第13話〜新たなる冒険へ〜

 

 ——ある雪の夜の事だった。


 いつものようにボクは、ガレージにある段ボールの中で、毛布にくるまって寝ていたんだが……。

 他所のネコの鳴き声で、目が覚めたんだ。



「にぃあおおおう……ふにゃああああおおおう……」



 ボクは無視し続けた。聞き覚えのあるようなないような、だがウチの家族の声じゃねえ。どっかの野良だろうと思い、ボクは毛布に顔を埋め続けていた。



「うぎゃああおおおあうう……!」



 そいつの鳴き声はどんどん近くなり、ボリュームを増していく。寝られやしねえ。ボクは毛布を払いのけ、思わず怒鳴った。



「うるせえな‼︎ 誰だ、こんな夜中に!」


「にゃあおう♪」



 見ると、やっぱり他所のキジトラだった。——が、どこか見覚えがある。

 キジトラは鳴くのを止め、突然言葉を喋り出した。



「ふう、やっと見つけた。ここがゴマくんたちの家かい?」


「……やっぱりテメエか。てっきり死んだと思ったぜ」



 ——プレアデス。

 服着て二足歩行で歩くネコだけが暮らす地底都市〝ニャンバラ〟で出会った、ネコの青年だ。

 だがそいつは今は何故か、服も着ず四足歩行で、ただのキジトラのネコそのものの姿になってやがる。



「お前、なんでその格好なんだ」


「だって、二足歩行だと地上では他のネコに怪しまれるからね。それより、早くルナくんも起こして、連れて来て欲しい。君たちに頼んでた仕事、済ませて欲しいんだ」


「あ? もうテメエらに付き合わされるのは懲り懲りなんだよ」


「お願い。僕らの世界を救えるかどうかは、君たちにかかってるんだ」



 資源が無くなって戦争状態になっちまったニャンバラのネコどもが、ネズミだけが住む理想郷に移住するとか言う話だったな。テメエらの世界を救えるかどうかだと? 大袈裟に言いやがって。

 だが、このまま無視しても、どうせまた毎晩来やがるんだろう。それに、数日とはいえ、世話になったんだ。互いの事も少しだけだが、色々話した。だから、奴を見殺しにするのは、ボクの信念が許さない。

 ……全く、仕方ねえな。



「おいルナ、起きろ」


「んーー……? 何、こんな時間に」


「背中はもう大丈夫か?」


「もう痛みはないけど……」


「なら……、今から行くぞ。プレアデスの奴に頼まれてた仕事、終わらせにな」


「え? ああ、プレアデス兄ちゃんいたの?」



 プレアデスの奴は、地面に頭をくっつけている。



「お願い! 君たちの力が必要なんだ。無理はしなくていい。でも、今は時間がないんだ。……お願い!」



 アイミ姉ちゃんから教えてもらったよ。それ〝ごめん寝〟のポーズだ。

 ……ま、こんだけ頭下げやがったんだ。いっちょ、やってやるか。



「……ルナ、どうだ」


「わかった。兄ちゃん、行こ」


「ゴマくん、ルナくん! ありがとう! じゃあ、ついてきて」



 ——しんしんと雪が降る夜。ボクら抜き足差し足で、出発する。



「メルさん悪りい。謹慎中だが、ボクはまた出かける。全てが終わったら、プレアデスの奴をボコボコにしてやっていいからよ」



 丸くなって寝ているメルさんに向かってボクは小声でそう言い、ボクらは住処のガレージを後にした。



 ♢



 雪道に足跡をつけながら、ボクらはプレアデスの後について行く。真冬の夜の空気が、体に突き刺さる。



「それにしても慣れないなあ、この格好」



 フラフラとした足取りで、プレアデスは雪の積もりかけた道を歩いて行く。



「そりゃそうだろうよ。プレアデス、お前は地上来るの初めてなんだよな?」


「うん。思ってた世界と全然違った。地上にも雪が降るんだね」


「そりゃ降るさ。地底にも雪が降るってのか?」


「もちろん」


「ボクらにとっちゃ、その方が驚きだぜ」



 ボクらは、いつも集会をしてる神社のそばを通りがかった。

 祠の裏側に目をやると、地面には相変わらずポッカリ口を開けた大穴があった——ネコだけが住む地底世界へと続く穴が。



「プレアデスよ、見てみろ。あの祠の後ろに、でっけえ穴があるだろ? あそこからボクらは、地底世界ニャンバラとやらに転がり落ちたんだよ」



 そう言うと、プレアデスは穴の方へと向かって行った。ボクらは後を追いかける。



「……こんな所に、入り口があったんだね」


「ルナ、今度は絶対押すなよ」


「わかってるよ! もう」


「……どうして、こんな所に入り口が……? 中はどうなってたんだい?」



 プレアデスに尋ねられると、ボクは寝ぼけた頭で、その時の事を思い出しながら話した。



「必死だったからあまり覚えてねえが、多分氷で出来た長え坂道を滑って行ったんだよな。で、気付いたらニャンバラの空き地にいた。そして何でか分からねえが、二足歩行が出来るようになってたんだよ」


