第29話〜破壊された街で〜

 

 既に日が沈み、辺りは暗くなり始めていた。


 ボクらはここまで来た道の記憶を辿り、草原を越えると、あの卵が連なったような形の列車の通っていたレールの方へと向かった。あれに乗れば、おそらく街に行けるはずだ。

 途中、商店街のような場所を通ったが、ネズミの姿はただの1匹も見当たらない。


 卵形の列車が見えてきた。が、動く気配がない。やはりネズミの姿もなく、駅の入り口のシャッターも閉まっていた。



「なんだなんだ、これじゃ街へ行けねえぜ!」


「ニャンバラ軍が攻めてくるから、みんな避難してるのかなあ?」



 ——しめた。たった1台、タクシーが動いてる。

 ボクは全力でタクシーの方へダッシュし、道路の真ん中に仁王立ちした。



「わわわ、危ない! な、ネコ族がこんな所まで……!」


「ボクらはニャンバラの奴らじゃねえ! おい、街まで乗せろ、急げ!」


「まま、待って下さい、街は今危険です! この車も間も無く車庫へ帰るところで……」


「うるせえな! 家族が危ないんだよ! どけ‼︎」



 このタクシー、前の方にたった1つモニターがあるだけだ。おそらく自動運転なのだろう。モニターには立体の地図が表示され、〝Chutopia2120〟と書かれた場所に大きな都会らしきものが映っていた。

 ボクはその場所をネコパンチで連打すると、タクシーは方向を変え、森へ続く道へと走り出した。森を抜けた所が、ネズミどもの街だ。



「ああ、動き出しちゃったあ。お客さん、どうか落ち着いて」


「チィッ! もっと急げ‼︎」



 このネズミの世界というのは、ボクらの住処の近くにある神社の奥、木々が鬱蒼と茂る森の中の開けた場所にあって、ドームのような結界に守られているんだ。元のサイズのボクが30歩ほど歩けば、ドームの端から端に行ける程度の広さの世界だ。

 ニャンバラの奴ら、そんな手狭な世界に攻めて来てどーすんだと思ってたが——どうやらボクの思い違いだったようだ。結界の中は、どうやら無限にネズミの住む世界が広がっているらしい。

 

 そんな広大なネズミの国の森の中の道路を、タクシーは滑るように走る。エンジンの音も、揺れも、全く無い。

 ボクは乗務員のネズミに尋ねてみた。



「お前、さっきから何もしてねえじゃねえか。この車、一体どうやって動かしてんだ。車輪も無えし、宙に浮かんでやがる。不思議な車だな」


「このタクシーは地磁気のエネルギーを使ってるんだ。目的地を入力すれば、管制センターが全自動で操作してくれる。さっきみたいに誰かを轢きそうな時も、自動ブレーキが作動するから、事故は一切無いんだ」


「すげえな、ネズミの世界の文明って。そりゃあ狙われるわけだ」



 森を抜け、街が見えてきた。

 所々、火の手が上がっているのが見える。建物も、ボロボロにぶち壊され、もうもうと煙が上がっている。

 ニャンバラの野郎ども、この平和な街に、何て事をしやがるんだ……‼︎



「おい、住民は避難したのか?」


「ええ、警報が出て、住民は地下や安全な場所へ避難しております」



 タクシーは、広々とした公園の近くを通りかかろうとしてる。広場の中心には、辺りを見下ろす4つの花。見覚えのある公園だった。——そう、ボクらが最初に訪ねた公園だ。

 建物の陰に、あの時ボクらが居眠りをした箱が変わらず置いてあった。ここから道路を渡って森の中を進めば——あの変なトンネル〝ワームホール〟があるはずだ。ムーンさんたちは、きっとそこにいる。



