第2話〜隠されていた、入り口〜

 

「ゴマ、ユキ、ポコ、ルナ、ほらじゅじゅも。今から、集会行くわよ。はぐれないでね」

「ミャーオ!」


 日が暮れた頃。

 メルさんを先頭に、ボクらは近くの神社へと向かった。


 空気が、より一層冷たくなる。


 満月の夜にはいつも、行きつけの神社でネコの集会が開かれるんだ。

 何をするかというと——このネコ社会でみんなが幸せに暮らすための知恵を、集まったみんなで出し合うんだ。例えば縄張り争いをなくすにはどうするか、とかだな。

 だが今は、ただの世間話の場になっちまってる。正直行く意味あんのかって感じだ。


「ふみゃ〜あ。どうせ今日もダラダラ喋ってるだけだろ。ルナ、適当に抜け出そうぜ」

「ダメだよ。メル姉ちゃんがまた心配するじゃん」


 神社に着いた。

 やしろが3つだけあって、周りにはデケエ木が生い茂っている。夜だからもう、ニンゲンは誰一人として来やしねえ。


 ネコどもが集まり始めた。ボクは軽く毛繕いをしようとした。

 その時だった。


「……メル、予感がします」


 この声は——。

 ボクらの親分ボス——【ムーン】さんだ。

 小柄な体型で、ボクやルナと同じ白黒柄のその姿を見るのは、何日振りだろうか。

 いつもめったに棲家に帰ってこねえし、集会にだって来る事はねえんだが……。珍しいな。

 メルさんと、何かを話してるみてえだな。


「どしたの、母さん?」

「月の導き……ネコ社会の変革…………。メル。子供たちに伝えて下さい。今までにない何かが起きます」

「え、何かって……何が起きるの? 今の生活が続けられなくなったりするの!?」


 ムーンさんは、メルさんとじゅじゅさんの、実の母親なんだ。そして、月の力を受けて運命の流れを察知できるなどという、不思議な能力を持ってるらしい。

 ちなみにボクの実の親が誰だかは、知らねえ。小せえ時の記憶も無えからな。そういう事でムーンさんを、勝手に親分って事にしてる。


 ムーンさんとメルさんとの会話が気になって聞き耳を立ててたら、退屈したルナが話しかけてきた。


「隣のボスネコのシロさん、やっぱりマタタビいっぱい持ってきてるね」

「ああ。どーせまたみんなベロベロになっちまうんだろな」

「あーあ。僕ら、来た意味ないよー。ミャーオ……」

「じゃあ、さっさと抜け出そうぜ」


 結局、またボスネコ同士でマタタビ会を始めていた。

 大人が酔っ払ってバカ騒ぎする姿には、ため息が出るばかりだ。メルさんとじゅじゅさんも、仕方なく付き合ってるように見える。


 だがムーンさんだけは——1匹でずっと満月を眺めながら、じっとしていたんだ——。


 ムーンさんの言動は気になったが、この場では何にもする事が無えボクらは、また住処のガレージへ帰ることにした。


「ちゃんとメルさんに言ってから帰ろうね」

「チッ。めんどくせえな……ん?」


 その時ボクは、妙な光景を目にした。


「おい、ルナ」

「どしたの兄ちゃん」

「見ろよ、あのほこらの後ろ」


 神社の奥にある、こぢんまりとした祠。そのすぐ後ろの地面に——。


 大きくて丸い穴が空いている。


 ネコが10匹まとまっても入れるくらいのデカさの穴だ。前にはあんな穴、なかったはずだ。


 ボクはルナを引きずりながら、祠の近くへ向かった。


「ちょっと、引っ張らないでよ、兄ちゃん!」

「うるせえ、いいから早くついて来い」


 祠の後ろ側の地面には、綺麗な円形のデカい穴が、ポッカリと口を開けていた。

 中は塗りつぶされたように真っ暗だ。


 よし、ちょっと覗いてみるか。


 ボクは体を乗り出し、穴に顔を突っ込もつとした。

 だが——。


「こーらー!!」

「あ! やべ! メルさん!!」

「ちょっと目を離したらこんなとこに! アイミ姉ちゃんが心配するでしょ!」


 メルさんに見つかっちまった。やべ、本気で怒ってる。

 ボクはメルさんから逃げるべく、棲処のガレージへと猛ダッシュした。


「あーもう、兄ちゃんたら……」


 ルナの声が遠くなる。刺すような冷気に吹かれながら、道路を、橋を、砂利道をひた走った。


 棲処のガレージに着くなり、段ボールに飛び込んだ。

 メルさんの長い説教なんかゴメンだ。さみいし、さっさと毛布にくるまって寝ちまおう。


 ……と思ったが、「ウーッ」という唸り声とともに、足音が近づいてくる。

 メルさんだ。もう帰ってきたのかよ……。