「なるほど……。地上と地底を繋ぐ入り口は、誰にも分からないように隠されているはずなんだけどね。後でプルートに報告しよう。さあ、早くネズミの理想郷のあるところへ行こう。こっちの森の中だよ」



 確かプレアデスは、ニャンバラ側の入り口も極秘事項だ——とか言ってたのを思い出した。でも何で、そんなに隠す必要があるんだろうか。


 ボクらはひたすら暗闇の森の奥へと、草をかき分け進む。積もった雪の冷たさが手足に刺さる。早く暖けえ所で丸くなりてえ。

 寒さに耐えながら進んで行くと、森の奥の木々の隙間から、白みを帯びた光が漏れているのが見えてきた。



「……兄ちゃん、あれがもしかして?」



 開けた場所に出るとそこには——!


 何と、ボクらの何倍ものデカさの、虹色に輝く光のドームがあった。

 信じられねえ光景だ。ボクは生唾を飲んだ。



「あの光の中に、ネズミの国があるんだ。プルート、お待たせ」



 光のドームの前に、プルートのジジイがあぐらをかいて待ってやがった。

 二度と会いたくなかったんだが……生きてやがったんだな。



「ヒーヒヒヒィ……。遅いですよぉ?」



 ジジイの横に、変な形のトンネルがある。片側はボクらが余裕で入れる大きさだが、反対側に向かうほどにトンネルは小さくなっていき、もう片側はネズミ1匹がギリギリ通れるくらい大きさの穴になっている。



「さあ、ゴマくんルナくん。この光に近づいてみて」


「近づいても平気なのか」


「大丈夫だよ」



 ボクは恐る恐る、光り輝くドームに近づいてみた。

 目を凝らして見ると、そこには何と。ボクらより小さな建物、道路、住宅地、色々な施設、森林、煌々と灯る街明かり……。どこまでも広がる、ミニチュアの街が見える。



「す、すげえな! 本当にあったんだな、テメエらの言う理想郷とやらがよ。ここにネズミどもが沢山住んでやがるんだな!」



 ——しかもこんなに近くの森の中に、あったなんて。

 ボクはさらに近づいて、光のドームの中の様子を見ようとした。



「……って、ん? 見えねえ壁があってこれ以上近づけねえ」


「結界が張られてるんだよ。そこで、このトンネルの出番さ」



 プレアデスは、さっきの変な形のトンネルを指差した。

 片方は大きな入り口、もう片方は小さな出口。……いや、くぐってる途中でつっかえるだろ。

 そうツッコもうとした時、プルートのジジイの声が森に響いた。



「これぇがぁ? 私の開発したぁ、〝ワームホール〟ですぅ。このトンネルは結界を通過出来るんですぅ。ほらしょっと!」



 ジジイは〝ワームホール〟という名のトンネルの小さな出口側を、虹色に輝くドームの端にそっと突き刺した。キラキラと光が舞い、トンネルの出口側がドームの中に入り込んだ。



「準備完了〜。そして、トンネルの大きい方の入り口をくぐれば、あぁら不思議ぃ。何者も入ることが出来るはずのない結界をする~りと通り抜けて、ネズミの街に入れるんですぅ」


「そして、ネズミたちと同じサイズになるんだ。さらにニャンバラの時と同じように、二足歩行も出来るようになれる。凄いでしょ」



 ボクはまだ、完全にコイツらの事を信用した訳じゃねえ。ボクは、トンネルをじっと眺めながら言った。



「ちゃんと、元に戻れるんだろうな?」


「大丈夫。反対側から、またこのトンネルをくぐれば、元の大きさになって、四足歩行に戻れるよ」


「プレアデス、てめえがまずくぐってみせろ」


「OK! よいしょっと」



 七色に輝く結界を覗くと、トンネルの出口から、チビになったプレアデスが出てきやがった。

 さあ、君たちも早く、とでも言ってるのだろうか。声が全く聞こえねえ。



「はは、面白えなこいつは。チビのプレアデス、踏み潰してやりてえ」


「ダメ兄ちゃん!」


「じゃあ行くか。プルートのジジイ、てめえはどうすんだ」


「私はぁ~、〝パルサー〟の修理をしなくてはならないぃのでえ? この近くにいますぅ。あなた達が帰還してぇ、無事ぃ録画されたデータをぅ受け取ったらぁ、そこでお別れですぅ。そしてぇ私たちはぁ、地底へ帰りますうう。フヒヒ……」


「ふん、さっさと終わらせるぞ。……ここに住んでるネズミども、どんな奴らなんだろうな」


「早く、兄ちゃん行くよ!」



 ボクらは、トンネルに足を踏み入れた。

 中は赤、緑、水色、何色もの光に満たされていて、進めば進むほど、どっちが天か地かわからなかった。

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