第22話〜懐かしい声〜

 

「おーきーてー! ゴマくん! それー‼︎」


「うぎゃあっ‼︎」



 いきなり、何かが背中に乗っかってきた。口から心臓が飛び出そうになる。瞼を開けると、窓から射し込んでくる朝の光が目に入った。



「……チップ! テメエ‼︎ そんな起こし方があるか‼︎」


「あは、ごめんごめん。びっくりさせちゃった? もう朝ごはんの時間だよー! みんな揃ってるよ!」



 もう朝か。ちょっと早くねえか? いつもならもう少し寝てる時間なんだが……。


 ボクは目をこすりながら1階へと下りて行った。ルナの奴は先に起きて、朝飯作りの手伝いなんかしてやがる。すっかり、ネズミどもに馴染んでやがった。

 力合わせて生活するって話だから、しぶしぶボクも朝飯作りを手伝う事にした。



「みんな揃ったね。いやあ、ゴマくんルナくんが手伝ってくれたおかげで早く朝ごはんの支度が出来たね。じゃあ、いただきまーす!」


「いただきまーす!」



 ネズミどもは、みんなして早起きだった。

 いつもならぐっすり寝てる時間だってのに、チップに叩き起こされるわ、朝っぱらから野道を歩いて近所のネズミのオッサンのとこへ野イチゴ貰いに行かされるわで、完全にボクの生活ペースが乱されちまった。だが、この世界の朝の空気の清々しさに、ボクはスッキリとした気分になった。



「冬も近いし、今日は山まで食べ物たくさん取りに行かない?」


「いいわね。みんなで行く?」


「さんせーい!」



 ……ネズミどもが何か決めてやがる。これ、絶対ボクらも行かされる流れじゃねえか。今日くらいゆっくり寝かせてくれよ……。ここ連日の事で疲れてんのに。

 それに今日はボクらは、メルさんたちと会う日なんだ。順調にこっちに向かってれば、夕方には会えるはずなんだ。


 ボクは澄んだ秋の空を見上げながら、大きくあくびをした。



 ♢



「さあ、しゅっぱーつ!」


「しゅっぱーつ‼︎」



 結局、昼から食い物集めについて行く事になっちまった。

 1時間ほどかけて、山道を歩いて行くらしい。四足歩行なら楽なのになあ……。



「たくさん運ぶから、手分けしようね」


「おうよチップ……、しゃあねえなあ」


「えへへ、楽しみ」


「お前ら元気だな、ほんと」


「うん! 毎日がすっごく楽しいんだ」


「チッ、羨ましいぜ。こっちなんか毎日苦労の日々だぜ」


「だって、みんなと暮らすのが嬉しいし、おっきな夢もあるし」


「夢? どんな夢なんだ」


「えへ、お父さんみたいに、今よりもっとおっきな家にたっくさんの家族で住むんだ。そして、マサシお兄ちゃんとまた会うの」


「ふぅーん。そりゃご大層な夢だな。……それで、そのマサシとやらは一体何者なんだ」



 ボクはずっと気になっていたマサシの正体について、訊いてみた。

 何で、ニンゲンがこのネズミの世界にいたのか。何で、ネズミどもと仲良さそうに馴染んでやがったのか。

 チップはにっこり微笑みながら答えた。



「マサシくんはね、……大切な友達なんだ」


「そうじゃねえよ。何のために何処から来たんだって事が知りてえんだよ」


「うーん、おじいちゃんが言うにはね、〝ニンゲンとしての本当の生き方を思い出すため〟、とかだった気がする」



 ——ニンゲンとしての本当の生き方を思い出す? そのためにこのネズミの国に? ちょっと意味が分からねえ。この事はまた後で、ネズミのジジイに詳しく聞く事にしよう。

 ボクはもう一つ、気になる事を訊いた。



「で、マサシはまた、ネズミの世界に来やがるのか?」


「……うんん。おじいちゃんが言うには、マサシ兄ちゃんはもう二度と、こっちの世界に来れなくなっちゃったみたい」



 何だと?

