第107話〜病み始めた子供たち〜

 

「ネズミたちが代々受け継いできた、7つの優しい心。それは——」



 1、家族は仲良くしよう。

 2、友達は信じ合い付き合おう。

 3、自分の言葉と行動に責任を持とう。

 4、縁ある相手を愛し、頼まれたら助けてあげよう。

 5、好きな事はとことん学び、世の中に役立てよう。

 6、社会のために、好きな事や得意な事を活かし貢献しよう。

 7、みんなで決めたルールを守り、必要があれば改善しよう。



「……ネズミらしい、心掛けだな。道理でみんな平和に暮らして来れたわけだ」


「しかし、これらの心は、移住してきたネコたちや改革派のネズミたちに〝古臭い〟と批判されたんだ。そして、それに代わる〝ネコとネズミ共存のための新教育法〟が、新政府により先日発布されたんだ」



 まさか。ニャルザル軍の奴らが言っていた、個性とか自由とか平等とか言うやつか——?



「それは、〝個を尊重し、平和を求めるネコ及びネズミの育成〟。その内容は——」



 1、何物にも縛られず、自由に生きる権利の保証

 2、1匹1匹の〝ニャン権〟及び〝チュー権〟を主張する場の保証

 3、学校教育の機会と、就職及び就軍の機会を平等に

 4、スタートはみんな平等。より良い地位、より良い生活水準に到達するために、切磋琢磨し各々、努力しよう



「……どう思う? ゴマくん」


「何も知らなきゃ、自由に生きてイイ生活するために頑張ろうだとか思えたかもな。だがさっきの、ネズミの7つの優しい心にあったように、周りの奴らと力を合わせなきゃ、ネズミもネコも生きてけねえんじゃねえの?」



 チュータさんはコクリと頷いた。



「そうなんだ。要するに〝自分さえ良ければいい〟って事になってしまう。賢明な保守派のネズミたちと一部のネコたちは、この改革に反対しているんだ。それから……」



 チュータさんは、紙切れのような物を何枚かと、銀色の丸くて薄っぺらい物をボクに見せた。



「これは感謝の証〝エイコン〟に代わる、通貨〝チュール〟なんだ。貨幣経済が始まってしまった。何かサービスを受けるためには、これを支払う必要があるんだ。この社会で競い合い、勝ち抜いて頑張った者だけが〝チュール持ち〟になっていく。〝公正な競争〟という、名ばかりの弱肉強食システムが、築かれようとしている」


「あいつら、そういう話もしてやがったぞ。大量生産、大量消費だとかなんとか……。そんな事してたら、資源なんざあっという間になくなるんじゃねえか」



 チュータさんは一つため息をついて、椅子に座り直した。



「資源も、大切に感謝を込めて使わせてもらったからこそ、私たちの世界では豊かなんだ。しかしこんな社会になると、自分だけが良い思いをして、子や孫にツケを回す社会になってしまう。孫たちは防毒マスクをつけ、地下シェルターで暮らすような未来になるかもしれない。ゴマくんも阻止してくれまいか? ……この間違った政策を」


「ああ、任せてくれ。ニャルザルの奴らの企み、止めてみせる」



 ボクはチュータさんに見送られ、外に出た。深々と頭を下げるチュータさん。絶対に、ニャルザルの奴らに洗脳されるんじゃねえぞ。


 さあ、次はチップたちに会いに行って、この事を伝えるんだ。



 ♢



 ボクは道行くネズミの会話の内容に、耳を疑った。



「女と遊ぶの、やめられないなあ。〝チュール〟が足りねえや……」


「カジノでバーンと稼げばいいんじゃん! それか、ネコ対ネズミのガチンコバトル! 賭けチュールはネズミが8倍だぜ!」


「んなもん、ネコが勝つに決まってらあよ」



 女とギャンブルに溺れるネズミたち——。

 こんなネズミたち、見たことねえ。一体どうしちまったんだ。こうして、ニャルザルの奴らの言う通り、ネズミたちが狂獣化していくのか……。


 ボクは駅へと向かったが、やはりネコとネズミでごった返している。



「ミランダ、何回もすまねえ。チップん家までワープゲート出してくれ!」


『駅から乗り物に乗ってすぐじゃない』


「あんな混み混みなのはイヤなんだよ! それに時間もねえし」


『仕方ないわね』



 ボクはワープゲートをくぐり、チップたちの家の前にワープした。



 ♢



 着くなり、庭にいたチップがボクに気付き、駆け寄ってきた。



「あ! ゴマくん……、聞いてよ!」


「お、どうしたチップ」


「モモ姉ちゃんが、最近何だか怖いんだ……」


「怖いだと? あの優しそーな姉ちゃんが?」



 ボクはチップについていき、台所のドアをそっと開けて中を覗いた。

 モモが、テーブルに突っ伏してじっとしてやがる。



「おい、らしくねえじゃねえか、モモ」



 声をかけたら、モモはそっと体を起こし、ボクの方を見た。目の下にクマが出来てやがる。一体どうしちまったんだよ。

 モモは、掠れた声で答えた。



「自分が何なのか……わからなくなったの」


「何言って……。お前、あれだけ料理好きだったじゃねえかよ。それでいいんじゃねえの?」



 自分が何なのか、分からねえだと?

 こんなの、何て言ってやれば分からねえ。



「料理は好きだけど、結局私の自己満足なんじゃないかって……。専門学舎でも、私より料理上手な子なんて沢山いるし……」


「モモ、お前なあ! お前の料理を喜んでくれる奴がすぐ近くにいるじゃねえか! ほらここに! テメエの料理が食えなくなるなんて、ボク、イヤだぜ?」


「うんん。私なんかより美味しく作れるネズミなんてたくさんいる……」



 モモは再び、テーブルに突っ伏してしまった。話してても、どんよりとした後ろ向きな思いが伝わってきて、こっちまで気力を奪われそうだ。



「チップ……すまねえ。元気付けられなかった」


「うんん、こっちこそごめんね」



 玄関から物音がする。ネズミの父ちゃんたちが帰ってきたみてえだ。

 ボクはすぐに父ちゃんに、この事を伝えた。



「……モモ、まだ落ち込んでたのか。実はね、他の家でも、そういう子供たちが今はたくさんいるんだ。……個性を大事だと言われるあまり、自分とは何かが分からなくなるネズミたちが続出してるんだ」


「なるほどな。これもニャルザルの奴らの作戦か」


「にゃるざる? 何だいそれ?」


「ああ、実はな……」



 ボクは、ニャルザル軍の民族解体作戦について、ネズミの父ちゃんとチップに小一時間話した。

 ところが——。



「まさか。それは考えすぎじゃない?」


「そうだよ。民族解体とかニャークリアー何とかっていう恐ろしい兵器だとか、そんな物ありっこないさ! 星光団もいる事だし、そんなに深刻になっちゃダメだよ。もっと楽しい事考えようよ!」



 やっぱり、にわかには信じられねえらしい。ネズミの父ちゃんにもチップにも、この話は笑って流されてしまった。

 でもこれは事実なんだ。何とかして信じてもらわなきゃ……!



「往診です」



 話に夢中になっていた時、ネズミの医者が訪ねてきた。

 ボクは見覚えのあるその姿を見て、思わず声を掛けた。



「ハールヤのジジイじゃねえか!」


「おお、ゴマくん。これはこれは」

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