中空メモリイ

よふか

プロローグ

タイトル『君』

夏の景色にぽつんと一人の少女が立っている、そんな絵だ。



「ほんとにこれで完成でいいのかい?」

「はい」


その絵は、本当に良く描けていた。群青色の空も、もくもくと広がる雲たちも、凛々しく咲いている沢山の向日葵も。

でも、ひとつだけ違和感があった。

真ん中に立つ少女だけ、鉛筆の線のみで縁取られ、紙本来の色をはなっていた。

無色だった。

透明、だった。


「この少女に色を塗らないのは、何か意味があるのかい?」


その質問に、絵の作者は少し暗い顔をした。

でも、すぐに笑みをもって、先生に答える。

「はい。この子は、無色なんです」

「透明人間、てことかい?」

「空っぽなんです。何も入ってない瓶みたいな。そんな人なんです」


次第に声を震わせながら、しかし確信をもって言う。




「本当は、色を塗りたかったんですけどね」



「…塗って、あげたかったです」

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