第20話〜大きな木の家で〜
ボクはここぞとばかり、ネズミどもに向かって思い切り叫んだ。
「お、おおーい!」
声に気付き、びっくりした顔でこっちを振り向いたのは、群青色のキャップをかぶったネズミのガキ——チップだった。
家に入ろうとしたネズミどもも、足を止めてこっちを見る。
「わわ、びっくりしたあー! ど、どうしたの⁉︎ 君たちは一体?」
まだ目に涙を浮かべたままのチップはそう言って、こっちに駆け寄ってきた。さあ、どう答えよう。
さっき大泣きしてたナッちゃんとかいうチビネズミがボクらを見て体を震わせる。
「わ! ネコさんだ! 食べられちゃう……!」
「だ、大丈夫だ。食ったりはしねえから安心しろ」
「ほんと……?」
チップたちの後ろにいたジジイのネズミが、ナッちゃんとやらの頭をそっと撫でると、ボクらに話しかけてきた。
「おやおや……、これはこれは。早速新しいお客さんかな?」
ネズミのかぶり物も捨てちまったし、ボクとルナは服を着たネコの姿だ。ネズミのガキには案の定怖がられちまったが、ネズミのジジイは不審がらずに平然としてやがる。
ボクは息を整えるのも忘れ、話しかけた。
「あ、ボクはネコのゴマっていうんだ。コイツは弟分のルナ。その、ボクら、なんていうか……、別世界から来たんだが、その、この世界のネズミの奴らと、ちょっと話してみてえなあ、って、ハハ」
頭が真っ白になり、自分でも何を言ってるか分かんなかった。ルナがボクの後に続ける。
「兄ちゃんったらもう……。どうも初めまして、ネコのルナといいます。いきなりごめんなさい。一度ネズミの皆さんとお話をしたいと思ってました。僕たちはあの洞窟にいるので、またいつでも話しかけに来てください。じゃあ、僕らはもう行きます」
とりあえず挨拶は出来たって事で、ボクらは洞窟へと戻ろうとした。——だが。
「え、もう帰っちゃうの?」
「ねえ、うちに寄って行きなよ」
チップと、その他のネズミのガキが口々にそう言ってきた。ボクらは足を止め振り向くと、今度はネズミ一家の父ちゃんっぽい奴がボクらの方に歩み寄り、話しかけてきた。
「これはこれはどうもはじめまして。僕はこの一家の主、ピーターです。これからみんなでお赤飯食べるんですけど、せっかくですから、よければ一緒にどうですか?」
チップと、さっきビービー泣いてたチビガキもその後に続いて言ってきた。
「ぜひぜひ! 一緒に食べようよ。あ、僕はチップだよ」
「あたし、ナナ。ナッちゃんって呼んで」
やっぱりネズミどもは、めちゃくちゃ友好的な奴らだった。ここは一つ、誘いに乗るのも悪かねえかも知れねえ。
「……いいのか?」
「そんな、迷惑じゃないですか……?」
今度は、後ろにいたネズミの母ちゃんっぽい奴が前に出てきて、軽く礼をしつつ話しかけてきた。
「もちろんいいわよ。さっき、マサシくんっていうニンゲンの方が来てて……、彼も別世界から来てたの。ちょうど今帰って行ったわ。マサシくんの幸せを祈る意味で、今夜はお赤飯を食べるの。あなたたちも良かったら一緒にマサシくんの幸せを願ってあげてね、ふふ」
微笑みを絶やさず話す、優しそうな母ちゃんだ。
セキハンとかいう食いモンが気になったボクは、もうご馳走になる気満々だった。
「おい、ルナ。ここは乗っとこうぜ」
「そうしよっか兄ちゃん。えっと、じゃあご馳走になります」
ルナがそう言うと、9匹のネズミの家族はみんなニッコリと笑った。ボクら、ネズミどもにめちゃくちゃ歓迎されてる。ボクはようやく、この世界にボクらの居場所が出来たような気がしたんだ。
「ふふ、じゃあ決まりね。さあ、みんな家に入って支度しましょ」
「わーい! またまた、お友達が来てくれたね!」
——お友達、か。何て純粋な奴らなんだ。
マサシについても、後で色々聞いてみる事にしよう。
そう思いながらボクらはネズミたちの後に続き、木の幹の玄関のドアをくぐった。
♢
「うわ、すげーいい雰囲気の住処だな」
ボクがそう言うと、ネズミの父ちゃんが得意げな顔をする。
「少し前に引っ越して来たんだ。家族みんなでこしらえた家なんだよ。ステキな家でしょ。さあ、上がって上がって。ゆっくりしててね。ご飯、すぐ出来上がるから」
「悪りぃ。そうさせてもらう」
ボクは、木の中をくりぬいた家の中を眺めてみた。木の枝やなんかをかき集めて、二階、三階の床が作られてて、そこにガキどものベッドがある。
これ全部、ネズミどもが作ったのだろうか。器用な奴らだ。
