第19話 2020年5月2日 コールオプション・プットオプション①

ゴールデンウィーク、特にやることの当てのない俺は同期の石橋 順子と株の話がしたくて、渋谷で待ち合わせをした。

緊急事態宣言中とはいえ、渋谷であれば話ができるカフェもいくつかあるだろうという考えもあった。


朝の10時少し前から渋谷のマークシティ3階のスタバの前で待っていると時間ぴったりに順子が現れた。

髪の毛は前回会った時と同じでショートヘアからセミロングへの移行期にあるウェーブヘア、上着はおそらくどこかのブランドなのだろうと思われる刺激的な色遣いろづかいのある細身の身体にフィットしたTシャツ、下は七分丈のモスグリーンのショートパンツというちだった。


お洒落でセンスのいい順子によく似合っている、と思った。

順子のオフの格好を見るなんて何年ぶりだろう?

前回もオフに近い格好だとは思ったが、あれは会社を意識した格好だったのだなと自分の印象を訂正した。


「どうしたの?

 じろじろとまわすように見て。

 春雄ってそんなエロキャラだったっけ?」


茶化ちゃかすように非難されて俺はあわてて反論する。

「いや、会社じゃあんまり見ない格好だったからさ。

 似合ってるなと思って、見とれたよ。」


「んま、この人は。

 めてもなんにも出ませんぜ、旦那。

 旦那の格好も悪くないと思いますぜ。」

順子はかくしのように笑いながら俺の格好に言及げんきゅうした。


「そうか?」

と言いつつ、順子にめられて悪い気はしない。


「そうですぜ。

 黒のポロシャツに使い道のないジッパーがついたカーゴパンツ。

 只者ただものじゃあないね。

 休日の悪いお父さんだ。」


順子は笑いながら今日の格好を褒めた、つもりなのだろう。

だが、俺は順子に『お父さん』なんて言われて少しショックだった。

順子の言ったことは勿論もちろん客観的な事実なのだが、『お父さん』なんて冗談でも言われると俺と順子の関係性、会社の同期であって友達、が別の何かに変化したのかという気持ちになり複雑だった。


俺は順子にショックを受けたことを悟られまいと

「では、行きますか。」

と言いながら先に歩き出した。


残念ながらスタバは入店制限中で中に入れなかったものの、同じフロアに店内営業をしているカフェを見つけた。

俺達はなるべく秘密の話ができそうな奥の席に陣取り株の話を始めた。


「で、春雄は株の何が知りたいの?

 メッセンジャーでもある程度、春雄が知りたいことには答えたつもりだったけど。」

単刀直入に順子が聞いてくる。


「いや、実は俺さ、先物さきものというかCFDを最近やってて。

 って話したっけ?

 順子はそういうのやってる?」

まず、俺は核心から遠い部分を聞いてみる。


「私はCFDはやらないけど、先物はたまにすることはあるよ。」


「へー、なんでCFDじゃなくて先物なの?」

俺は疑問に思って聞く。


「いくつか理由はあるんだけど大きくは三つかな。

 まず、先物の方が手数料が安くてスプレッドがないことだね。」

順子ははっきりと言い切る。


「先物ってそんなに手数料安いの?」

俺は聞き返す。


「手数料は勿論会社にもよるんだけれど、CFDはスプレッドがあるのが使いにくいね。

 10円、20円の勝負なのにスプレッドが5円とかあったら勝てるものも勝てないからね。」


「10円、20円って例えば19,000円で売り買いしたら19,020円で決済するってこと?」

俺は自分の売り買いではもっと大きな値幅を取っている、今は既に1,000円くらいの幅になっている、と背中に汗を流しながら確認した。


「そうだよ。

 含み益が出ている時なら100円以上の値幅を取るときもあるけど、予想と逆になったら100円待たずに損切りするね。

 先物ミニでも1万円の損失になっちゃうからね。」

なんだか同じような商品なのに全く別の方法を聞かされて、俺は少なからず衝撃を受けた。


「それで他の理由は?」

俺は背中にかいた冷汗を隠そうと次の質問に移る。


「二つ目は、CFDは私設市場ってのかな?

 私の中では証券会社がやってる取引所で、大証だいしょうがやってる先物とは信用度が違う感じ?」

順子はホットのカフェオレを一口飲んで話を続ける。


「そして、三つ目の理由は参加者の数の違いだね。

 参加者が少ないと瞬間的にとんでもない価格が出たりすることがあるけれど、参加者が多いと値動きはゆるやかになるし値段もより適正になるからね。

 これは現物げんぶつ株にも言えることだけれど。」


「なるほどねー。」

俺は純粋に順子の知識に感心する。

俺も今保有しているCFDを決済したら先物に乗り換えよう。

決済することができたら、だが。

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