第17話 2020年4月30日 追証②

妻の美奈は不機嫌そうにテレビを見つめたまま動かなかった。

そうしている間にも日経平均株価は上がり続け、俺のスマホアプリには追証が必要なことを知らせる『プレアラート通知』が毎分届いていた。


あまり時間が遅くなるとお金が引き出せなくなるかもしれない。

俺は段々と心配になり、仕方なく美奈に声をかけた。


「今日、買い物とか行かないのか?」


「……行かない。

 面倒くさいから。」


「でも、食材とか買わないと晩飯とか困るんじゃないか?」


「なに?

 そんなのりものでなんとかなるでしょ。

 そんなに私を病気にさせたいの?」


ダメだ、作戦失敗だ。

俺はあわててつくろう。


「いや、そんなわけないだろ。

 ただ、ずっと家にいると健康にも良くないかなと思ってさ。」


そうすると美奈はあきれたような、小馬鹿にするような口調で一気にまくて始めた。


「それってあなたのことじゃないの?

 テレワークだからってずっと家にいるし。

 仕事中もそうじゃない時もずっとスマホ握りしめてるし。

 顔色もすごく悪いし。

 あなた、鏡見てないの?」


そう言われて俺は初めて気付いた。

確かに鏡など、ここ一週間以上まともに見たことなどなかった。

他人から見てもそんなにひどい顔をしていたのか、と。


「何やってるのか知らないけど、いい加減にしてよね!

 前はこんなじゃなかったのに……おかしいよ。」


最後は涙ながらの訴えだった。

美奈は泣いているのを隠すように部屋を出ていった。

俺は、美奈の気持ちを思うのなら、ぐに美奈を追って後ろから彼女を抱きしめて全てを打ち明けるべきだったろう。

だが、この時の俺にはそんな余裕はなかった。

とにかく急いで茂のキャッシュカードを手に入れて銀行に走ることで頭がいっぱいだった。

俺は美奈がダイニングルームからいなくなったことをこれさいわいとキャッシュカードを探し出し、急いで銀行に向かった。



最寄の駅前にある銀行に可能な限りの早歩きで辿たどくと、俺はキャッシュカードをATMに飲み込ませ暗証番号を入力した。

とにかく、下ろせるだけ下ろしてCFD口座に入金しなくては。

だが、ATMは俺の希望をねつけた。

たった50万円しか下ろせないのだ。

これでは足りない。

俺は慌てて窓口の整理券を取り、自分の番が来るのを待った。


数分後、俺の整理券番号が呼び出された。

早速窓口に行き用件を伝える。


「お金を300万程下ろしたいんですが。

 今直ぐに。」


そうすると窓口の若い女性は落ち着いた口調で言った。

「かしこまりました。

 50万円を超えるお引き出しの場合は限度額変更の届出が必要で、本人確認書類と申請書類の提出をお願いしております。

 こちらの書類に記入いただき窓口に提出願えますか?」


丁寧ていねいだが有無を言わせない口調だ。

自分の資産を下ろすのにいちいち申請書を書かなくてはならないのは不満だが、これも昨今の詐欺さぎ事件等を考えると仕方のないことなのだろう。

素直にしたがうことにした。


俺は申請書の必要項目を全てめ、窓口に提出をした。

数分後、俺は300万円を手にしていた。

今度はこれを自分の口座に入金してCFD口座へ振り込まないと。

俺は自分の銀行口座への入金が可能なコンビニに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る