第16話〜ネズミどもを追え!〜

 

「ダメだって! ネズミさんに見つかったらどうするの!」


「……お前、ここで飢え死にてえのか?」


「うう……」


「冒険には、スリルがつきものなんだよ! 行くぞ‼︎」



 ボクとルナはネズミの被り物を装備し直し、建物の裏口に向かってダッシュし、忍び込んだ。

 幸い、中には隠れられる場所が多い。そもそも、誰もいない。楽勝だ。そのままコンベアから美味そうなモンを頂いちまおう。



「機械の音でちょっとくらい足音立ててもバレねえ。楽勝だな」


「僕やだよ、そういうの」



 ボクは、コンベアから流れてくるパンみたいな食いモンを2つ取り、そのまま一口食ってみた。——ジュワッと、口の中に旨味のある汁が溢れる。



「これは……⁉︎ なんて美味えんだ! ほらルナ、お前も食え!」


「うわわっ、……むぐ。……あ、美味しい!」


「こりゃ、止まらねえなあ!」


「あああ、ダメだよそんなに取っちゃ」



 ボクとルナは夢中でがっつき、あっという間に15個くらい、平らげちまった。

 腹一杯になったところで、ボクらはまた裏口から抜け出し、任務に戻った。



 ♢



「さっきの奴ら、まだいるかな」


「あ、いるよ! 入り口のとこ!」



 茂みの陰に隠れながら建物の入口の方を見ると、さっきのニンゲンの男とネズミ2匹——マサシ、トム、ナッちゃんとやらがいた。

 もう1匹、女のネズミも一緒に何か話している。女のネズミは、この建物の主か何かだろう。



「いつもありがとね。おとうさんたちによろしくね」


「お茶おいしかったです。ごちそうさまでした」


「また来ますねー!」



 奴ら、ちょうど出発するところらしい。

 ボクは隠れながら、再び撮影を始めた。パシャパシャと、ニャイフォンからシャッター音がする。消せねえのかよ、コレ。



「あの川沿いのカフェでケーキ食べて行こうよ」


「え、また食べるの?」



 ……背の高い方のネズミのトムって奴、間違いなく食いしん坊だな。

 そして、あのマサシとやらは本当に何者なんだ。

 他にこの辺りに居やがるのはネズミ族ばかりで、ニンゲンの姿してるのは、アイツだけだ。



「おい、あのマサシって奴、追いかけるぞ」


「うん、僕も気になってた」



 後を追いつつボクは、ニャイフォンでプレアデスの野郎に連絡してみた。

 〝NYAINE〟とかいうメッセージアプリを開く。

 プレアデス宛にボクは文字を打った。すぐに目がチカチカしてくる。マサシたちを見失わないようにしながらだったから、頭もパンクしそうだった。



『にんげんみたいなやつがいるぞ』



 ——送信。

 すぐにプレアデスから、返事が届いた。



『え? そんなまさか。こんな所に?』


『そうだぼくらとおなじさいず』


『分かった。とりあえず撮影しておいてくれるかい? あ、この仕事の報酬は、マグロの缶詰最高級品だから。頑張ってね』


『なにつおうまかせとけ』



 ニャイフォン、ようやく使い慣れてきた。だが目が疲れるし、字の打ち間違いをするたんびにイライラしちまう。



「おい、ルナ。この仕事の報酬はマグロだぜ」


「マグロ‼︎」


「ん? 待て、マグロ? 地底世界でもマグロが獲れるのか? まあいい。とりあえず、マサシとやらを見失わないよう追いかけるぞ」


「あ、兄ちゃん! あのニンゲンさんたち、川辺の建物に入って行ったよ!」


「何っ⁉︎ 急ぐぞ!」



 大通りに出ると、ネズミどもがうじゃうじゃと居やがった。気を抜くと見つかっちまうし、奴らも見失う……。



「物音立てずに移動するのは得意だが、さすがにこいつは少々きついな」


「うう、見つかりませんように」



 大通り沿いに建ち並ぶ建物の隙間に隠れながら進んでいき、ボクらは何とか川辺にある空色の屋根の建物へと辿り着いた。


 早速、撮影を再開する。奴らは建物のテラスで、ジュースのような飲み物を飲んでやがる。他のネズミたちの様子も、動画に収めておいた。

 ネズミどもはみんな、悩みとかなさそうで幸せそうな顔してる奴らばかりだ。ネズミ同士のイザコザみたいなのも、全く見当たらない。プレアデスの言ってた通り、実に平和な世界だ。



