第39話〜虹色のワープゲート〜

 

「じゃんけん、ぽん!」


「あ、負けちゃった。ぼくが鬼だ。いち、にい……」


「チップが鬼か。よし、ヒミツキチとやらの奥の奥まで逃げるぜ。ルナ、行くぞ」


「待ってよ兄ちゃん! 引っ張らないでって!」



 何日も遊んでるうちに、ボクらはネズミのガキどもとすっかり仲良くなっちまった。かごめかごめとか、はないちもんめとか、ハンカチ落としとか、ボクの知らない色んな遊びを教えてもらった。


 今日もいつものメンツで、朝から鬼ごっこだ。

 ボクとルナは、鬼になったチップから逃げるために、ヒミツキチの奥までどんどん進んで行った。

 ルナが提案する。



「ねえ兄ちゃん。折角だしミランダに会って行こうよ」


「そうだな。ミランダの奴、どうしてんだろな。ん? 奥の方、何だか光ってねえか?」


「本当だ!」



 ヒミツキチの奥の奥で出会った不思議な風の精霊、ミランダ。そいつのお陰で、ボクらはムーンさんたちとまた会う事が出来たんだ。その時のお礼をしなきゃいけねえなと思っていたところだ。


 もうすぐミランダの住処だ。奥の奥まで足をすすめていると、地面の一部が虹色に光り輝いている様子が目に入った。それは円形になっていて、天井に向かって真っ直ぐに光を放っている。

 その近くの空中で、ミランダはじっとしていた。何やら呪文を唱えていたが、ボクらに気付くと、光を纏いながらヒラヒラと飛んで来た。



「ゴマくんたちじゃない。久しぶりね。あれからどう?」


「ミランダ! お前、こりゃ何なんだ?」



 ボクは、虹色に輝く地面を指差しながら尋ねた。ミランダは得意げに答える。



「ふふふ、やっと完成したのよ、〝ワープゲート〟。この光ってる地面に立って行きたい場所を念じれば、どこにだって行けるの」


「何だと⁉︎ すげえじゃねえか、お前!」


「キラキラ光ってて、すごく綺麗だね」



 行きたい場所を念じれば、どこへだって行ける。……って事は。



「……じゃあ、アイミ姉ちゃんの所……、ボクらの住処にも帰れるってのか?」


「もちろんよ。◎※¿……」



 ミランダが呪文を唱えると、虹色の光がさらに輝きを増し、そこに何かが浮かび上がってくる。



「……あー! 見て、兄ちゃん! 僕たちの寝ぐらの段ボールが見える!」


「すげえ! すげえなお前!」


「だって、からね。君たちを帰すように」


「ん? どういう事だ?」



 ——その時、後ろから声がした。



「ミランダさん、ありがとうございます」


「む、ムーンさん、いつの間に!」



 張り詰めた表情のムーンさんが、ボクらの後ろに来ていた。



「ゴマ、ルナ。このワープゲートを使い、アイミ姉ちゃんの所へお帰りなさい。メル、じゅじゅ、ポコ、ユキも一緒に」


「あん? でもまたすぐボクらは、ネズミの世界に戻って来……」


「明日、ニャンバラ軍が今度は大部隊を引き連れて、ここネズミ族の世界へと攻めて来る事が分かったのです。あなたたちを、危険な目に遭わせる訳には行きません」



 何だと……⁉︎ ついにニャンバラの馬鹿野郎共が、攻めて来やがるのか!

 だがこのまま何もせず帰るなんて、ボクは当然納得出来なかった。



「そんな、ボクだって戦えるから! だってボクはもう、星光団の一員じゃねえか⁉︎」


「ゴマ、あなたはまだ本格的な戦いには慣れていません。お願いです、ここは私たちに任せて下さい」


「アイツは、スピカはどうするんだよ! それにチップたちも……」


「……ゴマくん。これは、僕からもお願いするよ」



 チップの声。コイツもいつの間に来てやがったんだ……!