 観念して、段ボールから顔を出した。

 ルナも、メルさんの後からついてきている。


「……はぁ、はぁ、全く。ゴマ! 勝手な行動はするなと言ったでしょ!」

「おいおい、何でボクだけ怒られんだよ」


 始まった。メルさんのお説教だ。

 また長々と一方的にガミガミ言われるんだろう。まあ、いつものことだから慣れっこといえば慣れっこなんだが。

 ルナの奴はいい子ぶって、寝る支度してやがる。


 説教を喰らっているうちに、じゅじゅさん、ポコ、ユキも帰ってきた。


「……ってことでゴマは反省しなさいね。さあみんな、今夜も母さんは帰らないみたいだから、私が夜の番をしてるからね。みんなはちゃんと寝るのよ」

「にゃあーお!」


 キョーダイみんなはメルさんの言う事に従って、すぐに寝入ってしまった。

 だがボクはムーンさんが言ってたこと——そして謎の大穴のことが気になってしまい、なかなか寝つけなかった。


 “ネコ社会の変革”って、一体何なんだ。


 ボクはいまいちピンと来なかった。

 


 眠れぬ夜が明けた。

 狩りに行く気力も無え。朝ゴハンのカリカリも全く味がしねえ。

 こんなことは初めてだ。


 体がだりい。毛布の中でボーッと寝そべってたい。

 だがそれ以上に、昨日見た謎の大穴が気になって仕方がねえ。


 ボクはもう一度ルナを誘って、大穴の場所へ行くことにした。


「おいルナ、メルさんが朝寝してるうちに昨日の穴のとこ、行くぞ」

「1匹で行けよー」

「いいから来いって」

「もう、仕方ないなあ……」


 よく晴れた朝だった。雲ひとつねえ、バカみてえに清々しい青空だ。それでも空気は、ひんやりとしている。

 

 昨日集会をした神社に到着だ。


 やっぱり、奥にある祠の後ろの地面には、ポッカリと口を開ける大穴が見える。

 お日様が出てるから、なおのこと大穴は目立って見えた。


「ほら見ろよ。前こんな穴無かったろ。ルナ、今度こそ覗くぞ」


 ボクはルナと一緒に、大穴の方へ駆け寄る。

 抑えられねえ好奇心が、ボクの鼓動を速くした。

 

 ボクらは穴のすぐそばに到着した。

 お日様が出てる時に大穴を覗きゃあ、中の様子が見えると思ったんだが、中はやっぱり何も見えねえほどに真っ暗闇だ。

 あるのかないのか分からねえ穴の底から、凍りつきそうな冷気が立ち上っている。ブルッと体が震えた。


「いつ、誰がこんなデケエ穴掘ったんだろな。ルナ、気にならねえか?」

「ほんとだ。中はどうなってるんだろうね」


 ルナが大穴を覗き込み、身を乗り出す。


「よい……しょ……っと」

「おい、ルナ! そんなに身を乗り出すと危ないぞ!」

「え? え、うわああー!!」


 バランスを崩すルナ!

 そのまま、穴の中にゴロンと転がり落ちちまった!


「フギャー! たすけてー!!」

「ルナ、ボクにつかまれ!」


 叫びつつ、ボクも穴に飛び込む。


「兄ちゃん……ああ、ダメだ!」

「クソッタレ! うわああーー!!」


 落下しながら右前脚を伸ばす。

 どうにかルナの前脚に届いたが、ボクも一緒になって真っ逆さまに、闇の中に落ちていく——。


「にゃあああーーーー! 兄ちゃーーん!!」

「ルナー! 離れるんじゃねえぞー!」


 ドシン、と軽い衝撃と共に、突き刺されるような冷たい感覚が走る。

 氷の床か?

 真っ暗闇でよく見えなかったが、ツルツルと滑る下り坂になっているようだ。


 坂がきつくなり、ボクらは闇の奥へと滑り落ちて行く。どんどん、スピードが上がっていく。

 暗闇に慣れ、わずかに視界が晴れた。

 奈落の底から氷の柱が何本も立っているのがうっすら見える。背中や尻の毛が、凍りついてくる。

 地の底へと続く、氷で出来た巨大滑り台だ——。


「怖いよ、兄ちゃん!」

「ルナ、がんばれ! しっかり掴まってろよ……!」


 ——光だ。

 暗闇の中に、ぽつんと光る星みてえな。

 凍てついた坂の続く先に、その光はあるようだ。

 だんだん、近づいてくる。

 大きくなり、眩しくなってくる。

 出口、なのか——?

 

「おいルナ! 出口みたいだぞ!」

「ふにゃああー! どこに出るんだよー!?」


 考える暇もなく、そのままボクらは眩い光の中へ、突っ込んでいった。

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