第110話〜敵を愛せ〜
ボクは、アストライオスの操作に苦戦していた。
操作盤にあるブーストボタンを押しながらスティックを倒すだけなのだが、若干クセがあって思うように飛べねえ。
「うわわわ! ぶつかる!」
「うおおい、危ねえなゴマ!」
マーズさんのアレスにぶつかりそうになり、何とかギリギリのところで回避した。
スピカの奴は、イーリスをもう自由に乗りこなしている。このままじゃボクが足を引っ張っちまう。こんな事なら、どっかで練習しとくべきだったぜ……。
「こ、このやろ! 言う事聞きやがれ!」
左に旋回しようとしても、数秒遅れやがる。
イライラして爆発しそうになった時、どこかから声が聞こえてきた。
『ゴマよ……。力ずくで戦おうとするべからず。大事なのは〝愛〟だ』
「クソ、誰だ偉そうに!」
すぐに分かった。それは——守護神アストライオスの声だった。
『我を愛すのだ。己を愛すのだ。敵を愛すのだ。世界を愛すのだ。あるがままを愛せ』
「んな事言われても、訳わかんねえよ! 守護神さんよ!」
『あの時……試練の時の、スピカへの想いを思い出せ!』
スピカへの、想い——。
⭐︎
「ウチは、かつての自分自身とちゃんと向き合うんや。……それがウチの〝試練〟や。ゴマがいてくれるさかい、怖くない! 行くでえええ!」
「……そうか、じゃあ見守っててやる」
——。
「ウチはもう、迷わへん。これで昔の自分と、〝さいなら〟したんや」
「……やったな、スピカ。すげえじゃねえか」
⭐︎
あの時は確かに、スピカの奴を大切に想ってた。
その気持ちを持ち続ける事——ネズミのじいちゃんが言ってた事を思い出した。何に対しても、〝愛〟の心を持つ事——!
ボクは力ずくではなく、機体の動きに任せて、ゆっくりとスティックを傾けた。守護神アストライオスを、大切に想う気持ちで——。
すると、少しずつだが機体を制御する事ができるようになった。
⭐︎
「凄え! ボクもやりてえよ!」
「……いつかは、ね。ゴマ、あなたならきっと出来ます」
⭐︎
初めてムーンさんの守護神アルテミスに乗せてもらった時の、ムーンさんの言葉を思い出した。
星光団はみんな、そういう〝愛〟の気持ちを持っていたんだ。
程なくしてボクは、守護神アストライオスを自在に操れるようになった。
しかし、風が強すぎて漆黒竜ノアに近づくことが出来ない。マーズさんも隙を見て攻撃しようとするが、なかなか距離を詰められないでいる。
漆黒竜ノアが咆哮を上げるたび、凄まじい衝撃波に襲われ、吹き飛ばされてしまう。
「クソ……! どうすりゃいいんだコレ……!」
こうしてる間にも、街は浸水していく。街灯りは消え、闇に飲まれていく……!