「ゴマ……くん? でよかったっけ。ぼくはチップっていうんだ」
「おう、さっき聞いたぞチップよぉ。ゴマでいいぜ。よろしくな」
チップ。青のキャップをかぶった、純粋そうなネズミのガキだ。コイツとはすぐに仲良くなれる。そんな気がしたんだ。
「あたしの名前は覚えたー?」
「ナッちゃん、だよね。僕はルナ。よろしく。……もう、大丈夫? マサシくん帰っちゃったけど、さみしくない?」
「……うん!」
「よかった。マサシくんと、また会えたらいいね」
さっきまで大泣きしてやがったナナとかいうチビネズミに、ルナの奴も話しかけていた。少し兄っぽくなってるルナを見て、ボクも少しは大人になんなきゃな、と思っちまった。
「ゴマくん、ルナくん、お待たせ。トム、椅子をもう2つ、用意してくれるかい?」
「分かった、お父さん」
長男っぽいネズミのガキは、いそいそとボクらの椅子を用意してくれていた。ボクは遠慮なく話しかける。
「おう、お前は何て名前なんだ?」
「僕は長男のトーマスだよ。トムって呼んでね」
「トムって、呼びやすいな」
トム。——そうだ、コイツは街で、マサシとナナと一緒にいた食いしん坊ネズミだったな。茶店からカフェ行って美味そうなケーキ食ってやがったところまで、バッチリ〝ニャイフォン〟に撮影済みだ。……隠し撮りしてた事、後で謝っておくか。
ルナめ、いい子ぶって夕飯の準備を手伝ってやがる。しゃあねえ、ボクもやってやるか。
このネズミの家族は、いつもみんなでテーブルを囲んで、飯を食うらしい。
「さあ、出来たわよ」
ネズミの母ちゃんがそう言って、セキハンとやらを運んできた。ホクホクと湯気が立っている。
「うお、うまそうじゃねえか」
「でしょでしょゴマくん! みんな、ごはんできたよー!」
「そうだ、一つ言っとくと、ネコはネギとかアスパラは食えねえからな」
「アボカド、それからチョコレートなんかもダメなんです。すみません」
大事なコトだから、ボクとルナはネズミどもにしっかり伝えた。ネズミの母ちゃんが答える。
「もちろん知ってるわ。心配しないで。ネコさんはお魚さんが大好きなのよね。今日とれた川魚があるわ」
ボクは思わずガッツポーズをした。
「やったぜ! 魚も食えるとか最高じゃねぇーか! なあルナ⁉︎」
「兄ちゃん、川魚はほどほどにしないとダメだよ」
いつものようにルナが忠告してくるが、ネズミの母ちゃんは笑いながら「下処理をしたから寄生虫も心配ないわ。でもルナくんの言う通り、ほどほどが体にはいいわね、ふふ」と答える。なら、大丈夫だろう。
1階の土間のテーブルに、セキハンと、木の実入りのスープ、菜っ葉、そして焼き魚。美味そうな食いもんがズラーッと並んだ。何だよこれ、めちゃくちゃ豪華じゃねえか。
全員が席についてから、ネズミどもは両手を合わせる。
「じゃあ、いただきまーす!」
「いただきまーす」
「い、いただきます? なんだその儀式は」
ボクもルナも、見たこともない光景に戸惑った。その様子を見たネズミの父ちゃんが教えてくれた。
「あはは、僕らは食事の前にみんなで手を合わせて、いただきますって言うんだ。そういう文化なんだよ」
「ブンカだと? よく分かんねえな。と、とにかく食うぜ」
あ、箸の使い方は……こうだったな。プレアデスに教えてもらったやり方を思い出しつつ、ボクはセキハンをつまんだ。
ホクホクと湯気を立てる紫色の粒を、口に含む。モチモチとした感じと、ほんのりしょっぱさが混じり合って、豆の匂いが口の中に満ちていく。
「美味え! こんな美味い飯食ったことねえぞ。おかわりしていいか?」
「ね! 美味しいよね兄ちゃん!」
ルナも大満足のようだ。
コイツら、普段からこんなイイもん食ってやがんのか。もうこのメシの味だけで、ここに住み着きたくなっちまったぞ。
「ふふ、おかわりたくさんあるわよ。待っててね」
「おいしいでしょー! うちのご飯は、みんなで作ってるんだよ!」
「ね! 田んぼや畑で、みんなで育ててるんだよね!」
ネズミのガキどもが一斉に話しかけてくる。待て待て、そんなにいっぺんに返事出来ねえぞ。
「そ、そうなのか……すげえな。自分たちで1から食いもんを作るなんて。な、ルナ」
「ほんとだね。僕たちももっと狩りを頑張らなきゃね」
「ああ……、ポコの奴は特にな……」
ポコの名前を口にしたところで思い出した。メルさんたち、ボクらと本当に合流できるのだろうか。
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