「なんか、いいよな、ここ」


「うん。分かる。なんか言葉にできないけど、いい所だよね」



 今度は川の向こうから、笛やラッパ、太鼓のような音と、ネズミどもの歓声が聞こえてきた。どうやら、祭りのようなものが始まるようだ。

 そうこうしているうちに、マサシたちが席を立った。



「ねえ、あそこまで行って、近くで聴かない?」


「ふふ、じゃあ行こうか」



 トレーを片付け、マサシたちは足早に店を出て行った。



「ルナ、ボクらも行くぞ」


「ま、待ってよう」



 ——あのマサシって奴は、ニンゲンなのか? 妖精か何かじゃねえのだろうか。

 ——それにここは、ボクらが集会してる神社の奥の奥にある、木々が鬱蒼と茂る森の中だったはずだ。それなのに、ここから遠くを眺めてみても、青々とした空が広がるばかりだ。

 この世界は、不思議な事ばっかりだな。



「兄ちゃん、ネズミさんたちみんな楽器を吹いたり叩いたり楽しそう!」


「ああ、楽しそうだな……。あ、マサシとやらも一緒にラッパみたいなの吹いてやがる」


「ね! 僕らも一緒にやりたいね!」


「バカか、遊びに来たわけじゃねえんだ」


「ぶーー」



 そういやあのニャンバラでも、そこかしこで音楽が流れていた。戦争のさなかのどんよりとした雰囲気の街に、少しばかりの明るさを感じさせていたのは、そこで流れていた音楽だったように思う。

 音楽って、種族関係なくみんな好きなんだな。気づけば、ボクらも音楽に合わせて体を揺らしていた。



「……見てたらボクらもやってみたくなるよな、楽器とやら」


「でしょでしょー! 楽しそうだよね」



 ボクらは公園の物置小屋に隠れながら、ネズミたちの演奏を夢中で聴いていた。音楽だけじゃなく、演奏しながら踊ったり動き回ったりしているのを見ていると、こっちも自然と一緒に体が動いちまう。

 演奏が終わると、ワァーという歓声と共に、観客のネズミたちが盛大に拍手をする。ボクも、つられてパチパチと手を打っていた。



「兄ちゃん、何うっとりしてるの! ニンゲンさんたち、どっか行っちゃうよ?」


「何っ⁉︎」



 ルナにそう言われて見ると、マサシたちは既にいなかった。道路の方に目をやると、奴らはオレンジ色をした丸みのある乗り物に乗り込む所だった。


 まずい、見失っちまう……!



「兄ちゃん! どうするの⁉︎」



 ボクはルナの腕を引っ張り、道路沿いに向かいダッシュした。



「ルナ! すぐ後ろのダンプトラックみたいなのに飛び移るぞ‼︎」


「ええ⁉︎ 危ないよ!」



 考えている暇など無い。マサシたちが乗り込んだオレンジ色の乗り物のすぐ後ろを走るダンプトラックの荷台に、ボクは狙いを定めた————!



「行くぞ‼︎ 合わせろよ! いち、にの、さん‼︎」


「うわあああーー‼︎ 兄ちゃんーー‼︎」



 ボクとルナは助走をつけ、思い切って道路に向かってジャンプした。

 ダンプトラックが迫る——‼︎



「ぐあッ! ルナ、大丈夫か!」


「うう……何とか……」



 ——よし、何とか飛び乗る事が出来た。



「まずい、被り物が……! 早く荷台に隠れろ!」


「うん!」



 飛び乗った衝撃で、ボクの被り物はどこかに吹き飛んで行ってしまった。ルナのも、破れてしまっている。

 それでもボクは、見つからないように荷台から少しだけ顔を出し、風にあおられながら、前を走るマサシどもの乗ったオレンジ色の車の様子を見ようとした。吹きつける風のせいで前がよく見えねえ。



「クソッ……。これからどうするか……」


「死ぬかと思ったよ! ここはもう諦めようよ?」


「バカか! 報酬はマグロだぞ! こんなとこで見失ってたまるか!」



 ボクは再び風と戦いながら、前を覗いた。——見えた。確かに乗り物の窓から、マサシの姿がある。

 ……が。道路が分岐する。マサシたちの車は左に曲がりやがった。このトラックは……右に行きやがる!



「クソッタレ! ルナ、また飛び移るぞ!」


「やめろ‼︎ 無茶だよ兄ちゃん! 死にたいのか‼︎」



 ルナが、本気で怒った。



「クソが……」


「行き当たりばったりもいい加減にしなよ‼︎」



 二又に分かれた道路は、それぞれ全く別の方向へと続いて行く。

 ————マサシたちの乗った車は、完全に見失ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る