「ここでいい。降ろせ! お代は払えねぇから、後で鰹節でもくれてやらぁ」


「危ないから、君たちも早く隠れてね!」



 ボクはルナを引っ張ってタクシーを飛び降り、森の中へとダッシュした。



「ボクらがこの世界に来たあの変なトンネルは……こっちだ!」


「引っ張らないでよ兄ちゃん、もう‼︎」



 ————その時‼︎



「そこまでだ」



 ドスの効いた声が、後ろから聞こえた。



「クソ、誰だ! 邪魔すんじゃね……⁉︎」


「〝サターン〟の狙撃手、ミマスに目ぇつけられたからにゃあ……貴様らの命はもうないぜ」



 声がした方に振り向くと、何と真っ黒なフードを被ったトラネコが、こっちに向けて銃を構えていた。

 ルナがボクの後ろに隠れる。



「怖いよ‼︎」


「ルナ! 今は喋るな!」



 ミマスという名のトラネコは、銃を構えたまま言葉を続けた。



「貴様ら、スパイのゴマとルナだよなぁ? 任務に失敗した貴様らを、殺せとの命令が出ている。覚悟しろ」



 ……やはり、ニャンバラ軍の奴だった。

 ボクは恐怖よりも、怒りの方が圧倒的に勝っていた。ガクガク震えるルナの手を、ボクはガッシリ握りつつ、ミマスを睨みつけた。



「……ルナに手え出してみろ。ボクがテメエを、ズタズタにしてやる……!」


「ハハ、お前の爪より俺の銃弾の方が速いぞ。死ねぃッ!」



 ——ミマスが、銃の引き金を引こうとした瞬間。



「やめなさい!」



 ズバァッ‼︎ という音がした時、ミマスは道路の方へ弾き飛ばされ、持っていた銃はカランと音を立てて地面に転げ落ちた。



「クソ‼︎」



 ミマスは態勢を立て直し、銃を拾いに行こうとする。——が、今度はどこからか光の塊のようなものが飛んできて、ミマスを襲った。



「ぐわっ‼︎」



 閃光がほとばしり、ミマスはその場に倒れ込む。

 振り向くとそこには——何と、紫色のローブに身を包んだ、ムーンさんの姿があった。



「ム、ムーンさん⁉︎」



 今のは、ムーンさんがやったんだろうか。



「ゴマたちは隠れて下さい!」


「ムーンさん、何なんだその格好……⁉︎」



 ローブに、杖に……って、どこでそんな小道具を用意したんだろうか。 

 そんな事を考えている間に、今度は銀色の鎧をまとった白ネコがこっち向かって駆けてくる。



「〝星光団せいこうだん〟ソール、今戻った」


「ソール、ありがとうございます。結界通過トンネルの封鎖は上手くいきましたか?」


「いや、あのトンネルの仕組みが分からないゆえ、手こずっている。しかし敵はまだ少数。今のうちに我々だけで、捕らえてしまおう!」



 ——セイコウダン? 何だそりゃ。


 ソールと名乗る白ネコは、頑丈そうな銀色の鎧に身を包み、剣と盾を装備している。額に、菊の花の形をしたような紋章が光っている。

 もしやコイツが、ムーンさんの仲間なのだろうか。



「急ぎましょう、ソール」


「ああ! 行くぞ、ムーン‼︎」



 とりあえずボクらは、ムーンさんと、ソールとかいう奴の後を追う事にした。



「来い、ルナ!」


「うん!」



 ……と、今度は森の中からガサゴソ音を立てて、また誰かが出てきやがった。

 敵なら、容赦しねえ。ボクは振り向き、ツメを構えた。



「出たな、ニャンバラのクソ野郎め! ……あ‼︎」


「ゴマ⁉︎ なんでここに! ネズミさんのところにいなさいって言ったでしょ!」


「早く〜! 一緒に森に隠れて〜!」



 茂みから出てきたのは、メルさんとじゅじゅさんだった。ボクはすぐにツメを引っ込め、ルナと一緒に駆け寄った。



「メルさん! これはどういう事だよ」


「メル姉ちゃーん‼︎ 怖かった……うわああん!」



 ルナは声を上げながら、メルさんに飛びついた。



「よしよし、もう大丈夫。ゴマ、早くこっち来なさい!」


「あ、ああ。それより、ムーンさんのあの格好は何なんだ⁉︎」


「……〝もふネコ戦隊——星光団〟。世界の平和を守る、正義の戦隊よ!」

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