第19話〜涙の別れ〜

 

 広々とした洞窟の奥の、ミランダの住処に居候して3日目。

 メシも食えるし、メルさんたちとも連絡が取れるようになった。

 このまま無事にメルさんたちと合流して、またあの変なトンネル〝ワームホール〟をくぐれば、住処のガレージへと帰る事が出来るんだ。まあ、その前にきっとメルさんにボコボコにされるけどよ……。



「ふああ、メルさんたちまだ来ねえのか。暇だな」


「兄ちゃん、ちゃんと謝ろうね? メル姉ちゃんたちに」


「わかってら」



 ミランダは、空中でじっとしながら、ひたすら魔法の呪文だか知らねえが、意味の分からねえ言葉をブツブツ呟いている。〝異世界への門〟とやらを開くための修行らしい。



「ミランダさん、メル姉ちゃんたちはいまどこに?」



 空気を読まず、ルナは修行中のミランダに話しかけやがる。



「ん、待ってね。※⁑……」



 それでもミランダは修行を中断し、ボクらのためにまたさっきの呪文を唱えてくれた。再び壁に、映像が現れ、メルさんたちの姿が映った。



「あ! 見て、兄ちゃん! メル姉ちゃんたち、もうネズミさんたちの街に来てるよ! ムーンさん、メル姉ちゃん、じゅじゅ姉ちゃん、ユキ、ポコ……。みんな服着て、二足歩行になってる!」


「うおおお、マジだ!」


「ね! みんな似合ってるよね! 特にユキの服! すごくオシャレじゃない⁉︎」


「そこかよルナ。それにしてもよう……」


「どしたの兄ちゃん?」



 ボクは頬についていた魚の骨を、グイと拭いながら言った。



「いつも留守のあのムーンさんが帰ってくる時って、何か事件とか起きる時なんだよな。まあ、ボクらがいなくなるのも事件っちゃ事件だが……、それよりもっとヤバい何かが起こる気がする」


「不吉な事言わないでよ。それより、早くみんなと無事帰れる事を祈ろ!」



 ——そうなんだ。ムーンさんが帰ってくる時には、知り合いのネコが事故に遭ってたり、住処を追われたり、そういう事件が必ず起きている。多分その解決のために帰ってくるんだろうけど。

 だが、今回はもっと、ヤバそうな事件が起きている——ボクの直感が、そう囁いてるんだ。



「ここに来るまでの交通機関の使い方も、ムーンさんたちに伝えておいたからね」



 ミランダは目の前に飛んできて、また得意げにウインクをした。やっぱり、可愛くねえ。



「ああ、ありがとよ」


「ありがとう、ミランダさん」



 合流するにしても、あの距離だ。まだしばらく時間がかかるだろう。



 ♢



 ——腹の虫が鳴る。もうそろそろ晩飯の時間か。

 洞窟の出口の方から、微かにネズミのガキどもの声が聞こえてくる。



「日が沈むから、帰ろー!」


「また明日ねー!」



 ふと思い立ったボクは、ルナに提案した。



「なあルナ、今度こそあのネズミのガキどもに、話しかけてみねえか?」


「ダメだよ! プレアデスの兄ちゃんがダメだって言ったじゃん!」


「プレアデスの奴とは連絡取れねえし、関係ねえだろ。どうせもう関わる事もねえんだし。それにせっかくこんな未知の世界に来てるんだぜ? このまま帰るなんて勿体ねえよ」


「うーん……でも……」



 問答を続けていると、ミランダが口を挟んできた。



「ゴマくんもルナくんも、もうすっかり元気になったようね。ネズミのみんなは、いい子ばかりよ。一緒に遊ぶと楽しいわよ」



 話が分かるじゃねえか、ミランダ。やっぱり、ネズミの奴らはみんな、いい奴らなんだ。



「ほら、ミランダも言ってるし。行こうぜ!」


「待ってよ、兄ちゃん! もう……」



 ボクは半ば無理やりルナを連れて、洞窟の出口へと向かった。洞窟の坂道を登って行くと、だんだんと外の光が差し込んでくる。——出口が見えた。透き通るようなオレンジ色と青みが混ざった空が見える。



