乱離拡散【弐拾】


      *


 伊勢の国境を出てしばらく、一行はずっと無言だった。口火を切った――というより切らされたのは、日が暮れてしばらく。美濃の国境に入ってからだった。

 突然、奇妙丸が急に馬を速めたのだった。長可が慌てて息を切らしながら、奇妙丸の横に馬を近づけると、矢継ぎ早に問い質した。


「どうしたんですか、若。帰るんじゃないんですか。これからどこに行くんですか」

「山に入る」

「は!?」

 庄九郎が顔を顰めつつ、その先を覗き込んだ。馬鹿か阿呆か。何かしら罵倒しようとしたに違いない。

「若、馬鹿ですか」

 しかし、罵倒を飲み込まない男も世の中にはいる。森長可である。だが、罵倒する割にはにやにやと下衆な笑みを浮かべていた。


 奇妙丸は、少なくとも長可には事前に言っていたはずだ。――此度の遠乗りで、片を付ける、と。


「野盗に身ぐるみ剥がれても、俺達ゃ助けませんよ?」

「構わぬ。――やれるものならばやってみよ、と言うてくれるわ」

 庄九郎が馬の上で、頭を抱えている。せっかく日が昇る前に岐阜を出て、わざわざ遠回して山を越えずに行き来していたのだ。

 それを、わざわざ美濃に入ってから山に登ったと言いふらして通る。冬のこの時期だ。準備は、いくらしても足りないくらいである。


 しかし、そんな暇などはない。新八郎の情報よりも、長可が持って来た情報の方が真新しい。それに、ひょっとしたら山の中に野盗どもの死体がまた増えているかもしれないので、それらも視察しなければならない。


 ここは、この3人で片を付けなければならない。父の世代の呪いを、奇妙丸達の代にて断ち切り、次の世代に明け渡すようなことは、あってはならないのだ。

「庄九郎、頼みがある」

「何ですか」

 奇妙丸が囁くと、一瞬嘆息しながら、庄九郎は馬を止めた。

「承知!」

 その一言を残し、奇妙丸達とは別の道に入って行く。庄九郎の後ろ姿を見送ると、奇妙丸は長可に目も向けずに行った。


「遅れるなよ!」

「誰に行ってんですか! 若こそ、置き去りにされないでくださいよ!」


 馬を並べながら、同じ速度で山に向かう。

 馬が鼻面を鳴らす音と雪が踏みつけられる音に身を揺さぶられながら、奇妙丸は一瞬だけ天を仰いだ。

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