「うわ! 見つかったか、次の鬼は誰だ⁉︎」


「何言ってんの兄ちゃん、鬼ごっこはもうおしまい。今は真面目な話してるの!」



 チップはひと呼吸置くと、じっとボクらを見つめてから口を開いた。



「……ごめんね。ゴマくんたちを巻き込んで、危ない目に遭わせたくないんだ……」


「おいチップ、そりゃねえぜ。ボクだってもうテメエの……仲間じゃねえか……!」


「でも……」


「ボクだって戦えるからよ! 絶対テメエらの世界、守ってやっから……!」



 押し問答を続けていると、メルさん、じゅじゅさん、ユキ、ポコの声も耳に入ってきた。



「ほら、ゴマたちの荷物」


「みんなで帰りましょう〜。じいちゃんのネコ缶も食べたいし〜」


「久しぶりのお家ね」


「やっと帰れる……。もう怖い思いしなくて済むのか」



 ちょっと、待てよ待てよ。何を勝手に決めてんだ。

 ボクはもう星光団の一員だ。敵が大部隊なら尚更、1匹でも多く力を合わせなきゃいけねえじゃねえか。

 ボクだって戦える。ニャンバラの馬鹿野郎共をブチのめしてえ気持ちは、他の誰よりも負けてねえつもりだ。


 ——そんなボクの気も知らず、チップはニコッと笑って言う。



「みんなで見送れずに、ごめんね。平和になったら、また遊びに来てよ。ゴマくん、ルナくん。短い間だったけど、ありがとう」


「おいチップ‼︎ 何勝手な事を言って……」


「さあ、早くあなたたちはワープゲートを通ってお帰りなさい。私たちは必ず勝ちます。信じてください」



 ムーンさんがボクの言葉を遮る。



「待ってくれよムーンさん‼︎ ボクだって戦えるから! 勝手に決めねえでくれよ……!」



 メルさんたちは虹色に光る地面に移動したが、ボクはその場を動かずムーンさんに訴え続けた。

 ——直後、ボクと同じくらいの背丈の、土で出来た人形が突然、目の前に立ち塞がる。



「ゴマくん、ゴメンね。ミニゴーレム!」



 ミランダがそう言った途端、土人形がモゾモゾと動き出したかと思うと、突然、ボクの背中に鈍痛が走る。

 気付けば、ボクは虹色に光る床に転がり込んでいた。土人形に、思い切り蹴飛ばされちまったようだ。



「痛え! この野郎……‼︎」



 蹴られた痛みで身動きが取れない。周りの景色が、段々と溶けていっちまう。



「これでみんな、ワープゲートの上に乗ったわね。じゃあ、ゲートを閉じるわね」



 ミランダのその言葉を最後に、目に映る景色が真っ白になる——。



 ♢



 光が晴れ、目に映った場所は——。

 ボクらの住処、アイミ姉ちゃんの家のガレージだった。

 うっすらと雪が積もる、見慣れた風景。ひんやりとした空気がボクを包んだ。



「みんな、いるわね。無事に帰ってこれたわね!」



 メルさん、じゅじゅさん、ユキ、ポコ、そしてルナ。ムーンさん以外みんな、元の世界に帰ってきた。

 ボクらが出てきた虹色のワープゲートは、もう完全に消えてしまっている。



「さあ、後は母さんたちを信じましょ」


「うん〜。私たちは私たちの生活があるからね〜。ふあ〜」


「私も、お腹の赤ちゃんのために身体大事にしなきゃ」


「もう、出掛けたくないや。ずっと引きこもってよう」



 着ていた服もみんな消えてしまい、ボクらは全員、四足歩行に戻っていた。久しぶりの〝普通のネコ〟の感覚に、戸惑いを覚える。

 座りながら俯いていると、ルナが慰めの言葉をかけてきた。



「兄ちゃん、しょうがないよ。元気出しなよ」


「るせぇなルナ。納得がいかねえ。夜中にまた抜け出して、もう一度神社の奥の森へ行って……〝ワームホール〟からネズミの世界へ行ってやる。ニャンバラの奴らは、〝ワームホール〟から攻めてくるっつってたから、きっとまたあの場所に〝ワームホール〟はある筈だ」


「ダメだよ。メル姉ちゃんが、森には行かないよう夜通し見張るって言ってたから。ムーンさんにそう言いつけられたって」


「クソッタレ……。何でなんだよ。何で〝友達〟がピンチなのに、何もしねえでいなきゃいけねえんだ……!」



 ガラリと音を立てて、裏口の扉が開いた。アイミ姉ちゃんだ。



「あ! みんな、どこ行ってたのー? 心配したよー?」


「んにゃーお。ごろごろ……」


「みゃあーん」



 アイミ姉ちゃんが靴を履いてガレージに下りてくると、ポコを先頭にみんな尻尾を立てながら、アイミ姉ちゃんのところへ駆けていく。



「よしよし、後でゴハンたくさん持ってくるからね」



 みんな順番に、アイミ姉ちゃんに撫でてもらっていた。——ボク以外は。



「あれ、ゴマ? 今日は機嫌悪いのかな?」



 ボクは呼びかけられても一切反応せず、1匹で段ボールにうずくまりながら、ずっと考えていた。


 ……そりゃないよ、ムーンさん。ボクを星光団の一員として、認めてくれたんじゃなかったのかよ……。

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