「ふー、やっと出口だ」



 洞窟を出て、ボクは思い切り深呼吸した。しっとりとした夕方の森の空気の匂いが、長旅で疲れたボクの心を癒していく。

 ネズミのガキどもは、もう帰っちまったようだ。……少しタイミングが遅かったか。



「おいルナ、見ろよあのでっかい木。ネズミ族の家っぽいぞ」


「ほんとだ。ちっちゃな窓があるね」



 目の前に堂々とそびえ立つ、黄色の葉っぱの生い茂った木の幹に、いくつかの扉と、1つの窓があるのが見える。



「あ、見て兄ちゃん。誰か出てくるよ」


「ん? ……あ! あいつは!」



 ————まさか。


 木の家の玄関の扉から出てきたのは、街でボクらが目をつけてたあの——マサシだった。

 何やら大きな荷物を背負っている。これからどっか旅にでも行くのだろうか。

 続いて、ゾロゾロとネズミどもが出てきやがった。全部で9匹だ。



「マサシお兄ちゃん、いっぱいいっぱい、ありがとう。マサシお兄ちゃん大好き。あたしのあげた木の実、大事にしてよね」


「ありがとう。ナッちゃん、チップくんと仲良くするんだぞー。けんかしちゃダメだよ? サネカズラの実、大事にするね。ほら、おいで」



 よくよくネズミどもを見ていると、どういう訳か、みんな悲しげな顔をしてる。



「マサシ兄ちゃん……。ずっと元気でね……」


「チップくん! そんな顔しないでよ。ずっと一緒だって言ってたじゃん!」


「うん、うん! ありがとう! これからも一緒だからね! ……あ、マサシ兄ちゃん、大変だ! 日が暮れちゃう!」


「うん……、じゃあ、そろそろ、行くね」



 マサシとネズミたちが話し終わると、マサシはボクらの方へと体を向け、歩いて来た。すかさず、ボクらは岩陰に身を隠した。



「やだあ、マサシお兄ちゃん、行っちゃやだー! やだあ‼︎ えーん……! ずっと、ここにいてよー‼︎」


「ナッちゃーん、大丈夫だよ! ほら、おかあさんもチップくんも言ってたじゃん! 同じ家族だって!」



 あの泣きべそかいてる、ナッちゃんとかいうネズミのチビガキは確か、街でマサシと一緒にいた奴だ。何をそんなにビービー泣いてんだよ。ボクは両手で耳を塞ぎながら、ルナに話しかけた。



「あーうるっせえ。あのネズミのガキ、何であんなにビービー泣いてんだ」


「ひょっとしてマサシくん、ニンゲンの世界へ帰っちゃうんじゃない? もう会えなくなるから、悲しくて泣いてるんじゃないかなあ?」


「あん? そもそもアイツ、ニンゲンなのか? それに帰るっつったって、どうやって?」



 あ、あ! マサシの奴、森の方へ行っちまう。



「バイバーイ! 元気でねー!」


「ありがとーう! みんなもずっと元気でねー!」



 おい待てって、どこ行くんだよ! ボクはテメエの正体が知りてえんだよ!



「呼び止めるぞルナ!」


「ダメ‼︎」


「うおあ‼︎ 痛ってえ‼︎」



 ボクはルナに思いっきり尻尾を引っ張られ、派手に転んじまった。そしてそのまま岩陰の方へ引きずりやがる。顔面に痛みが走る。や、やめろルナ……!

 マサシと9匹のネズミどもには、こっちに気付かれはしなかったようだ。


 ネズミどもは、木の家の前でみんなして手を振っている。……そのうちの1匹の、青いキャップをかぶったネズミのガキが、叫んだ。



「マサシ兄ちゃーん‼︎ ずっと、友達だからねー‼︎」



 ——マサシの奴も大きく手を振りながら、青いキャップのネズミのガキに向かって叫びやがる。



「もちろんだよ! チップくんとは、ずっと友達だよー‼︎」



 チップっていうのか、あの青いキャップのネズミ。そういや、〝チップと仲間たちのヒミツキチ〟とか書いてある看板があったっけ。ボクらがいたあの洞窟は、やっぱりアイツらの遊び場だったんだな。


 それにしてもチップの奴、めっちゃ泣いてんじゃねえかよ……。ボクまで、もらい泣きしそうだ。

 マサシの奴もボクらと同じで、ずっとこの世界に居続ける訳にゃあいかねえみたいな理由で、元の世界へ帰って行くのかも知れねえな。どうやって帰るかは知らねえが。


 ——マサシは後ろを振り向いてニコッと笑った後、森の中へと姿を消してしまった。



「あーあ、行っちまいやがった」


「だね……。ネズミさんたちみんな泣いてるね」


「……これ、話しかけに行く空気じゃねえよな」


「うん。僕らもミランダのとこへ帰ろっか」



 ボクは帰ろうとしたルナの手を引っ張り、引き止めた。



「いや。やっぱ話しかけに行こう。アイツら、きっといい奴らだ! 行くぞルナ!」


「え、ちょっと! 兄ちゃんー!」



 ボクらは、木の家の中へ入っていく9匹のネズミたちの方へ、突っ走って行った。

 ドアの外でチップが、しんみりとした顔でもう一度森の方へ振り向く。もう姿が見えなくなったマサシを、最後に見送るつもりなのだろう。その瞬間をボクは逃さなかった。



「お、おーい!」



 ボクは、思い切って叫び、手を振った。

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