第21話〜温かい〝家族〟〜

 

 メルさんたち家族がボクらを探しに来ている事を、ボクはネズミどもに伝えようとしたが、ネズミどもはさっき帰って行ったあのニンゲン、マサシの話で持ちきりだった。

 ピンク色のエプロンをしたネズミのガキが、笑顔を見せながら話す。



「ふふ、マサシくんが教えてくれた料理、美味しかったわ。また作るわね」


「ほっほ、モモは料理の腕をまた上げたのう……。そうじゃ、ゴマくんルナくんは、マサシくんの事は知ってるのかい?」



 ネズミのジジイが尋ねてきた。

 ……ジジイにしちゃあ滑舌も良くて、どことなく若々しさを感じる。隣で末っ子ネズミをあやしてるババアも、背筋がしゃんとしてて言葉もハキハキとしている。コイツらに限らずこの世界で見るジイさんバアさんは、どうにも〝老けてる〟って感じがしねえ。あのプルートのジジイとは大違いだ。やっぱ、みんなイイもん食ってるからだろうか。



「ゴマくんや……?」


「ああ、すまねえ。ボーッと考え事してた。さっきまでこの世界に来てたニンゲンの事だろ? つーかよ、そもそも何でこんな所にニンゲンがいるんだよ」


「……その理由を話すと、長くなるんじゃが……。ゴマくんたちも、別世界のネコさんじゃな。どうやってここまで?」



 とりあえずボクは、ジジイの質問に答える事にした。



「なんか、ニャンバラとかいう地底世界の、プレアデスってネコに騙されて、ボクらの世界とこのネズミの世界をつなぐ変なトンネルをくぐって来ちまったんだよ。で、そのプレアデスとはぐれっちまって、元の世界に帰れなくなっちまったんだ」


「……プレアデスというネコ、見てませんか? キジトラ模様の。僕らと同じように、服着て言葉を話すネコさんです」



 ルナはほっぺたについたセキハン粒をぬぐいながら、尋ねた。



「うーん、見てないなあ。みんな、プレアデスくんというネコ、知ってるかい?」



 ジジイが尋ねたが、ネズミどもは一斉に首を横に振る。

 ——と、今度は、ネズミの父ちゃんが尋ねてきた。



「そのプレアデスくんの案内がなければ、元の世界に帰れないのかい?」


「おうよ。全く迷惑な話だぜ。そんでよ、ボクらはお前らネズミ族に絶対に見つかっちゃダメだとか言われてよ」


「そう、ずっと隠れながら、野宿生活だったんだよね」



 それを聞いたネズミどもは、みんな揃って目を丸くした。



「おかあさん、ねむたい……」


「ミライ、もう少ししたら寝ましょうね」



 ——母ちゃんに抱かれてる、1番ちびっ子のネズミ以外は。



「でもまあ、この世界に来なきゃ、こんなうまい飯食えなかったし、あんたたちにも会えなかった。ごちそうさん。ありがとよ」


「ありがとう、ごちそうさまでした」



 ボクらはセキハンを完食し、席を立って帰ろうとした。するとチップの奴も立ち上がり、ネズミのジジイに尋ねた。



「そっか。じゃあ……、マサシ兄ちゃんと同じように……、いいよね? おじいちゃん」



 ——ん? 何がいいんだ?


