第3話〜ようこそ、ネコの国へ〜

 

「……おい! ルナ! 大丈夫かルナ!?」

「……んん……、兄ちゃん、ここは……?」


 ゴツゴツした土の感覚があった。

 一体どこなんだ、ここは。ボクは周りを見渡してみた。


 少しピンクがかった空。

 見たことのねえ形——五角形とか丸くて細かったりとか——の、いくつもの建物。

 青やら紫やらオレンジやらのカラフルな葉っぱに、やたら真っ直ぐだったりやたらうねってたりする形の、見たことのねえ植物。

 照りつけるお日様が、心なしかひと回りデカく感じる。


「おい、ルナ! ここどこだ?」

「んあ……知らないよ、僕に聞かれても」

「とりあえず、そのへんブラブラしてみっか?」

「そうしよっか……」


 起き上がった瞬間、ボクは自分の感覚を疑った。


「ニャンだこりゃ!?」


 何と、ボクはニンゲンと同じように、後ろ足2本で立っていたんだ。そして、そのまま歩くことができる。


「うわ! どうなってるのこれ!?」


 ルナもだ。フラフラしながらも後ろ足で立って、足踏みしている。

 ボクたちは何と、完全に2足歩行が出来るようになっていたんだ。


「にゃはは! すげえ! このまま散歩するぞ!」

「なんだか変な感じー!」


 ボクらはそのまま2足歩行で、近くの歩道を歩いてみた。何だか楽しくて、思わず鼻歌を歌っちまう。


 見渡すと、道を歩いてるのはみんなネコばかりだった。そしてみんな、2足歩行だ。おまけに、服まで着てやがる。

 いや、ニンゲンかよお前ら。ネコはネコらしくしてろよ——心の中でツッコんだ、その時だった。


「フギャー! 変態!? 通報してー!!」


 道を歩いていたネコの女が、ボクらを指差して大声を上げた。近くにいたネコどもが、目を隠して一目散に逃げて行く。

 何だ何だ。ボクらが何したっていうんだ。


「こら君たち。今すぐこっちに来なさい」


 今度は突然、背後から低いオッサンみてえな声が聞こえた。

 振り返ると、黒い帽子に黒一色の服を着た背の高い灰白模様のネコの姿。

 そいつはいきなり、ボクの前脚を掴む。

 

「おいこら、やめろ! 何すんだ」

「抵抗するんじゃない。早くこっちに来て車に乗りなさい」


 何がどうなってんのか全く分かんねえ。

 ボクらは無理矢理に黒服のネコに連行され、カマボコのような形をした4つ車輪がある乗り物に乗せられてしまった。


「早くこれを着なさい。全く、何のつもりだ、2匹とも素っ裸で外を出歩いて」

「……は?」


 乗り物に乗るなり、ボクらは黒服のネコに服を渡された。ニンゲンが着てるのと同じような、シャツとパンツ、ズボンだ。これを着ろってことらしいが、どうやって着るのかが分からない。


「何をやっている。早く着なさい」

「おいやめろ! 触るな!!」


 黒服のネコに体を押さえつけられ、ボクらは洋服を無理矢理着せられてしまった。生地が体毛に張り付く。全身がムズムズしちまう。


「クソ、変な感じだ。お、ルナ、似合うぞ。にゃはは」

「そ、そう……? 慣れないなあ……」


 ボクは青一色で魚のマークが描いてあるTシャツと、茶色い短パンを着せられた。尻尾を、いちいち短パンの穴に通すのが面倒だった。

 ルナは、ボタンが3つついた紺色と白の縞模様のワイシャツってやつを着て、後ろ脚の半分ほどまでの丈がある黄色いズボンを穿いてやがる。


 着替えを済ませると、黒服のネコはバタバタと前の席に入り直す。

 車はエンジンの音を立てて動き出した。

 

