第2話

 小学四年生くらいの頃だろうか。

 仲良しの友人三人と一緒に公園で遊んでいた。


 砂場や、シーソー、回転台、いろいろあったがそのときはジャングルジムで遊んでいた。

 ジャングル鬼ごっこと名されたそれは行動範囲をジャングルジム内に絞り、足を地につけるのを禁止した鬼ごっこだった。


 僕は友人たちがやっているのをジャングルジム外から見ていた。

 この公園のジャングルジムは隅っこに設置されており、なおかつすぐ南側に建物、西側にはうっそうと茂る樹木があり、夕方時は常にじめじめした空間と化していた。


 じっとりとして柔らかい雰囲気や腐葉土を虫たちは好むようで僕はあまりこの場所を好かなかった。

 そんな空間にあるジャングルジムの中をくねくねと体をねじり追っかけ合う友人たちを見ているだけでも楽しかった。



 突然、やや強めの風が吹いた。汗ばむ体には心地よい風だった。

 僕のかたわらに、トッと軽いものが落ちる音が聞こえた。足元を見ると逆さになった麦わら帽子が落ちていた。


 振り返るとそこには一人の見知らぬ女の子が佇んでいた。

 純白のワンピースに身を包み、伸ばした黒髪が風に揺れていた。

 以前小説で読んだ妖精のような女の子だなと思った。


「きみは?」


 尋ねた僕に彼女は答えたはずだが、今はもう覚えていない。

 彼女は最近この街に引っ越してきたらしい。ここから数キロ離れた駅向こうに住んでいるという。

 二人で話しているとジャングル鬼をやっていた友人たちも集まってきた。彼女は遊ぶ相手がいなく、暇を持て余したためここまで来たという。


 それならばと、僕たちは一緒に遊ぶことにした。鬼ごっこに缶蹴り、色鬼といろいろとやった。

 しばらく遊んで17時のかねが鳴ると彼女はもの惜しそうに「そろそろ帰らなきゃ」とつぶやき帰っていった。


 別れたはいいものの、僕以外の三人はまだ遊び足りなかった。もちろん僕もその気持ちはあったがそれよりも17時の鐘が鳴ったら帰るという家族との約束のほうが気がかりだった。結局、僕たちは彼女について行こうということになり、僕の半ば不本意ながらついて行った。



 白いワンピースの彼女が公園を出てから少し時間がたっていたが、彼女との会話で家がどのあたりにあるかある程度の見当はついていた。

その大きな目印はここらへんで有名な「開かずの踏切」だった。




 僕たちはすぐさまその踏切へ走って向かった。距離としてはそれほど遠くないはずだったけど、先ほどまで遊んでいて体力を消耗していた僕たちは疲れ気味だった。中でも一番運動音痴な僕はみんなの後ろのほうをフラフラしながら走った。


 なんで約束を破ってまでこんなことをしているんだろうと考えていると、角を曲がってその先数百メートルのところに目印の開かずの踏切が見えてきた。

 しかも、ちょうどその踏切を、あのワンピースの女の子が渡っているところだった。



 みんなが安堵したそのときだった。



 踏切のライトが赤く点滅をはじめ、遅れてカンカンカンという音が聞こえてきた。


「やべえ走れ! あれで渡れなかったら10分は降りたままだぞ!」


 誰かが叫んだ。それと同時に走り出した。僕以外を除いて。

 反射的に駆けだそうとしたけど足がおぼつかない。

 そんななか、友人たちはどんどん先へ走っていく。


 遮断機が下りる中、一人がギリギリセーフのように駆け込む。ほかの二人は遮断機が下りるなか向こう側へ到達した。


 みんなが僕を呼んでいた。残された僕はよろよろとしか近づけなかった。

 

 あ、と思ったときには僕の身長の何倍もある車両がいくつも走り抜けていった。


 僕は息をふーっと吐いて、いくつか車両が流れていくのを眺めた。

 どうせ10分もの間みんなは待っていないだろう。

 仕方がないことだ、と僕は自分を納得させた。

 僕としても時間は少し過ぎてしまったが、家族との約束を破らずに済む。僕は帰路についた。



 だから、みんなが踏切の向こう側で何をしていたか、僕は知らない。

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