 ネズミのジジイはニッコリ笑って、頷いた。それを確かめたチップは先回りしてボクらの前に立つと、少し間を置いて言った。



「ねえね、ゴマくん、ルナくん! 元の世界に帰れるまで、うちで僕たちと一緒に生活しないかい?」



 ——ネズミどもと一緒に、こんなにステキな木の家に住まわせてくれるってのか。ったく、どんだけいい奴らなんだよ、コイツらは。

 ネズミどもみんな、ウンウンと頷きながらこっちを見ている。



「……いいのか?」


「すごく嬉しいんですけど、僕たち何もしてあげられないですし……」



 ルナは遠慮がちにそう言ったが、コイツらにはそんな断り文句は通用しなかった。



「気にしないで。今日から君たちも家族だよ」


「うふふ、そうね。よろしくね、ゴマくん、ルナくん」



 ネズミの父ちゃんも母ちゃんも笑顔でそう言うと、5匹のネズミのガキどもはみんな嬉しそうにはしゃぎ出した。



「やったあ、また新しい友達ができた! これからよろしくね!」


「よろしくね。また一緒にお料理作ろ!」


「ふふ、ゴマくんルナくん、明日いっぱい遊ぼうね!」


「やったやった! ルナ兄ちゃんと暮らせるんだー!」


「ネコさんだネコさんだ! わーい!」



 ここまで喜ばれると、悪い気もしなかった。なら、こっちも遠慮する理由は無え。



「ルナよ、なんかもうそういう流れだぜ」


「……ありがとうございます。お世話になります」


「うん! じゃあゴマくんにルナくん、これから一緒に力合わせて生活して行こうね!」



 ——そんな訳で、ボクらは9匹のネズミの家族のもとで、しばらく暮らすことになったんだ。

 まさか、いつも獲物にしてるネズミとこうしてお喋りして、世話になるなんて。今までコイツらの仲間を獲って食ったりして申し訳ねえ気持ちになっちまう。

 ネズミどもの世界をさまよって数日、ここにきてやっと落ち着ける場所が見つかった気がした。



「ふふ、よろしくね。お風呂に入ったらゆっくり休むといいよ。ゴマくんたちのベッド用意するから……、あ‼︎」


「ん? どうしたんだチップよ」


「アルが言ってた2匹のネコさんって、君たちだったんだね!」


「あ? 何の事だ?」



 突然チップが、訳の分からねえ事を言い出す。



「僕の友達のアルが、今朝2匹のネコを見かけたって言ってたんだ。まさか君たちだったなんて。あ、アルの事はまたみんなで遊ぶ時に紹介するよ!」


「お、おう……」



 結局ボクらは、ネズミどもには見つかってたって事だ……。



 ♢



 ボクは遠慮せず、思いっきり床に寝転んだ。こんなに伸び伸びと過ごせる空間は、初めてだった。が、存分にくつろいでやろうと思っていたところにルナが駆け寄ってきた。



「兄ちゃん、ミランダに確認しとかない? メル姉ちゃんたちの居場所」


「チッ、せっかくのんびりしようと思ったとこなのに……ま、仕方ねえ。おーい、ネズミのじいちゃん! ちょっくら、出かけてくらあ」


「ああ、お風呂沸かして待ってるからね」


「行ってらっしゃーい!」



 メルさんたちはちゃんとこっちに向かってきているのかは、やっぱり気がかりだった。合流できたら、是非このネズミの家族を紹介してやりてえ。


 外はすでに真っ暗だった。ボクらは目を光らせて、ネズミのガキどもが〝ヒミツキチ〟と呼んでいる、ミランダのいる洞窟へと入って行った。



 ♢



「おうミランダ、いたか」


「遅いじゃない。何してたのよ」


「あそこの木の根っこで暮らしてるネズミの家族んとこでメシご馳走になってたんだ。んで、あの家で明日から世話になる事になった」


「あら、それはよかった。ね? 親切なネズミさんたちでしょ」


「ああ。それはそうと、メルさんたちは今何してんだ」


「もう、そこまで来てるみたいよ」



 ミランダがまた変な呪文を唱えだすと、壁に——、ユキとポコがイチャついてる姿が映し出された。



『ユキ、その服似合ってるよ♡』


『ポコも♡』


『もう、こんな時にイチャイチャしないの!』



 馬鹿野郎どもが……。合流したら、思い切り冷やかしてやろう。



『母さん、また何か聞こえたよ。この駅から丸い乗り物に乗って、2つ目の駅を降りて真っ直ぐ歩けば、ゴマたちがいるって!』


『分かりました、メル。その前に一度、この駅の宿泊施設に泊まっていきましょう』



 ミランダが、魔法でメルさんにボクらの居場所を伝えてくれているようだ。

 ムーンさん、メルさん、じゅじゅさん、ユキ、ポコ。みんな揃ってちゃんとこっちに向かっている。ボクはホッと胸を撫で下ろした。



『……ねえ、未だに服着て二足で歩くの、慣れないんだけど。じゅじゅはどう?』


『私は〜この服ふわふわして好きだな〜。メルも似合ってるじゃ〜ん』


『なんか夢見てるみたいだね、ユキ。ゴマたち僕らの姿見たらびっくりするかも』


『さあ……。ゴマたちも同じように服着て二足歩行になってるんじゃない? あ、母さんが呼んでる』


『さあ、チェックインしますよ。この施設で美味しいご馳走が食べられますからね』



 みんな元気そうだ。そして服着たみんなの姿は、なかなかの新鮮さだった。

 早く合流してえな。メルさんにシバかれるのは辛いけどよ。



「ムーンさんたち、一泊してくるみてえだな。てことは、明日には合流できるかもな」


「ミランダさん、本当にありがとう」


「どういたしまして。じゃ、ネズミさんのところ戻る?」


「ああ、そうするぜ。世話んなったな、ミランダ」


「ありがとう、ミランダさん! また困った時に頼るかもしれないけど……」


「いつでも頼ってね。あたしいつでもここにいるから。じゃあね」



 ボクらは再び、9匹のネズミの家へと戻った。

 色々あったせいで、眠気の化け物がボクを支配しようとしてやがる。フカフカの布団で、ぐっすり寝てやろう。



 ♢



「おかえり。お風呂沸いてるわ。ゆっくり入ってきてね」


「あー、ボク水かぶるの嫌いなんだ。すぐ寝かせてくれ」


「こら兄ちゃん!」


「あらあら、お疲れなのねえ。じゃあ、体拭いてあげるから、横になっててくれる?」



 ネズミの母ちゃんが、ボクの汚れた体を拭きながら、マッサージもしてくれた。そのあまりの心地良さに、そのままボクは眠りに落ちてしまった——。

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