『敵を愛せ』
そうだ——この
ここ地底世界は、確か地上とは天地が逆だったはずだ。チキューは空洞で、地底世界だと空へ行くほど、チキューの中心へ近くなる。
……だとすると。
チキューの中心の方へ行けば——多分だが、地表に溢れる荒れた意識波動から、このドラゴンを遠ざけられる。そしたら、このドラゴンを救えるかも知れねえ。
イチかバチかだ。
「ソールさん!」
『ゴマくん?』
「ここはボクらに任せてくれねえか? ……スピカ、一緒に行くぞ!」
『ちょ、ゴマ! 何する気や?』
「このドラゴンを誘導する! スピカァ! ついて来い‼︎」
『何や分からへんけど、うん‼︎』
アストライオスとイーリスは、わざと漆黒竜ノアの目の前を飛び回る。……いいぞ、思い通りに操縦出来てる。
漆黒竜ノアはボクらに狙いをつけ、追いかけてきた。作戦成功だ。このままボクらは、真っ黒な空に向けて上昇した。
『ゴマ! 来るで!』
「スピカ、スピードを調整しろ!」
後ろから、まっすぐに漆黒竜ノアは追いかけてくる。
前方は、どこまでも真っ黒な空間が続いている。一体どの辺りまで連れてけばいいんだろう。
小一時間ほど飛び続けただろうか。地面はもう見えなくなり、周りの視界は真っ黒になった。進路の先にある、小さく輝くセントラル・サンの光だけが頼りだ。
『あ、見てみ! ゴマ!』
「ん?」
見ると、漆黒竜ノアの動きが少し大人しくなった。目に宿っていた凶暴さが無くなり、禍々しく黒いオーラの勢いが、衰えている。
ボクの予想は的中したようだ——。
「グォオオオン……!」
『ドラゴンが何か訴えかけてるで!』
「よし! ミランダ、頼む!」
ボクはミランダに、通訳を頼んだ。
『ちょっと待ってて! 〝……私は、何という事をしてしまったのだ。雨は本来、恵みをもたらし、風は大気を運ぶ。それを乱したのは、利己的な意識……。その意識が、地表を覆い尽くしている。我が同胞も、悪しき意識波動に侵されている。どうか、助けてやってくれ……〟だって!』
「ミランダ、任せとけと伝えてくれ」
『オッケー!』
次の瞬間、アストライオスとイーリスの機体から、虹色のオーラが現れ——漆黒竜ノアを包み込んで行った。
アストライオスの声が聞こえる。
『ゴマよ。これでノアは悪しき波動より守られ、善なる心を取り戻した。もう大丈夫だ。もう一度このまま、連れ帰るがよい』
「よおし、分かったぜ! 帰るぞスピカ!」
『うん! やったやん、ゴマ!』
漆黒竜ノアは、蒼く煌びやかな体色に変わり、キラキラと光り輝いた。
ボクとスピカは光に包まれたノアを連れて、再びニャルザルへと向かう。
『地上のサイクロンと爆弾低気圧の勢いが弱まったわ! アイミちゃんの所も、明日はきっと晴れよ!』
ミランダの嬉しそうな声が、頭の中に響いた。もう大丈夫だろう。
……だんだん市街地が見えてくる。ニャルザルも、雨風はすっかり止んでいた。
1体目の
♢
ボクらは無事、ニャルザルの基地へと帰り着いた。雨風は止んでいたが、基地は浸水している。
アストライオスから降りると、オレオがドヤ顔でニャルザル軍のメンバーに向かって話していた。
「調査ご苦労。この暴風雨にも関わらず、死者、行方不明者はゼロだ。山間部の逃げ遅れた民は、我々ニャルザルの飛行部隊で避難させた」
一緒に話を聞いていたソールさんたちが気付き、駆け寄ってくる。
「ゴマくん、スピカさん。よくやってくれた! 台風も低気圧に変わり、勢いは弱まっている」
「ゴマ、スピカさんも。お疲れ様でした。……見てください、ドラゴンは本来の姿を取り戻したようです」
ムーンさんが蒼天竜ノアの方を指差す。
蒼天竜ノアが咆哮を上げると、浸水した水がみるみるうちに引いていく。雨も風も止み、真っ黒な空は再び静けさを取り戻した。
優しい目つきをした蒼天竜ノアは、虹色のオーラを纏って、天へと飛び去って行った。
……だが、災害は暴風雨だけではない——。
「うわああああああ!」
「地震だ! 姿勢を低くしろ!」
突然、地面が大きく揺れる。
立っていられないほどの揺れに、ボクは尻餅をついて地面を転がってしまった。
「いてて……何て揺れだ……」
「みんな、大丈夫か! 大地震の頻発……。おそらくもう1体の、
「見て! あっちの方角の山!」
ヴィーナスさんが指差した先を見ると、真っ黒な空に、血のように赤い溶岩が噴き上がっているのが見えた。
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