Episode 6
月曜日の夜、雨のさなか車で来たのは希で、
「どうしても逢いたくてさ」
日曜日までのライブがはねて、明日がオフらしい。
「なんかちょっと週刊誌しつこいから、あんまり来られなくてゴメン」
「いや、大丈夫だよ。希が無事なら」
「ありがと」
希は翔馬の頬にキスをする。
部屋へ招き入れると、希は翔馬の首に腕を回し、甘いキスをしてきた。
「まったく…宮崎希を本気にさせるなんて、イケナイ人なんだから」
ファンが見たら翔馬は殺されるよ──そう言いながら、しかし希はキスをやめようとはしない。
希の唇が翔馬を貪る動きは、激しくなってくる。
「希…」
翔馬も前は流されるところがあったが、このところは希の素直な気質に心を許していた。
「希のファンには悪いけど、俺の希だから」
真っ直ぐな目で希を見つめる。
「…私も、私は翔馬のもの」
いわゆるお姫様抱っこをすると、翔馬は希をソファへ座らせた。
「私ね…こないだから生理止まってるんだ」
翔馬は棒立ちになった。
「翔馬としか寝てないから、翔馬の子だよ」
「…そっかぁ」
翔馬は喜びと、希の未来を奪ってしまったような罪悪感が、綯い交ざったような顔をした。
希ははっきり決めてあったらしく、
「明日検査受けて、ハッキリしたら事務所に話して、それでカレッジアイドルは辞める」
「希…いいのか?」
「なんで?」
「こんな普通のサラリーマンなんかでさ」
「私が決めたんだもん」
「それならいいんだ」
翔馬は優しく、希をふんわりと抱き止めてから、
「…かわいい声、してるのな」
「いまさら、もう」
希は翔馬の首筋にキスの跡をつけた。
「これで私のものだからね」
明かりを消すと、二人の影だけが蠢き出した。
明け方、隣で一糸まとわぬ姿で眠っている希を起こさないようにそっと起きた翔馬は、まだ薄暗い部屋でぼんやり考えを、まとめ切れずにいた。
薄明かりからやがて明るくなってゆく。
この静かな時間が翔馬は最も好きな時間で、最もガードの弱い時間帯であったかも分からない。
「…ん?」
目をこすりながら希が起きた。
「…どうしたの?」
「何でもないよ」
「…翔馬、私はここにいるよ」
だから一人で悩まないで、とキスをする。
「希…ありがと」
再び、二人は身体を絡ませてゆく。
行為が果てたあと、仕事のある翔馬は希に合鍵を渡し、
「帰るときは鍵だけよろしく」
絶頂に達して少しぐったり気味の希の髪を撫でて、翔馬はスーツに着替えると出勤した。
しばらく眠っていた希は、昼近くなってから起き出すと服を着てキッチンに立ち、冷蔵庫の余り物で簡単な食事をさくさくと作って、
「チンして食べてね」
翔馬に宛てたメモを書くと、再びベッドで横になった。
夕方、早めに翔馬が帰って来ると、
「おかえり」
希は翔馬に抱きついた。
が。
気づくと後ろに、菜々子がたたずんでいる。
「大学の後輩で、俺がいちばん信頼する友達の綱島菜々子。一緒になるなら紹介しとこうって思って」
菜々子は可愛らしい希を見て、
「うちの翔馬先輩をよろしくお願いします」
菜々子が頭を下げた。
「こちらこそ、うちの翔馬が何かやらかしたときにはよろしくお願いします」
希が頭を下げたので場が和んだ。
「あ、ご飯あるよ」
「綱島の分は?」
「余分にあるから大丈夫」
アイドルという仕事柄、気配りだけはしっかりしている。
希が余り物で作ったのは、ホワイトソースから作って仕上げたリゾット風のグラタンである。
「魚を焼くグリルがあったから、それで焼けるんだよね」
希には家庭的な面がある。
「案外こういう家庭的な子が翔馬先輩に合ってるかも。さとみ先輩がやっぱり家庭的だったから」
希は首を傾げた。
「さとみ先輩ってね、翔馬先輩の亡くなった昔の彼女。さとみ先輩がいなくなってから、ずっと彼女いなかったんだよね」
菜々子は希に語り聞かせてから、
「でも希ちゃんなら、さとみ先輩もOK出すんじゃないかなぁ」
希はなぜ、翔馬が恋愛に対して慎重になったのかを、ようやっと理解できた気がした。
三人で小さなテーブルで夕餉を囲んで、帰り支度をする頃には再び雨が降り始めていた。
「菜々子さん六角橋でしょ? 私、送ってく」
「何か悪いって…」
いつも助手席に翔馬乗せてるから大丈夫──希は軽く笑ってから、
「それに、菜々子さんからいろいろ翔馬のことで聞き出したいこともあるしさ」
不敵な笑みを浮かべ、菜々子を助手席へ乗せた。
「雨だから、事故だけは気をつけろよ」
「パパラッチに遭わない限り大丈夫だと思う」
そういうと雨の中、希の軽自動車は川崎の街の中へと消えていった。
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