「君たち、住所と名前は?」


 ひと息つく間もなく、運転する黒服のネコが尋ねてくる。睨み付けるような目つきが、ミラー越しに見えた。

 とりあえず、尋ねられた事に答えることにした。


「なんだジュウショって。名前はゴマだ」

「ルナです」

「年齢は?」

「知らねえ。数えたことなんかねえもん」

「僕も」


 黒服は目を細めたまま質問を続ける。


「君たちはまだ子供だな。お父さんお母さんは」

「子供じゃねぇーよ。母ちゃんは知らねえ。たぶん、ムーンさんじゃね? チビの時の事なんかよく覚えてねえ」

「僕もそのへんはよく知らないんです。だからムーンさんが母親代わりなんですよ」

「ムーン……?」


 黒服はしばらく無言になる。

 車はスピードを落とし、道路の端に停まった。

 エンジンを切った黒服は、メモ帳みたいなものとペンを取り出し、また質問してきやがる。


「君たちは、この街のネコではなさそうだ。どこから来た?」


 そんな事ボクらに聞いてどうすんだよ、気持ち悪りいな……。

 しぶしぶ、ボクは答え続けた。


「どこって、ニンゲンのアイミ姉ちゃんのガレージだ。で、近くの神社にあるデッケエ穴覗いたら、転がり落ちて、気付いたらあそこにいたんだよな? ルナ、お前のせいでな」

「僕、思い出したくもない」


 答えた後、ずっと運転席にもたれていた黒服が、急に体を起こした。


だと!? ……まさかな。とりあえず署まで同行してもらう。まったく近頃おかしな事が多いな」


 そう言って、慌ただしくメモ帳に何かを書き始める。


にゃんか気味が悪りいな……」

「ねえ、どこへ連れてかれるの……?」


 黒服の意図が何なのか全くつかめねえ。

 奴はまた車を発進させた。一体どこへ行く気なんだ……。


 外を見ると、あちこちに服を着て歩いているネコがいた。いや、ネコいなかった。そして建物や乗り物全てが、ネコサイズだ。

 ここは、ネコどもがニンゲン気取りで暮らしている世界なんだろうか。


 街をよく見ていると、所々、完全にブッ壊され瓦礫と化した建物があり、あちこちで煙が上がっている。道を行くネコどももみんな下を向いて、うかねえ顔をしていた。



 ピカピカに磨かれた水筒みてえな形の、銀色に光る塔のような建物のある場所で、車は停まった。

 すぐに「降りなさい」と言われる。


「おい、黒服のオッさん。ここはどういう所なんだ」

「ここは警察署だ」

「じゃなくて、どういう世界なんだって聞いてんだよ。ネコが2本足で歩いてる世界なんて、ボク見たこともねえよ」

「何を言っている。君たちも【ニャンバラ】の民ではないのか?」


 “ニャンバラ”。聞いた事もねえ言葉だった。


「“ニャンバラ”? にゃんだそれは?」


 尋ね返すと、黒服のネコは腕組みをしながら少し考え込む。

 その姿勢のまま、疑うような口調で聞いてきた。


「……もしかして君たち、から来たんじゃないよな? いや、まさか。そんなはずはないか」

にゃに言ってんださっきから。ボクらは、地上に住んでるに決まってんだろ」

「だよね」


 ボクは、ハッとした。

 ボクらは地面に空いていた謎の穴から、地中深くに転がり落ちて来たんだ。だとしたらここは、地下の奥深くの世界なのか? 地下の奥深くに、ネコだけが住む世界があったというのか?

 いや、そんなわけねえ。外だって昼のような明るさだし、お日様もちゃんと空にあるし。

 

「君たち、ふざけるのもいい加減にしろ!」


 苛立ったのか、黒服が怒鳴ってきた。

 全く、それはこっちの台詞だ。何でいきなり訳もわからずこんなとこに連れてかれて、色々聞き出されなきゃいけねえんだ。

 ボクは負けじと言い返した。


「うるせえな! いつまでここに居させる気だ。さっさと帰らせろ!」

「……住所と電話番号と親の名前を正直に言いなさい」

「だから、知らねっつってんだろ!」


 ルナが不安そうな顔をして、黒服に尋ねる。


「……ねえ、一体ここどこなの? ほんとに、ここは地上じゃないの……?」


 黒服は、ハァとため息をつきながら答えた。


“ニャンバラ”だ」


 にわかには、信じられなかった。

 地底都市だと!?

 そんなバカな。地の底に、また別の世界があったというのか。


 だが、ここはボクらが住む世界とは全く違う世界だとしか思えなかった。服着て歩くネコしかいねえし、空の色もやっぱり地上のそれとは違うし、植物も見たことないような形のやつばかりだし……。


「聞いたか? おいルナ、地底都市だってよ」

「地面の下にこんな世界があったなんて……。兄ちゃん、僕らこれからどうなるの……?」


 黒服は、桃色に染まる空を見上げながら付け加える。


「“ニャンバラ”は、【ニャガルタ】の首都だ。とりあえず署の中に入りなさい。色々聞きたいことがある」


 どうすることもできねえボクらは、渋々黒服のネコについていくことにした。


 こうしてボクらは、ネコばかりが住む世界——“地底都市ニャンバラ”に迷い込んでしまったんだ。

 ボクらはもう一度アイミ姉ちゃんのところへ、無事に帰る事は出来るんだろうか——。

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