第16話 2020年4月30日 追証①

ゴールデンウィークが始まったがゴールデンウィークが始まるはるか前から幼稚園は休み、妻の美奈とは先日の言い争い以来コミュニケーションが希薄きはくになり、俺はテレワークをしていないだけで株価は常に追いかけるといった具合でいつもと変わらない日常だった。


いや、いつもとは違う。

日経平均株価が、恐れていたことだが、遂に20,000円を超えたのだ。

俺の損切そんきりラインは20,300円。

この金額を超えると設定した逆指値ぎゃくさしねが刺さり俺のCFDのぎょくてたポジション)は決済され一気に資産を失う。


俺は立ち上がる気力も無くなりベッドに横たわりながら、瞬間的に20,000円を超えているだけだ、ぐにまた19,000円台に折り返すと自分自身に言い聞かせた。

だが、先週先々週とは違いむしろ上昇する気配さえただよわせ始めた。

そして、CFD取引のアプリを立ち上げると見慣れない「お知らせ」が届いていることに気が付いた。


『プレアラート通知』

『プレアラート通知』

『プレアラート通知』

『プレアラート通知』

『プレアラート通知』


なんだ、これは?

嫌な予感しかしないが開かないわけにもいかず、その内の一つを開いた。


『証拠金維持率がプレアラート基準値を下回りました。

 証拠金状況の詳細は、「証拠金状況照会」にてご確認ください。』


しまった……、追証おいしょうの一歩手前だ。

追証というのは信用取引に必要な証拠金が不足した時に追加で差し出す証拠金のことだ。

CFDを売る際には充分な証拠金を入れていたのだが、含み損が拡大した為に証拠金が足りなくなってしまったのだ。

何とかしなくては。

証拠金が足りなくなると逆指値など無関係に強制決済されてしまう。

それだけは避けねば。


俺はベッドから飛び起きてスマホを握り直し、かたっぱしから銀行口座の残高照会を始めた。

三菱UFJには50万、新生には15万……、ダメだ、足りない。

これっぽっちの金じゃ100円値上がりしただけで溶けてしまう。

もっとまとまったお金が必要だ。


そして、俺はふとある考えにたどり着いた。

そうだ、少しの間だけお金を借りよう。

確か息子の茂名義で300万円くらいは貯金があったはずだ。

なに、明日以降に株価が19,000円台に戻した時に返せばいいのだ。

そう思いキャッシュカードを取りに行く為に1階に下りた。


1階には当たり前だが美奈と茂がいた。

茂は相変わらずプラレールとトミカを使って自分の世界に入り込んでいたが、美奈はダイニングチェアに腰かけて不機嫌そうにテレビを見ていた。

そして俺が今、命をつなぐために必要なキャッシュカードはダイニングルームの壁際、美奈のすぐ横にある細長いキャビネットの最上段にあった。

美奈の目の前でキャッシュカードを取り出したらひと悶着もんちゃくあるに違いない。

いや、ひと悶着どころでは済まないだろう。

なぜキャッシュカードを持ち出すのか、何にお金を使うのか、問い詰められるのは確実だった。


俺はダイニングテーブルをはさんで美奈とななめ向かい合わせに座り、美奈が席を立つ機会を待つことにした。

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