 あれっきり、もう会えねえってのか……。

 マサシもチップもお互い、1番の友達だとか言ってたよな。なのに何でだ……。そんなのって悲しすぎるじゃねえかよ。



「……だからあんなに泣きべそかいてたのか」


「ゴマくん見てたの⁉︎ ……でもね。また会う約束したんだ。大丈夫、マサシくんはきっと会いに来てくれる」


「……そうか」



 ……そうやって何かを信じる奴の瞳って、キラキラと輝いてんだ。ボクはチップのその瞳を見て、少し心を打たれちまった。


 そうこうしているうちに、目的地に着いちまったようだ。



「さあ、着いた着いた。まずは松の実チームと、きのこチームに8人ずつ分かれよう。いい具合に集まったら、みんなここに集合でいいかい?」


「そうね、じゃあ松の実チームは私と行きましょ」



 ネズミの父ちゃん母ちゃんも、子供のように張り切っていた。——この世界のネズミはみんな、ねじれの無い純粋な心を持っている。言い方は悪りいが、悩みなんか無さそうだ。



「ルナくん、きのこ組だね!」


「うん!」


「じゃあボクは松の実組だ」


「それじゃ、みんなたくさん集めようね!」


「おおー!」



 ネズミたちとボクらは、山の中をうろつきながら、松の実にきのこ、その他にも色々な数多くの山の食い物を、カゴに集めて回った。



 ♢



 ……ふん、こんだけ集めりゃ上出来だろ。



「すごいねゴマくん。よくこんなに集めたね」



 長男のトーマスが話しかける。



「ゴマでいいぜ。このくらい余裕だ。匂いで松の実の場所もわかるし。トーマスもなかなかやるじゃねえか」


「トムでいいよ、呼びやすいでしょ? いやあ、運ぶのが大変だよ」


「ああ、そういやそう呼ばれてたな。トムお前持ちすぎなんだよ、少し分けろ。さ、早く集合場所戻るぜ」



 ボクも、少しずつ馴染めてきたっぽいぞ。こんな個性いっぱいの賑やかな家族も、悪かねえ。



「ありがとう。ゴマくんルナくんのおかげでずいぶん助かったよ」



 カゴいっぱいの松の実ときのこ、腕に抱えられるぐらいのデカさの栗の実、他にも数多くの木の実を持って、ボクらは再び集合した。冬を越すために、毎年この時期にたっぷりと食い物を集めるんだそうだ。



「よくこれだけ集めてくれたわね。ほっほ、みんなとも仲良くなったようね。ありがとうね、ゴマくん、ルナくん」



 ネズミのばあちゃんは、水筒のお茶を飲みながら、微笑みかける。いっぱい歩き回ったはずなのに、疲れひとつ見せねえ元気なばあちゃんだ。



「ふん、ボクらにかかりゃあこんぐらい余裕だぜ」


「はい、とても楽しかったですよ。こんな体験ができるなんて」



 正直言って、めちゃくちゃ充実した時間だった。普段のネコ生活じゃあ、こんな体験絶対出来ねえ。それに草花や虫やなんかが、普段見ているサイズの何倍ものデカさで、大迫力だ。見ていて全く飽きねえ。



「ふふ、帰ったらみんなで食べましょ」


「さあ、日が暮れる前に帰ろうー!」



 またみんなで、枯葉を踏み鳴らしながら、オレンジに染まる山道を下りていく。チップたちは疲れも見せず、はしゃぎ回っていた。

 林を出ると、ネズミどもの家が見えてきた。


 ————その時だった。


 庭の方から、何だか聞き覚えのある声がする。



「おかしいわね、ここにいるって聞いたはずなのに」


「そのうち帰ってくるでしょ〜、ふあ〜……」

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