第108話〜家庭崩壊〜

 

 ハールヤのジジイはすぐに、ベッドに横になったネズミの父ちゃんの腰に手を当てると、グッと力を入れ指を押し込んだ。



「いつつ……。前はこんなに痛くなかったんだけどなあ……」


「腰痛ですねえ。一応〝薬〟を出しておきます。でも、。何が起こるか分かりませんから。しっかり食事をして無理なく体を動かせば、すぐ治りますよ」


「え、飲まねえのかよ? そのクスリとやらを」



 ボクは口を挟んだ。



「困った事に新しい文化は、病気に対してはネコたちが考案した薬物を使おうとしているんだよ。調べたところ、それは症状だけを抑えるもので、病気そのものを治すわけじゃない。しかもこれは化学物質で、体には悪いものなんだ。私は反対してるんだが、新政権には逆らえない。薬を出した事を報告しないと、私どもの医院はブラックリストに載ってしまう」


「面倒臭えことになってやがんな」


「……すみません。2,800チュール頂きます」



 ネズミの父ちゃんは、あの時チュータさんが見せた紙切れを2枚と、銀色の薄っぺらいやつをジャラジャラと取り出し、ハールヤに渡した。



「もうチュールが残り少ない。これがなきゃ食べ物がない。うちの畑も払っちゃったし、前みたいに好きな物を食べられなくなるかも知れない」


「ええ、そんなんやだよ、お父さん!」



 チュールとやらを受け取ると、ハールヤのジジイは申し訳なさそうに頭を下げ、玄関から出て行った。



 ♢



 ボクはネズミのじいちゃんとも話がしたかったが、今はネズミの母ちゃんと出かけてるってんで、少し待たせてもらう事にした。


 チップが、部屋の棚の上にある四角くて薄っぺらい物のスイッチを押した。

 すると、画面らしき部分にパッと、ネコの姿とどこかの風景が現れ、ネコが何やらしゃべっている。



『都市部に人口が集中し、スポーツ、イベントは超満員の大盛況。これぞ新時代の文化!』


『平和を維持するには、軍備の保持が必要かどうかが、当面の争点になるでしょう』



 何だ、この不思議な黒い板は。

 ボクはチップに尋ねた。



「おい、何だこれは。前はこんなの無かったぞ」


「テレビジョンを買ったんだ! チュールで!」


「テレビジョン……? また変な物が流行り出したんだな」



 玄関のドアが開く音がした。

 ようやく、ネズミの母ちゃんとじいちゃんが帰ってきたようだ。



「ただいま。ふう、家計簿つけなきゃ。チュールって計画的に使わなきゃいけないのよね」


「おや、ゴマくんいらっしゃい」



 グーゥゥゥゥ……。

 やべえ。腹の虫が吠えてやがる。



「あら、ゴマくんお腹空いてるのね。また食べてく? ふふ」



 さっき父ちゃんが言ってたように、チュールが無くて飯が買えねえとか言ってたから、今回は遠慮しておこう。……モモも元気がなくて料理も作れねえだろうし。



「いや、悪りいよ。チュールねえんだろ? 大変だな」


「遠慮しなくていいのに。まだ食材あるし、しっかり食べて元気つけなきゃ」


「クソ、そう言われたら……」



 結局、ネズミたちに晩飯をご馳走してもらうことになっちまった。


 ネズミたちは、こんなふうに〝いい奴〟ばかりなんだ。そこに付け込んで洗脳しようとするニャルザルの奴ら——本当に許せねえ。



 ♢



「……いただきまーす」



 あれ?

 トムの奴が居ねえ。あの食いしん坊のトムが。いつもみんな揃って食うんじゃ無かったのかよ。



「おい、トムはどうしたんだ?」


「トム兄ちゃん、働いてチュールで、外で美味しいもの食べてるんだって。つまんないの」


「だよねー。みんなで食べた方が美味しいのに!」



 チップとナナが不満そうな顔でそう言った。

 モモはさっきから黙って食ったと思えば、さっさと広間から出て行っちまいやがった。



「家族が揃わなくなった。悲しい事ね」



 ネズミのばあちゃんがお茶をすすりながらそう言う。以前まであった家族団欒の温かさが、すっかり無くなってしまったように感じた。

 ネズミの母ちゃんも箸を止めて、ため息をついて言った。



「ごはん作りが面倒だからって、コンビニ弁当を食べさせてるお家もあるそうよ。化学調味料を使った見た目のいいお弁当が売られているの。手作りが食べられないなんて、そんなの悲しいじゃない?」


「ぼく、おかあさんのてづくりだいすきだよ」


「ふふ、ありがとう」



 末っ子のミライはニコッと笑う。

 ミライよ。お前はその名前の通り、明るい未来を生きてくれよ。

 そのために、何としてもニャルザルの奴らの企みを阻止せねば。

 

 メシの後、ネズミのじいちゃんにも、ニャルザル軍の陰謀について話した。

 ネズミのじいちゃんだけは、信じてくれたんだ。



「……この大艱難だいかんなんは、天罰ではない。意識ある者の心の乱れが、この星の波動の乱れを招き、また星の波動の乱れが、意識ある者の心を乱しているのじゃ。じゃが大丈夫。太陽の神様は必ず救ってくださる。いつでも見守って下さってるのじゃ」


「……そうだな。難しい事は分かんねえが、ボクも太陽の神様とやらを、信じてみるぜ。〝素直〟〝感謝〟〝愛〟だったな。それを忘れなきゃいいんだな」


「……ゴマくんたちなら、必ず世界を救える」



 じいちゃんは、信じていた——争いの無い、明るい未来の到来を。



 ♢



 ボクは帰り際、チップに言ってやった。



「また必ず、前みたいにあったかくて楽しい毎日が来るようにしてやるから。約束だ」


「うん……。前の方が良かったよ……。お願いね、ゴマくん! 約束!」



 ボクはチップと固く約束し、ワープゲートをくぐりニャンバラへと戻った——。

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