第28話 2020年5月21日 レバレッジ

昨日、俺の両親に頼んでいた借金だが、その日のうちに送金をしてもらえていた。

コロナの状況でもすぐに対応してもらえたことに俺は両親の愛を感じた。

俺はできれば貸して欲しい、くらいのニュアンスで伝えたつもりだったのだが、そもそも借金を申し込んでくる異常事態に何か感じるところがあったのだろう。


そして、親不孝な俺はその送金してもらった300万円をそのまま証券会社のCFD口座に移すことにした。

ネットバンキングでは1日あたり最大200万円までしか振り込めないため、昨日のうちにまず200万円を振り替えていた。

今日は残りの100万円プラス俺の口座に残っていたお金を可能な限りかき集め全部で170万円を振り込んだ。

これで俺のCFD口座の保証金総額は1500万円ちょっととなった。


1,500万円あれば株とはいえ破産などありえないのでは?

普通の感覚であればそうだろう。

だが、株の先物、CFDやFXにはレバレッジというものがある。

直訳すると「てこの作用」、金融商品で言うと倍率だ。


俺の売り買いしているCFDのレバレッジは100倍の為、100円動くと100円×100倍で10,000円が動く。

これを現在は60枚、てているので100円×100倍×60枚で60万円が動くことになる。

1,500万円で耐えることのできる値幅は

 1,500万円÷60万円×100倍=2,500円

俺のCFDの平均売却価格は19,000円の為、

 19,000円+2,500円=21,500円


つまり日経平均株価が21,500円に到達せず下落して19,000円以下になれば俺の勝ち、逆に一瞬でも21,500円を超えてしまうと逆指値で決済となり1,500万円の損失が確定することになる。


これは俺にとって人生最大の試練だった。

勝てば以前と同じ日々の安心を得られる。

勝ってもコロナ禍のこの状況が緩和するわけではないが、今のような毎日株価チャートを見て胃を痛め精神をらす状況からは脱出できる。

収入はしばらくは元に戻らないかもしれないが、妻の美奈と息子の茂がいてくれればいくらでもやり直せるだろう。


負ければ……負けた後のことなど考えたくはないが、この状況を考えると考え始めなければならないだろう。

負ければ1,500万円を失う。

これは我が家の金融資産の総額を超え、借金も背負うことになる。

借金については、俺が自分の両親に頭を下げれば返済は待ってもらえるだろう。

だが、茂の教育資金の300万円はどうにもならない。

自分の両親とはいえ借金返済を後回しにして、茂を学費の高いインターナショナルスクールや私立の小中学校に通わせ続けることなど不可能だろう。

美奈は自分のお金だから通わせ続けたいと言うだろうが、そうすると将来の進学資金を作ることができなくなってしまう。

それでは本末転倒だ。


妻の美奈は茂の進学資金が無くなったと知った時、どう思うだろうか?

どんな行動を取るだろうか?

わからない。

正直に話せば許してもらえるだろうか?

正直?

自分がこれら一連のことに対して正直だったことなどなかった。

それを思い出し、なんて身勝手なやつだろうと俺は自分自身に対してあきれてしまった。


暗い未来予想図に思いをせているとテレワークのために開いていたノートパソコンに新規メールの着信があった。

タイトルは『[HR]人事面談のお願い』。

人事部からの呼び出しだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る