情で、僕の目を見て答える。

鼓動が速くなる。


「僕、君と1年前、会わなかった、かな」


口は勝手に動いてた。あまり大きな声では無かったから、周りもスルーしてたけど、相当痛いやつだなって後々思う。

「…ごめんなさい。覚えてない」

「いや、いいんだ。僕の勘違いかもしれないから」


ほんと、勘違いかもしれないから。

でも、俯く彼女が気になった。


少し寂しそうな顔をする彼女が気になった。


それからその日は、彼女とそれといった会話はしなかった。

消しゴムを拾って、ありがとうって言われたけれど、まあ、それといった会話とは言えないだろう。



「紫苑、帰ろーぜ」

「ああ」

僕を現実に戻したのは、低く優しい声で。

萩谷太陽、僕の小学校からの数少ない友達だ。

その、彼の背後から鋭い視線を感じる。

「…どうしたの?」

視線の主の彼女は、別にと視線をそらした。

信川愛子、こいつもまた幼なじみで。いつもどおり3人で帰るけど、彼女だけは、どこかいつもどおりじゃなくて。


まあ、彼女も思春期だろうから、なんとも難しいけど。

僕はそんな面倒くさい感情はごめんだ。


でも、帰ってるうちにいつもどおりの、ニコニコした彼女に戻っていたから、安心はした。


家に着いたら、僕は無気力だった。掻き消えそうな声でただいま、とだけ言って自室のベットに倒れ込む。ふかふかのベットに吸い込まれて、僕は自然と目を瞑った。


そして、彼女のこと、あの夏のことを思い出す。

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