第5話〜謎のキジトラの青年〜


 戦争や兵器などが一切無く、皆が幸せに生きる理想郷とやら。

 そんな世界、ボクは見たことも無えし聞いたことも無え。何だ、センソーとかヘイキって。


「訳が分かんねえ。そんな世界、聞いたこともねえよ」

「はは、やっぱりそうか。あの話はやっぱり、インチキ話なんだろうな」


 シリウスは苦笑いのような表情を見せると、ニャイフォンに向かって何かブツブツと話し始めた。誰かと連絡を取り合っているのか? 何を話していたかまでは分からねえが。


「……ゴマくん、ルナくん」


 話を終えたシリウスは、またボクらの方に向き直った。


「君たちの住む場所を用意する。案内してくれるネコをいま呼んだから、少し待っててくれ。最初の1ヶ月は、家賃は要らないからね」


 何言ってんだ、コイツは……?


「住む場所だと? ヤチンって何だ?」

「そこで住むために月々にかかる費用の事だ。……まあ、今は気にしなくていい」


 住む場所を用意するって、まさかずっとこの変な地底世界に居ろってことか? 地上にはもう帰れないのか?

 ルナの目が潤んでいることに気付いた。


「おい、ルナ……?」

「帰りたいよ、僕……」

「だよな。まあしばらくの辛抱だ。……いや、帰れる保証はないがな」

「やだよう……」

「泣くな。逆に考えてみろよ。こんなすげえ冒険初めてじゃねえかよ! ボクはすげぇーワクワクしてる。……まあ、これ以上変なヤツに関わるのはゴメンだが」


 ルナをなだめながらしばらく待っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「お、来たか。早いな。入ってくれ」


 シリウスの声ののち、ガチャンとドアが開く。


「失礼します」


 ドアの向こうから姿を見せたのは、コバルトブルーの上着とズボンをピシッと着こなした、ボクと同じくらいの背の、キジトラの青年だった。

 上着の下は白いワイシャツに、オレンジ色のネクタイが着けられている。宝石みてえな透き通った青い目をした、爽やかで清潔感のある好青年ネコってな感じだ。

 そいつが、チラッとボクらの方を見る。


「やあ、地上から来たというネコさんたちはこの子たちかい?」

「ああ」


 キジトラの青年はニコッと爽やかに笑いながら、挨拶を始めた。


「やあ! 初めまして。僕はこれから君たちを案内させてもらう、【プレアデス】だよ。よろしくね」


 プレアデスはピシッと背筋と服のえりを正した後、深々とお辞儀をした。

 どうやら、悪いヤツじゃなさそうだ。だからボクも、丁寧に名乗ってやった。


「ボクは地上から来たゴマだ。こいつは弟分のルナ。世話になるぜ」

「うう……」

「ルナ、お前も泣いてないで挨拶しろ」


 ルナは、すっかり俯いてしまっている。


「無理もないよ。知らない世界に放り出されて、帰るすべもない。きっと疲れもあるんだろう。早く部屋に案内しなきゃね。じゃあ、早速行こうか。僕についてきて」


 プレアデスはボクらを手招きし、ドアを開けた。

 ボクはルナの腕を引っ張る。


「おい行くぞ、ルナ」

「うん……」


 色々と気になる事はあるが、とりあえず、プレアデスについて行く事にした。

 シリウスは、部屋の机に散らかった小魚のスナックの残りカスを掃除しながら、ボクらを見送った。



 プレアデスに案内され、ボクらは警察署とやらの外に出る。


 ピンクがかった空に、大きく輝くお日様。見た事もねえ色と形をした草木。建物、乗り物、道路、全てがネコサイズの、2足歩行のネコだけが暮らす世界。

 ボクとルナは慣れない2足歩行で、慣れない景色の中、ひたすらプレアデスについて行く。


「なあプレアデスよお」

「ゴマくん、どうしたんだい?」

「何で、地下なのに、お日様が出てんだよ」


 ボクは、煌々こうこうと輝くオレンジ色のお日様を指差した。


「あれは正式には、【セントラル・サン】っていうんだ」

「何だそれは。あれはお日様じゃねえのか」

「それについては……、部屋に着いた時にでも解説するよ。今はから、ちょっと急ぐよ。あ、ご飯もちゃんと用意してあるから」


 プレアデスは、持っているカバンから美味そうな魚の干物をちらつかせてきた。

 今度は一体、どこへ連れて行かれるのだろうか。


 周りを見れば、やはり服着たネコばかりが2足歩行でその辺をウロウロしながら、ネコ同士でペチャクチャ喋ってやがる。

 そしてやっぱり、ネコどもの表情が何となく暗いような気がした。



「到着。このアパートの2階だよ」


 プレアデスが指差した先には、3階建てで横長の、ボロっちい建物があった。壁は埃や土で汚れ、窓は所々ヒビが入っている。


 ギリギリくぐれるようなサイズの扉を開けると、ギィーっという音が薄暗い廊下に響いた。

 中に入ると、ウンコのようなニオイと埃のニオイが混じった空気が、ムワッと鼻をつく。2本足で、ギシギシきしむ階段を上っていく。実に時間がかかる。4本足なら、このぐらいスタスタって登ってやるのに。


「おいプレアデス、こんなきったねえとこに住めってのか?」

「うん。見た目はボロアパートだけど、部屋は悪くないと思うよ。……着いた。この部屋だよ」


 2階の廊下の突き当たり、右側にある、ボロボロの木の扉の前に着くと、プレアデスは扉の鍵穴に鍵を突っ込んだ。キィーという音と共に、扉が開く。

 そこは畳の部屋で、昼のような明るさの照明が天井に2つ。いくつかの座布団に四角形のテーブル、そしてボールや、アスレチックみてえな遊び道具がある。

 これなら、ルナの奴も退屈しないだろう。


「おいルナ?」

「眠い……」

「なあ、プレアデスよ。段ボールのでかいやつとかあるか?」

「段ボール? 何に使うんだい?」

「寝床に決まってるだろうがよ」

「変わったところで寝るんだね。布団ならあるよ。そこのふすま開けてみて」


 言われるまま、ふすまを開けてみると、何やらフカフカした物が畳まれていた。なるほど、そいつを敷いて寝るのか。早くルナの奴を寝かせてやらないと。


 ボクがいつも包まっている毛布よりもフカフカした布団とやらにルナを寝かせると、すぐにスースーと寝息を立て始めやがった。


「なあプレアデスよ、ボクらはいつ帰れるんだよ?」

「その事についてはまた後日、伝えるね。今日は疲れただろうから、ゆっくり休むといい。あ、危ないから外には出ないようにね。何かあったら、僕のニャイフォンに連絡ちょうだい。それじゃ、また明日朝にね」

「おいこら! 待てよ!」


 呼び止めようとしたが、プレアデスは部屋のカーテンを閉めると、そそくさと扉を閉めて鍵をかけ、出て行っちまいやがった。

 外にも出るなって言われてるし、ボクは諦めて、言われた通り休むことにした。

 ルナの奴は、よほど疲れていたのだろう。死体のように眠ってしまっている。



 こうしてボクらは、見知らぬ地底世界“ニャンバラ”ってとこに来てしまったんだ。

 正直に言うと不安だった。帰れる保証もない。どんな変な奴がいるかわからない。

 アイミ姉ちゃん、ムーンさん、じゅじゅさん、メルさん、ポコ、ユキ……。もう会えないなんて、考えたくもなかった。その気持ちは、きっとルナも同じだ。

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