第15話 2020年4月26日 サンデーダウ②

息子の茂との会話を妻の美奈に聞かれてからというもの、美奈はずっと機嫌が悪いままだ。

買い物もそぞろに俺たちは車で家に戻った。

帰り道の車の中でとりなすように何度か美奈に話しかけてみたのだが、ずっと押し黙ったままで、そのうち俺は話しかけること自体をあきらめてしまった。


家に帰りつくと俺は自宅の2階に直行し、最近は自分の部屋としてもっぱら使っている4畳半の洋室に閉じこもった。

機嫌の悪い美奈の相手をこれ以上しても意味はないと思ったのと、俺自身心の余裕が無い中で話を無理にすると無駄に話をこじらせてしまうかもしれないと考えたためだ。

美奈の機嫌が直るには時間が必要だろう。


部屋に入るなり、俺はポケットからスマホを取り出しサンデーダウのチェックを始めた。

サンデーダウは金曜日の終値に対して50ドル程安い値段で推移すいいしていた。

正直50ドル程度の下げでは月曜日の日経平均には100円も影響しないレベルだが、それでも上げるよりはマシだった。

俺はサンデーダウを30分に1回はチェックしつつ、5ちゃんねるとTwitterで株関連の話題を拾い続けた。


時刻はいつの間にか夜7時となっていた。

食事の声掛けはなかったが、流石さすがに食事は用意しているだろうと思い1階のダイニングに移動した。

美奈はあからさまに不機嫌な様子のままではあったが食事はちゃんと用意されており安心した。

俺は美奈に話しづらいことから、茂に話しかけた。


「よーし、茂。

 そろそろご飯にしよっか。

 プラレールはおかたして。」

そう言うと茂は、はーいと良い返事をしておもちゃを片付け始めた。

先に一人でダイニングテーブルに着くのも気が引けたので、茂の後片付けを手伝う。


程なくして片付けが終わった為、俺は茂を子供用のダイニングチェアに座らせ、自分も席に着いた。

「いただきます!」

「いたーきます!」

茂と一緒に合掌がっしょうして声を合わせ、食べ始めた。

美奈も少し遅れて席に着き小さな声でいただきますと言ってから食べ始めた。

俺はテレビのスイッチをオンにして茂の好きなアニメを選局し、黙々もくもくと食事を続けた。


食事の後は茂と一緒に風呂に入った。

短時間ではあったが久々の外出だったので疲れたのだろう。

茂は風呂の途中から電池が切れたように元気がなくなり、しまいには湯船の中で寝てしまった。

俺は仕方なく美奈を呼び、茂を先に寝かせてもらった。



風呂から上がってダイニングテーブルでビールを飲み始めた頃、ようやく美奈が話しかけてきた。


「ねえ、ハル。

 どういうつもり?」


「どういうつもりって?」

俺は話が見えないというような返信をしつつ、インターナショナルスクールの幼稚園の話だと覚悟を決めた。


「インターの幼稚園の話よ。

 何度も同じ話をしたけれど、あれは私がお金を出すから文句言わないってことで決着ついたよね?

 だいたい、ああいう話を私じゃなくて茂にするなんて卑怯ひきょうじゃない?」


「それは……、茂自身が英語が好きじゃないって言ってるんだぜ。

 幼稚園から無理にやらせることはないだろ?

 選択肢の一つとして聞いてみただけじゃないか。」

俺は過去何度か同じ話をしたと思いつつも他に打つ手もなく同じ反論をしてみた。


すると美奈は軽蔑けいべつするような目をしながらこう言った。

「選択肢の一つ?

 あなた何言っているの?

 幼稚園児に自分の意思で選択させるつもり?

 そんなの選べるわけないじゃん。

 大体英語は嫌いなんて言ってないでしょ、苦手ってだけで。」


「いや、俺も嫌いとは言ってないよ。

 好きじゃないって言っただけで。」


「同じことだよ。

 ごまかさないで!」

美奈はきっぱりと言い切る。


それでも俺はくじけず最後の反論をこころみる。

「それに、幼稚園なんてたまに教材送ってくるだけで実際はやってないも同然じゃないか。

 それってお金がもったいないだろう?」


それを聞いて美奈は冷たく言い放つ。

「幼稚園がやってないのはどこも同じだよね。

 あなたが本当に気にしてるのはお金のことなんでしょ?

 なんでそんなこと急に言い始めたの?

 言いたいことがあるなら回りくどく幼稚園の話なんかしないで、ちゃんと言ってよ。」


俺は言いたかった。

実は株で損を出している。

ひょっとしたら学費の高いインターの幼稚園はもう続けられないかも。

小学校に至っては間違いなく公立になるだろうと。

だが、俺は言い出せなかった。

希望があったからだ。

そして、希望があるということはなんと残酷なのだろう。


俺に言えたのはこの言葉だけだった。

「悪かった。

 ごめん。」

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