第17話〜お化けの森を抜けて〜

 

「ちくしょう、見失った。どーすんだこれ」


「とりあえずトラックが止まるまでじっとしてよう」


「そうするしかねえな」



 もう何処だか分からねえ場所まで来てしまったから、プレアデスと再び合流するのは少し先の事になりそうだ。ボクはとりあえず、ニャイフォンでプレアデスに連絡を入れておく事にした。

 ——ところが。



「ん? あれ? バカな!」



 何とニャイフォンの連絡先から、プレアデスの名前が消えていたんだ。



「おい! 何でだ!」


「どうしたの?」


「プレアデスと連絡が取れねえ」


「え、それ大変だよ! 合流できないと、アイミ姉ちゃんとこにも帰れない!」



 ボクは一瞬冷や汗をかいたが、焦りの気持ちはすぐに怒りへと変わって行く。ボクはニャイフォンの画面を、ネコパンチで思い切り殴った。


 ピシリ……。


 ニャイフォンの画面に、ヒビが入る。



「プレアデスの野郎、また騙しやがったな……。会った時はタダじゃ済まさねえ」


「あ、トラック止まったみたいだよ」



 ここの乗り物は、ボクらの世界のニンゲンの乗り物と違って、エンジンの音がしねえんだ。

 ダンプトラックに乗ってたネズミが降りて行ったのを確かめたら、ボクらもそっと荷台から降りた。



「ルナ、大丈夫か」


「うん! ……被り物、どおしよ。もうビリビリだよ」


「その辺に捨てとけ。……それにしても、でっけえ工場だな」



 森のような草叢くさむらの中に建っている工場だ。ガチャガチャと機械の音がする中、ネズミ族が笑顔を見せながら働いてるのが見える。竹や材木で、建材を造ってるようだ。


 さあ、どうしたものか。もう日が暮れちまう。

 プレアデスとも、もう連絡取れねえしな。



「この草叢を抜けるか」


「ええ、もう暗くなるよ?」


「大丈夫だ。ボクらは暗闇でもよく見えるだろ? 見つからずに移動するなら、この草叢を抜けていくしかねえ」


「うう……お化けとか、いないよね?」


「いる訳ねえだろ。いるとすれば、ドデカいバッタやコオロギとかぐらいだ。そんときゃ返り討ちにして食っちまえばいい。夜の森の大冒険が始まると思ったらワクワクするだろ?」


「それは兄ちゃんだけだよ……」



 ルナを半ば無理矢理説得し、ボクらは夕闇に広がる森のような草叢に、足を踏み入れた。



 ♢



 闇の中にコオロギの鳴き声が響く。数々の見慣れた草花が、ボクらを見下ろしている。



「怖いよ……」


「大丈夫だ。ちゃんとついてこいよ」


「ついてこいって、どこ向かってるのさ」


「とにかく森を抜けるんだよ。どっかでまた飯食って寝なきゃあな」



 すっかり日も落ちて、ボクらは暗闇に沈む草叢の中をひたすら歩く。道が全く無い。完全な手探りだ。開けた場所に出るどころか、歩けば歩くほど闇夜の草叢の深みへと誘われるばかりだ。


 小1時間ほど歩いた頃だろうか。ルナが体をフルフルと震わせている。



「に、兄ちゃん……」


「何だお前、足ガクガクじゃねえかよ。ションベンでもしてえのか?」


「違う……。あれ……見て……」



 ルナが指差した先を見ると、暗闇の奥に、黄色みを帯びた光る目が2つ見える。

 ゾクっと背筋に寒気が走った。まさかこの森には、本当に化け物が棲んでいるのか……?



「お、おい! ルナ、隠れるぞ!」


「ひ、ひぃぃぃ……!」



 2つの目は、だんだんと音もなく近づいてくる。

 すぅーっと、すぅーーっと! 真っ直ぐこっちに向かって来るじゃねえか……!



「絶対動くなよルナ……! 気付かれたら、ボクら食われるかも知れねえ」


「やだよぅ……、兄ちゃん……!」



 木の根っこに隠れながら、息を殺しつつ様子を見ていると、2つの光る目は一定の速さで、ボクらの目の前を横切って行った。



「おい、ルナ。大丈夫だ。見てみろよ」


「え……?」



 目を凝らしてよくよく見てみると……。


 怪物の正体は、卵のような形をした乗り物だった。2つの光る目は、ヘッドランプだ。

 卵形の乗り物が3つ連なっていて、スゥーっと音もなく去って行く。通って行った地面をよく見ると、そこにはレールのようなものが敷かれている。これは列車だ。ネズミ族の乗り物なんだろうか?



「おいルナ、このレールに沿って歩くぞ。きっと森を出られる」


「ほんと? やっと出られるの?」


「ネズミが乗ってるんなら、きっと街に続いてんだろ。行くぞ」



 ボクらはレールに沿って、暗闇の中をひたすら歩いて行った。……茂みの間から、夜空に瞬く星が少しずつ見えてくる。きっと出口は近い。

 レールはだんだんと真っ直ぐになり、その先にちらほら、建物の灯りが見えた。



「見ろ、森から出られるぞ」


「はあ、怖かったよお……!」



 ようやくボクらは、草叢を抜ける事が出来た。レールの先に、さっきの乗り物が停まっている。

 ネズミどもに見つかるわけにはいかねえから、ボクらはレールから外れて草叢沿いに歩いた。すぐ近くは丘になっていて、丘のふもとの壁にはボクらがすっぽり入れるサイズの洞穴があった。



「ルナ、こっちだ」


「お腹ぺこぺこだよう」


「とりあえずこの洞穴で野宿するぞ。食料はまだしばらく大丈夫だ。さっきのパンがいくらか残ってる。食いな」


「うんー……」



 相変わらず、プレアデスからの連絡はない。


 ネズミたちの世界でボクらは完全に、迷子になっちまったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る